遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
わかればいい(「誰だって見られたくないものがある」という発言に頷いて)
君の好きな人は随分無防備なんだね。なんでも受け入れてしまうのか……周囲に流されがちな人物か?
目を光らせて見張っていないとな
手遅れになったら困る
ユーモアのセンスはあるかな(小首を傾げ)
……自慢じゃないが、今まで女性と長続きした試しがない。
もって半年か一年、早くて三か月。自分じゃ後腐れなく上手くやってきたつもりだが、冷静に考えたら破綻している。
不安だと思っても言えなかったんだろう。当時は俺も受験と部活で忙しかったし……遠慮したのかもしれない。高校生の恋愛ではよくあることだ。お互い未熟だった……青過ぎたんだろうな。
彼女に恋愛感情をもっていたかはわからないが、好ましい人柄だとは感じていたよ。そうじゃなきゃ馴れ合いの延長でも付き合ったりしない。ましてや……(口を噤む)
そうだな、彼女には幸せな結婚をしてほしい。お互い過去を清算できた、会えてよかったよ
好きな人に笑ってほしいか……従夢君の口からそんな純粋な願いが出るとはね
いいんじゃないか、それで。シンプルな願望こそ一番強い欲望だ
君の好きな人は随分と無防備で無警戒らしいが、恋愛は必然的に変化をもたらすものさ
君と出会い交流する事で、その人物の中でも確実に何かが変わり始めている
おそらくは良い方向へ……自立心や判断力を養うのは大事さ。
君のお兄さんはまだ生きているんだろう?なら今からでも遅くない、お兄さんに優しくすればいい
やり直しはいくらでもきく。その機会が持てる君が正直羨ましいよ
君がお兄さんへの負い目を打ち消せたら、君を苦しませる呪いも消えるんじゃないか
天才は天才としか見られない。
天才という一個の完結した存在として評価され人間性を剥奪される。ある意味不幸な宿命だな
そればかり期待されたら辛い、か……君のお兄さんは優しいな。
人の痛みがわかる、感受性の豊かな人物なんだろうね。
稀有な特質だが、今の世の中じゃ生き辛いだろうな
もし彼方がピアノを弾かなかったら、ここまであいつに惹きつけられたかわからない
俺は薄情だな……
……いや、そんなことはない(「時間を邪魔するだけの存在?」と聞かれ、咄嗟に反駁するも言葉が続かず)
嫌いなだけなら付き合いはしない。
口ではさんざんに言ったが、結局の所……あいつの魅力は無視できなかった。あいつのピアノを聞く時間は濃密で充実していたよ。それがすぐ壊されてしまうとわかっていても、永遠に続いて欲しいと願う位には
(「遙(はるか)」と呼ばれ、眼鏡越しの目の温度が氷点下までさがる)
剽窃だぞ
その名前で呼ぶのはやめてくれないか。……大人げないとわかっているが、不愉快だ
耳がざらつく。
罵られて安堵するなんて変わってる。今まで誰もそう言わなかったのか?…随分周囲の環境に恵まれてたんだな。そしてそれに甘えていたと見える。
否定されて初めて安息を得る、二律背反の矛盾を孕んだ心理だ。
……本来君を否定するのは俺の役割じゃない。この台詞は君に虐げられた被害者が言うべきだろうな。
俺はただの無関係で無責任な赤の他人、部外者の傍観者にしか過ぎない。
不感症は不干渉を貫くべきだ
……買い被ってくれる所すまないが、俺には君の事はわからないよ。
長く一緒にいた友人のことさえわからなかったんだ、何も。君の理解者たるべき人間は別にいる。そう、案外近くに。
君を最低だと言ったのは……ねじくれた同族嫌悪さ。
翻訳者か……そうか。そういう見方もあるのか。腑に落ちたよ
俺達は互いの翻訳者だった。言葉足らずを補完し合って依存してた。互いになくてはならない存在…
そうだな。時任と他を比べてしまうのは悪い癖だ。不快にさせたらすまない。俺の中には時任とそれ以外しかいない……全てが時任を基準に決まってる。我ながら酷く偏ってるとあきれる。
ないものねだりは意味がないのに
アダルトチルドレンか。確かにその条件は君にあてはまる
しかしお兄さんが歪んでないと決め付けるのは早計だ。そんな家庭環境で歪まずにいたら、それこそが歪みだ。君に心配かけないように楽観的に振る舞っているだけかもな
(顔が赤くなった斑鳩さんを見て、申し訳なさそうに)
あ、すみません。そんなに気にされるだなんて。
誰にでも見られたくないものって、ありますものね……
そ、そうなのかな……
ぼ、僕無理させちゃってないかなあ……あのぼーっとしてるし、誰の要求も受け入れてしまうというか……
斑鳩さんは堅実そうには見えますね。理知的だし、ユーモアのセンスもある。討論の相手としては申し分ないですが、恋人としてはどうでしょうか。原因というか、そうですね。彼女も不安なら、思った段階でそう言えばいいのに。言わずに、貴方だけ攻めるのは虫が良いですね。貴方に原因があるとすれば、「彼女が本当に好きかどうか判断できなかった」事に尽きると思うのですが
しかし高校生の恋愛では、よくある事です。僕の周りでもそうだ。生憎その女性は結婚する予定ですし、斑鳩さんとの事もいい思い出……なのではないでしょうか。失敗しても双方に深い傷が残らなければ、それもいいい経験ですよ……
そういうものですか……僕にはまだ分かりません。
尽くす悦びだなんて……僕はただ……好きな人に笑っていて欲しいだけなんです。
押し付け……それは、そうかも……
(子供みたいに眉を下げて反省した顔)
僕は待ちます。いつまでも。あの人は自意識が薄いし、常識もないから。あまり大切にされてなかったみたいだし。もしかしたらそれで僕の事を好いていてくれるのかもしれないけれど、僕はあの人が自分で判断できるようなって、その結果僕を選ばなかったとしても、僕は構わない。
構わない……のだけれど、、、
どうしてその優しを、僕は兄に向けれらなかったんだろう……
だから僕は、あの人と一緒になるべきじゃない……そう思うんです
不完全さが人間らしさの証明なら、天才も所詮は人の子と云う事なのか。その分類も、一般大衆からの思い込みにすぎません。彼らが自らを天才だと称する例は稀ですから
天才がこの世を去るとその才能を惜しまれる。ただ才能だけを惜しまれると云うのはかれらに取っては喜ばしい事なのか
「もうあのピアノが聞けない」僕の周りでもそう嘆き悲しむ者もいた。正直この世界にこれ以上呪いが撒かれる危機が去って、僕は気が晴れた。けれども兄は「生きていてもピアノが聞けるかどうかは分からないし、そればかり期待されたら辛い」と云うような事を言っていたな。当時は天才が味わった初めてのスランプ……その程度の意味にしか聞こえなかったけれど……
ふうん、貴方がそうでないのは分かっています。しかし言ってみれば良かったのに。時任彼方がどう反応するか見たかった。貴方にとって時任彼方とは、貴方の時間を邪魔するだけの存在……?
成程。自分だけの名前をつけて特別にする。愛らしい発想ですよね、遙(はるか)さん。
僕は名前ではなく、固有の関係性を示す言葉で呼称した。世界中で、彼をその呼称で呼ぶことが出来るのは僕ただ一人
(「君は人として最低だ」その言葉に肩の力が抜けたように、ため息に安堵が混じり)
……ありがとうございます。
初めて言われた。何故今まで誰も僕にその言葉を投げかけなかったのか。僕は本来ならば軽蔑されて然るべき人間だ。分かってもらえて……良かったです……
……滑稽で、憐れな。ただし何もないと決めつけるのは早急です。貴方が彼の音楽の翻訳者であったように、彼もまた貴方の感情の翻訳者であったのかもしれない
貴方は時任彼方の事になると、少し、感情的だ
僕と彼を比べて、彼の方が、と、貴方は思っている
(斑鳩さんが自分に合わせてくれてなのを何となく察し、頬を赤らめばつが悪そうな顔を向ける)
ええ、そっそうですね……少し……からかってみました
僕に触れるのは、よした方が、いいです……おすすめしません(自分を守るように手をそっと握りしめ)
カール・グスタフ・ユングのは言った『健全な人間は他人を虐げない。人を虐げるのは自らが虐げられた者である』
僕たちのような人間はアダルトチルドレンと云うそうですね。日本では「未熟なまま成長してしまった大人」と誤解されているようですが、僕にはその誤解が適当だ
同じ環境で育ったのに、兄さんは誰も虐げなかった。環境だなんて言い訳にならない。
(他の誰に資格があるのかと問われ)
……さあな。俺が知りたい位だ。裁くのと許すのは似ていると思わないか、皆口君?
理解している事が免罪符にはならないさ。理解しているからこそ断罪できない、深く知れば知る程に…はたしてこいつを裁けるほど自分は上等な人間なのか疑問になる
……その点じゃ潔癖すぎるのかもな、俺は。
大人をからかうんじゃないよ(従夢君の虚勢に付き合う事にし)
君は幻覚にしては毒舌すぎる、触れたら棘が刺さりそうだ。
上書きと言われても何をどうすればいいのか……(困惑した表情で)
……本当に勘弁してくれ。なんていうか、似合わないだろ。だから嫌だったんだ(ごく薄らと顔を染めて)
……ヴァンパイア症候群という症例を知ってるか?
吸血鬼に血を吸われた人間が吸血鬼になる、そうしてどんどん個体数が増えていく。そのようにして虐待された人間が自分の子供にそれを繰り返し、何世代も悪循環が続いていく。
物心ついた時一番身近にいた人間を本能的に真似る生き物だよ、人間は。世にいう刷り込みだ。
君を擁護するつもりはないが……ある程度は不可抗力だったのかもな
少なくとも、今の君にはその行為を悔いるだけの理性と判断力がある
それは成長した証じゃないか
恋人を独占したいと思うのは自然だろう。おかしなことじゃないさ、何も
相手も迷惑なら遠ざけるだろう、それをしないのは君に好意を持ってるからだと俺は思うが
まあ……無害そうに見えるんだろうね。内実はどうあれ、配偶者としては堅実なタイプだし
彼女はどうだったんだろうな……こないだ同窓会で会った。来月には結構するんだそうだ。
「あなたは殆ど気持ちを伝えてくれないから、本当に好かれてるのかいつも不安だった」と言われたよ。
別れたのは……やっぱり俺に原因があるんだろうな
随分と殊勝な事だな。その人物のおかげで宗旨替えしたと?
相手に同じ分だけ返せと望むのは愚かだ、恋愛はいつだってどちらかの方がより重い、釣り合う事はないさ、永遠に。
そう割り切った上で尽くす悦びを見出せたのなら、稀有な出会いかもしれないね
……自分が与えたのと同じだけのモノを乞うからいつも話がこじれる。
そんな押しつけされても困るだけなのに……
だから君は正しいよ。あとは機が熟すまで待てばいい。いつも、いつまででも
実験による観察と研究ね……言い方次第だな。享楽が高尚な学問に聞こえてくる
なるほど、興味深い持説だ。天才は夭折を運命づけられた存在か……そうかもしれない。彼等は創るのに向いていても生きるのに適さない、個で完結した存在だ。突出しすぎた才能は身を滅ぼす
あいつは俺の知る限りなんでも人並み以上にこなしたが、才能の配分がおかしかったのは本当だ。
ごく基礎的な一般常識が抜け落ちていたり……
料理も勉強も趣味としては一定以上の水準をクリアしていたが、日常の生活能力は低かったかもな。すべてにむらがありすぎたんだ
……はっ、それじゃまるで俺が彼方を独占しようとしてるみたいじゃないか
嫉妬深い女性のような振る舞いは本意じゃない。軽率だよ
あいつが女に刺されたら笑ったかもな。
……時任が他で遊んでくれるなら有り難い。その間だけでも自由になれる。
あいつの暇つぶしは他のだれかの人生をめちゃくちゃにする……
犬の名前を忘れたのか?珍しいな。自分のモノには名前をつけたがるんじゃないか人間は。
それとも犬と呼べば事足りたのかい?
自分だけの名前をつけて特別にする、なかなか愛らしい発想と心理だとおもうが
……人の言葉をしゃべる犬ね。薄々そうじゃないかと察していたが……まあ、君の性癖や嗜好には干渉しないよ。相手も本当に嫌なら逃げるだろうしね。それが歪んだ共依存でも……俺には関係ない
ひとつだけ言わせてもらうなら、君は「人」として最低だな
好きな子を執拗にいじめる小学生みたいな幼稚な心理だな。まあ……わからない話でもない
……だが、これが俺だ。物心ついた頃からこうだった、これが普通だった。それ以上や以外を求められても困る。俺は俺が持ってるモノしか返せない、それ以上を望まれても苦痛でしかない……
あいつは俺の顔を歪めるのが好きだった。見たかったのは本当は別の……いや、そんなはずはない。
そんなつまらないものにこだわる理由がない……
俺には何もないのに何かあると期待した。それが本当なら、あいつは馬鹿だな。本当に……紙一重だ
冷たい態度をとったのに構ってきたのか?献身的だな。それともただの物好きかお人好しか
(従夢さんの過剰反応に眉をひそめ)
大丈夫か?汗がすごいぞ
……不用意な質問だったな。すまない。君の傷に踏み込む権利はないのに
敬虔なカトリックである彼が自殺するのは余程の事だったのか、既に信仰など失っていたのか
そんな資格……では、貴方に無いと云うのなら、一体誰にあるのです?
貴方以上に、彼の事を理解した人間などいなかったのでしょう?
でしたら……
(「やめておく」そう首を振る斑鳩さんの態度に、安堵したのか、見透かされ怯えているのか、どちらともとれぬ表情で差し出した手を自ら握り)
ええ、そうしますよ。僕だって、からかった、だけですから……
(咳払いする斑鳩さんをきょとんと見つめ)
そんなに駄目です?
忘れろと云うなら忘れますが、もっと忘れならないような記憶で上書きしてもらえると有難いですけどね
僕も両親と、同じような事をしてしまった、それだけです。あんなに嫌っていたのに……
魅力的、なのかな……僕はあの人はもっと自分の価値に気付くべきだと思うけれど、でもあの人のいいところは僕だけのものにしたい
や、悪いとこだってぜんぶ……
初恋……そう言われたら何か、子供っぽくて嫌だなあ。僕が一方的に懐いてあの人を振り回してるのかなあ……
そうですか。斑鳩さん、女性に人気ありそうですものね。
相手だって、どうだったか分かりませんよ。斑鳩さんの容姿や肩書に惹かれただけなのかもしれませんし
(「面白がってる」と言われ、えーーという顔をして)
そんなぁ。
……ひどい人。
何ですか、自分には想像できない感情だから興味があるんですか?僕の方が驚きですよ。まさか兄さん以外のひとをそんなに好きになるだなんて、なってしまうだなんて……
僕はあのひとが手に入らないなら何も要らないし、毎日あの人の事ばかり考えて過ごしていますよ。
独占欲と依存心の塊りの僕が、僕が接する事であの人が自分を大事にしてくれるのなら、僕はそれだけでいいと思えるんです。
あの人は動作も感情の動きもゆるやかだから、僕と同じペースで僕を愛せないんです。だから僕は待っても良い。あの人が僕と同じ望みを望むまでは、僕はあの人に何も求めません
それだけですよ……
(「男性なら」。そう言われ、目から光が消えた。科を作るように首を傾け、投げ遣りな声を向ける)
……はあ。どうでしょうねえ。立証するには「実験」による「観察」と「研究」が一番です
『神に愛された者は夭折する』という言い回しがあります。
早期にその才能が失われた事を嘆く意味もありますが、昨今の研究では天才は誰でも出来る事が出来ないという偏った才能の持ち主ではないかと、脳科学では云われています。病跡学という学問があるくらいです。
ある精神科医は言った。『天才は狂気だ』と。むしろその遺伝子は劣勢であるとする説すらある。
狂人の行動は、理解は出来ない。その逆も然り。
どうすれば。どうでしょうね。苦言を聞き入れないのなら別の言い方をすると云う手も
僕ならこういう「使い捨ての女で遊ぶ暇があるなら僕を見ろ」ってね
(ぼんやりと閉じかかった瞼に収まっていたのは意思も感情も無いただの眼球だった。感情を押し殺したような声でうわごとのように)
犬の名前は……何だったかな
僕は名前で呼んで事なかったから
まだ居ますよ……帰巣本能が強い犬だから……
僕の隣で吠えるんです「大丈夫」だとか「大好き」だとか
僕はひどい飼い主だ……まだその鳴き声は聞いていたい……誰かに拾われるのも嫌……
真意は分かりません。貴方は関係なくて別の理由があったのか
貴方は物ではない。そう言いたかったのは、果たして誰だったのか……
反応しないなら、刺激を加えるしかない。その反応が薄ければ、しだいに刺激は過剰になっていく
それが不快なものであっても、「何もない」よりかは余程良い、本当はもっと別のものが見たかったのかもしれないけれど、それしか方法を知らなかった
というのは僕の話です
医者ではないですけど、まあ、似たようなものです
な、なんですか!?
別に……それだけですよ。少し話して、僕が冷たい態度をとったのにあの人は……
純情?僕が?
騙しとおす……むう、バレている気がする……
トラウマ……(その言葉を聞くとさも不快そうに声を震わせ)
僕は母に――
(ぞっとして腰を浮かし、心細い体を抱きしめて目を瞑った)
いえ……
(首から汗を滲ませ、蒼ざめた顔で縋るように斑鳩さんを見つめ、その言葉ひとつひとつに無言で頷き)
……はい……。
幸いにも僕の周囲には好意が上回っている女性が多いです。ええ、
ですから、斑鳩さんの言う通り……その……
(言葉を探すうちに次第に俯きがちになって、不安げに指を弄り
母親にトラウマが?言いたくないなら無理に言わなくていいが
苦手とする女性の例が極端だな。確かにそれも女性の一面なのは否定しない。だが物事には負と正がある。負の側面だけ見てあげつらうのは公正を欠く。
君が親しくしている異性の友人はどんな子だ?その子に対しては好意が嫌悪を上回るんだろう
ならそれでいいじゃないか。正と負が相殺して中庸になる、いい兆候だ
……常に恐怖を巣食わせているからこそ慎重な判断ができるのさ、人間は
天国か地獄か……どちらにもいけず煉獄をさまよっているのか
キリスト教における自殺は大罪だから
……時任が信じていたのなら、か。
俺はまだそこまで達観できない。あいつの冥福を祈るなんて……そんな資格、俺にはない
いや、楽しいよ。君みたいに弁の立つ妄想なら歓迎だ、少なくとも退屈しのぎにはなる。
(震えを隠しつつ挑発的な態度をとる従夢君を観察し、小さく首を振る)
やめておく。
今のは言葉の綾だ、実際どうこうするつもりはない。陽太君にも釘をさされたばかりだしね
ひっかき傷を見られたらばつが悪い……爪研ぎなら恩人の背中でやるといい(冷たく隙のない笑みで申し出を拒絶する)
(関西弁を聞かれて一瞬しまった、という顔を覗かせ咳払いし)
………本当に失礼だな
今のはなしだ。忘れてくれ
両親が反面教師か。
君の両親が俗物で、君もその血を受け継いでるとして……環境と遺伝子だけが人間を作る訳でもあるまい
どう在るか、どう生きるかは君自身が決める事だ
わざわざ選択肢を狭める事もない
発情期は言い過ぎたか。……皆口君をそこまで夢中にさせるとは、相当魅力的な人間なんだろうね
初恋なら微笑ましいが
初めての……だな。それ以前にも告白された経験は数回あったが、正式に付き合ったのは。
……言われてみれば。あれは恋とは違う、か。……いまさら気付くなんて、彼女には悪いことをした
……面白がってるだろう、と聞かれれば、大いに、と。
そう、俺は意地が悪い。やっと気付いたのか?そんな人間に付け入る隙を見せる方が悪い
気が狂いそうな程好き、か。俺には想像できないな…
(「女性とならぞっとしない」という言葉を聞き咎め)
……まるで男性なら然程でもないみたいな口吻だな
天才の考えることなど理解できない。ましてやあいつの行動原理なんて霞を掴むようなものだ
真に受けるだけ馬鹿馬鹿しい
そうわかっていても振り回されてしまう……学習しないな
俺も共犯か……手厳しいな。じゃあどうすればよかったんだ?
大人同士合意の上での交際だ、それで相手の女性が不幸になろうが身を滅ぼそうが意見する資格はないだろう。俺は利己主義者だからね……でしゃばって痴情の縺れに巻き込まれるのはごめんだよ
……第一、俺の苦言などあいつは聞かない。いつでも自分のしたいようにする、それが時任彼方という男だ
犬を飼っていたのか。なんて名前だ?
……過去形で語るという事はもういない?逃げたのか死んだのか……ああ、不躾な事を聞いてすまない
犬には帰巣本能がある。逃げてもいずれ飼い主の元へ戻ってくるというが
(「飽きたら捨てた」という発言を冷静に受け止め)
……酷い飼い主だな。君は自分の犬に対し責任をとるべきだ。その犬が独りでも生きていけるようにするとかね
時任が俺を捨てた、か……
どうだろうな。大学を出てからはお互い多忙で疎遠になっていたし、連絡もろくにとらなかった。
このまま自然消滅するだろうと思っていたし、心の底ではそうなるのを望んでいた
……なのにあんな後味の悪い死に方をされたら忘れたくても忘れられない
俺へのあてつけか?どこまでも迷惑な男だ(暗い目をして独りごちるように呟き)
……君が時任を騙るのか(笑いとも侮蔑ともつかぬ表情で従夢君を見)
俺は物じゃない、か……とりあえず礼を言っておこう。あいつの付属品として扱われるのに慣れていたから、改めてそう言われると妙な心地だ
……俺に心なんて高尚なモノがあるのか疑問だが
哀しいとか痛いとか……膜を通したようにしか感じないんだ。物心ついた時からそうだった。人より少し感情の働きが鈍いみたいだ。
怪我を?物騒だな。その人物は医者か何かか
……へえ。なるほど。とてもそれだけとは思えないがな。そういうことにしておくか
そちらの方が都合がいいだろう?(皮肉っぽく口端を吊りあげ)
君は妙な所で純情だね
辛辣な事を言うが、女性への嫌悪が拭えないというのは君の問題だろう
君が親しくしている相手には関係ない。
ならば君は自分の本性と折り合いをつけて彼女を騙し通すべきだ、友人を幻滅させ不快にさせない為にな
天国、ですか。地獄ではなく?
貴方は信じていないけれど、時任さんは信じていたのでしょう?
だとしたら、彼の魂の救済を願うのだって悪くない……
それだけでも、救われる……気がします
ええ。妄想かも。それにしては都合の悪い妄想ですね。理屈を捏ね回す性根の曲がった子供。そんな妄想を見る斑鳩さんは、相当お疲れのようですね
僕に触れる?(少しびくつくも、強がってふふんと笑い)
ええ、構いませんよ。試してみます?ただし怪我しても知りませんよ。ひっかくかも
(挑発的に笑って、すっと距離を詰める。いたずっらぽく笑いながらも、ごく僅かに震えた手で自分から斑鳩さんの顔を触ろうと指をくねらし)
そうなのですか。じゃあ今は気を抜いていない?
(本当に方言で喋った斑鳩さんに、目を丸くして驚いた)
本当だ……。何だか、印象が違いますね。適当な言葉が見つからないけれど、、、かわいい、、、ですね
(本当に驚いて思わず口に出したが、気付いて慌てて訂正する)
あ……ごめんなさい、、、し、失礼な事を……
僕が一番最初に軽蔑した人間は両親ですから。僕が彼らから学んだ事は、人間とは愚かしい生き物だ、と云う事実。そして僕のその血を受け継いでいる。嫌という程に
うう、はつじょ……そんなぁ!?そんなふうに見えます!?
正常な訳ないでしょう自分でも自覚はありますよっ……はあ
(興奮して騒いだあと盛大に落ち込み)
高校の時の……それが初めてのお付き合いですか?なしくずしなら恋愛感情は無かったんじゃないですか?それが恋?ええと、その間、どきどきしたりしたんですか……?その、もっと近づきたいとか、思ったりしました?斑鳩さんからは想像できないけど、逆に興味があります
え、僕の話……そんなに興味があるんですか……(眉を下げてしどろもどろ)
どうせ面白がってるんでしょう……
いじわる……
(拗ねた顔で斑鳩さんをじーと見て)
だいたい何を話せばいいのか分かりませんよ……
僕が言えるのはその人が好きで好きで気が狂いそうだという事ぐらいです
(斑鳩さんの意見に「ええ」と同意し、誰にともなく一言漏らす)
それが餌ならば……
英雄色を好む、ですか。インスピレーションねえ……僕には理解できないが……
もとより天才の思考など理解できないけれど、それにしたって……
熱を交換しあうだなんて気味が悪い。しかも女性とだなんてぞっとしない
(黙り込む斑鳩さんを無表情で観察し、不愉快そうな態度にからかうような微笑で返し)
それは失礼
同情はするが何もしない、分かっていて傍観するなら同罪です
憐憫の情は罪悪感のすり替え
僕個人の体験に基づく見解なので、ご気分を害されたならすみません
そうですね、貴方だけの特権は彼の横暴さでは無い……ですね
(「君にも覚えがあるのか」と愛玩動物の話が出ると眉をしかめ、忌々しそうにゆるりと口を開いた)
……ええ。
僕も犬を飼っていましたから……
だけれども、彼と僕が同じだとは限らない
僕は犬を散々いたぶって、振り回して、欲しいときだけ構って飽きたら捨てた
時任彼方は貴方を捨てたのか
それを実行に移す前に彼は自らの手で自分を消した
貴方は物なんかじゃない
物は笑わない、泣かない、怒らない、何も感じない
僕には分かる
時任彼方が何をしたかったのか
(腹の底から怒りとも悲しみとも言えぬ感情を絞り出すように声を震わせ)
(斑鳩さんに眺められ真っ赤な顔で悔しそうに睨み付け)
か、からかわないでくださいよ……
え、別に、ある場所で出会ったんですよ。ええと、、、僕が怪我してて、偶然通りかかった彼に治してもらったんです。それだけです
……はっ
そうです、理由は僕の過去に起因するものです。以前は軽蔑すらしていました。その時の方がましだったかもしれない。僕の方に恋愛感情は無かったけれど、交際もしていた。僕は女性という存在に復讐したかったのでしょうね
今は女性を人として見られるようになったけれど……今度はこわくなった。
避ければいい、ですか。僕には友人とは呼べないまでも、親しくしている女性もいるんです。恐怖しているのは申し訳ない気がして……
(目を泳がせて、困った顔で)
苦手なタイプ……(自分の服のをぎゅっと握って)
……母のような女性です。女性の嫌な面を色濃く持った……
ヒステリックで虚栄心の塊り、陰湿で嫉妬深く自分勝手な愛情を注ぐ、悲劇を気取る下品な女
……あの身体も嫌いだ、気持ち悪い
(血の気が引いた顔で自分の腕をさする)
……ご、ごめんなさい……
上手く答えられなくて……
我思う故に我あり、俺思う故に彼ありか。なんだか哲学的だな……
じゃあ、俺が忘れれば時任は天国へいけるのかもしれないな
……ああ、おかしいな。そんなもの信じてないと今さっき言ったばかりなのに。矛盾してる
俺の思う時任が幻なら、いま目の前にいる君も幻かもしれない
不眠気味の俺の妄想が生み出した幻覚だ。そうじゃないと証明するには…実際に触れてみたらいいのかな
(方言を矯正できるのかと聞かれ)
……ある程度は。自覚的にやればできない事もない。ただ気を抜くとうっかりでてしまう事はある。
時任に聞かれた寝言も……その、故郷の言葉で(居心地悪そうに俯く)
さんざんからかわれたな。
……ホンマええ性格しとった(当時を回想し忌々しげに顔を歪めてから、自分が口走った方言に気付いて)
……ご両親には会いたくないか?……まあ、そうだな。実家と疎遠なら気まずいかもな。何を話せばいいかわからない
発情期の猫みたいになってるぞ。言語中枢は正常か?
……恋?(唐突な質問にやや面喰い)驚いた、まさか君の口からそんな質問がでるとは
…一番近いのは高校の時に付き合った彼女かもしれない。ああ、でもアレは…告白されて、なしくずしに付き合い始めて…大学に上がると同時に別れた。彼女は地元に残ったからな。自然消滅に近い
俺の事はどうでもいい。皆口君の恋の話を聞かせてくれ。どうぞ、寂しい独り身にはご遠慮なく
(白衣のポケットに手を入れて聞く体勢に)
悪魔は最初からそう生まれついた。人をたぶらかすのが奴らの仕事だ。餌の幸せになど興味がないとばかり思っていたが……
故人を悪く言いたくはないが女性関係だけは擁護できないな
インスピレーションが湧くんだとかなんとか……まあ、何十人も愛人を囲っていたピカソの例もある。芸術家には稀にいる、多情で淫奔なタイプだ。
尻拭いね……(面白い冗談を聞いたとでもいうふうに静かに笑い)それですめばよかったんだが
(従夢さんの指摘に黙り込み、目の温度を下げる)
……俺は自分が温かみのある人間だなど思い上がりはしない。一部は当たっているが……時任を責める材料を捏造したと言われてはさすがに心外だ。
俺だって同情する事はあるさ、無責任に憐れめる範囲でな。……身勝手な理屈だが。
時任の性格の悪さは周知の事実だ、俺だけが知る特権じゃない。……まあ、一番被害にあってたのは間違いなく俺だけどな。
……矛盾、してるか(自分の発言を一つ一つ思い返し)……確かに。そうだな
でも君も覚えがあるんじゃないか?
たとえば愛玩動物だ。気まぐれに構い虐げて可愛がる動物がいるとする。
それが病気になったら慌てるし看病もするさ、いなくなったらもう俺で遊べなくなるんだから。
自分の「物」に執着するのは当然の心理だろう。
(従夢君の慌てぶりを愉快そうに眺め)
キャラが変わってるぞ。……図星だったか
誰だか知らないが相当熱を上げてるようだ。ああ、もっと惚気てくれてもいいんだぞ
その人物とはどうやって知り合ったんだ?
君からナンパしたとか?
女性が苦手なのか?
……月並みなアドバイスだが、苦手なら避ければいいんじゃないか?そっちのほうが両者にとって有益だ
克服しようと無理に接触しても良い結果は生まない。
……そうだな。女性全般が苦手というならしょうがないが、その中で苦手なタイプ、そうでもタイプを分析してみたらどうだ。女性を感じさせる女性が苦手なのか、さばさばしたタイプなら比較的大丈夫なのか、傾向が見えてくるはずだ
「他人」という人間がいないように、「女性」という女性もいない。性も個性だと捉えてみろ。
もしどうしても向き合わねばいけない必要に迫られたら、最低限失礼じゃないよう振る舞えばいいんじゃないか?
苦手な物を完全に克服する事はない。それは物凄く難しい事だ。でも自分を上手く誤魔化す術なら身に付けられる。
長く生きれば自然と処し方もわかってくるさ。
過度な期待……僕は女性には期待していませんよ。その……僕が言う付き合い方とは……人として、と云う意味なんです
その……(と、顔をそらして腕を抱くように、歯切れの悪い声を漏らす)
僕は……
いえ、構いません
性悪説。そうですね。悪をもたらすのは人の弱さだと筍子は唱えた。だから人は信用できない。愚かしい魂は、脆弱な肉体に収められているのです。そんなもの。信じる方がどうかしている
存在しない人間の思考を読み取る事はできません。だが別の見方をすれば、貴方が認識する限り、時任彼方は存在するのです
この世界に存在する――していると我々が信じているものすら、僕たちの認識によってかたちづくられているのです。目の前の僕が斑鳩さんの作った幻ではないと、果てして断言できるのでしょうか?
それは誰にも出来ない。故に、時任彼方が存在していない確証もまた、無いのですよ
奈良ですか……矯正で治るものなのか。まさか時任彼方も?彼とどれくらい長いのかは存じませんが
ええ、僕は寝子島出身です。憂鬱な事に両親も住んでいる……この島は狭いから何時出会うとも知れない
(「そんな顔」という言葉にびくっと反応して斑鳩さんの方を向いて、泣きそうな怒ったような表情を向けて)
……にゃっ……!?
なっなんですかっ僕、そんな妙な表情していましたかっ……
んっんんっ……そんなって何ですかぁ、だってだって、仕方ないじゃないですかぁ、好きな人の事なんですから、必死になりますよーー!
(やけくそで上を向いて叫ばんばかりに)
……うう、失礼……
(涙目を拭いながら恥ずかしさと興奮で顔を真っ赤にして縮こまり)
……みなさんは……
恋したことないんですか……?・
(うるんだ目をちらりとのぞかせ、首を傾げて尋ねます)
うわあ、何恥ずかしい事を聞いているんだろう僕……
今のは聞かなかった事に……
まあ、それが僕の兄ですから
まあ恋というのはものの喩なのでしょう。それを夢や友情などど言い換えても良いのかもしれない
……不幸なのは人間の方ばかりではないでしょう。悪魔だって、人の幸せは望めないのですよ?
ふむ。彼の女性関係についての噂はひどいものだったようですね。近くにいた貴方が手を焼くぐらいですからある程度は真実なのでしょう。その行動の意図は不明ですが……
尻拭いでもさせられたのですか?
(「同情するよ」という斑鳩さんにくすっと笑い)
意中の相手には侮辱され、心のない言葉でで利用された彼女に僕は同情しますね
同情するような事を言えば、ご自分が彼より温かみのある人間だと思える。思えるというより、そうやって彼を責める材料にした?
彼は才能にあふれ、容姿も優れ、すべてに恵まれていた。だが性格は最悪だ。だがそれを誰も知らない。自分以外は。
虚勢?それとも優越感?或は両方?
その悪戯をした相手、というのは……誰ですか?
風邪の看病……献身的な姿、想像もできないでしょうね……
(「寝言」は聞き逃さなかったが、敢えて口にはせず)
斑鳩さん。ご自分では気づかれておられないようですが、貴方の発言には矛盾があります。
時任彼方は虚栄心を満たす、或は悪趣味な見世物のために貴方を傍に置いた。その一方で貴方は、貴方だけに心を許し誰も知らない一面を見せる時任彼方を知っている……
まあ、誰しも自分の言葉を正確に覚えている訳でも有るまいし、矛盾する事もあるのでしょう……
はいっ!?惚気!?いえっそんな……(眉を吊り上げ、端正な顔を子供みたいに崩して、赤くなった顔を隠すように掌をばたつかせ)
ち、ちがいますよっ……ちがわないけどっ
だって、だってですよっ……あんなにふらふらして、警戒心のかけらも無いだなんて、心配でたまりませんよっ
こどもみたいだって思ったら……すごく、優しいし……ずるい
(思い出すように俯いて、切なげに溜息をだし、斑鳩さんの視線に気づいて顔をあげ、口をとがらせて負け惜しみ)
……あなただって、寝言を言ったのでしょう……?しかも聞かれたって……そんな、聞かれたらまずいような事でも言ったのですか……?いやまてよ、寝言なら自分で分からないな……
普通の生活ですか。いえ、貴方は自分を偽るのがお上手そうだと思いましたので
一説によると、懐疑主義は性悪説から生まれたらしい。眉に唾を付けて最善をなす態度は好ましいじゃないか
君の言う通り、時任はもういない。
俺は神もあの世も信じない。
……いない人間がどう思うか、なんて悪魔の証明より難しい。
俺は奈良出身だよ。わざわざ言う必要もないから言わなかったが。
訛りは大学に上がった時に矯正した。物珍しがられるのが煩わしくて。
皆口君はずっと寝子島か?
(赤潮さんに向き直り)
俺は今年で三十だ。貴方も同年代に見えるが……しかし……(何か言いたげに口ごもる)
……同郷……ということは奈良の人か?同じ関西弁でも大阪と奈良は微妙にイントネーションが違うんだが
寝子島にきてもう十二年になる。大学に上がってからずっとこっちで独り暮らしだ、自然と訛りも抜ける
見た事あるような気がしたがあてにならない。気のせいかもな。
……霊園か教会か、いや、道端ですれ違ったかもしれないがそんなもの数のうちに入らない
(赤潮さんと従夢さんのやりとりをまじまじと見つめ、少し驚いた素振りで)
……意外だな。従夢君もそんな顔をするのか
(呉井さんの言葉に心なし表情を和ませ頷いて)
……そうだな。彼女は優しい。優しすぎる程に。そして純粋だ。あのランプシェードは人柄を反映しているな
深海の青を表現していてもそれは人を拒絶する冷たさじゃない、人を癒す色だ。
君も彼女も創作面のユニークさは引けをとらない。化学反応で新たな着想を得るかもしれないな。
ああ、帰るのか。長く引き止めて悪かった、気をつけてな
(呉井さんを見送ってから他の面々に向き直り)
(従夢さんの兄の話に真顔で聞き入った後、冷笑じみて目を細め)
……君のお兄さんは聡明だね。なかなか穿った考察をする。
悪魔でも恋をする、か……ロマンチックと言おうか。至言だ。俺には想像できない、あいつが人を好きになるところなんて。悪魔に恋された人間なんて不幸でしかない、その時点で人の幸せは望めないのだから
真相は闇の中、真実は誰にも…全能の悪魔の如く振る舞う時任自身にも判らないのかもな。
あいつの女癖の悪さは病気だった。俺も何度も煮え湯を飲まされた……
ピアノを弾いてる時のあいつは無敵だ。あいつの世界は壊せない。一番近くで見てきた、いや、全身を耳にして聞いてきた俺が断言するんだから間違いない。
……あんな性悪に恋した女性に同情するよ
冷酷でない一面……さあな。あったかもしれない。気を許した相手には他愛のない悪戯をしたし、幼稚な振る舞いもした。
俺が風邪をひいて寝込んだ時は頼んでもないのに看病してくれた。わざわざ大学を休んで……サボりの口実にしたかったんだろうな
……寝言を聞かれたのはばつが悪かったが(聞こえるか聞こえないか程度の小声で呟く)
(従夢さんの言葉に面白そうな顔をし)
一体誰を思い描いてるんだ?どうやら君の大切な人らしいな。のろけにしか聞こえないぞ。
子供っぽいというと体裁が悪いが、いくつになっても稚気を忘れないのは結構な事じゃないか。
まあ程度によるがな。childishとchildlikeの差だ
どんな生活……別に。普通の生活さ。家と職場の往復で一日が終わるからとりたてて語る事もない。
君が思ってる以上につまらない男だよ俺は(肩を竦め)
……そんなに遊んでるように見えるか?(苦笑し)……最近は大人しくしてるんだが
女性との付き合い方ね。しいていえば……そうだな、お互い割り切って楽しむ事か。過度な期待は禁物だ。
依存も束縛もしない。お互いを放し飼いにする、その方が性に合ってる
(呉井さんの言葉に、そうなのか、少し驚いて)
そうだね。誰しも強いわけではないか。それでも前を向いて生きようとするきみは、僕にとってはまぶしいよ。そうやって、僕とは違うと決めつけてしまうのが僕の甘えなのだろうね
心地よさだけ与える行為はただの自己保身だと僕は思う。だからきみも気にしなくて構わない。人に影響を与えるのは、それだけ心情がこもっている証拠なのだから
(呉井さんのメールアドレスが書かれた紙を受け取り、戸惑ったように笑う)
あ、ありがとう……本気なんだな。では、また二人きりで話させて欲しい。その時は連絡するよ時間と覚悟が出来たなら
そう、帰るのか。ありがとう、それではまた
(呉井さんに軽く挨拶をして、去っていくのを見送り)
……あの雰囲気。僕の苦手な相手だ……
彼の事を知りたければ、僕の事もいつか腹を割って話さなければならないようだなあ……
(とため息をつく)
(赤潮さんがむすりとしたのに、あっと気がついて)
……あ……僕、そんな目つきでしたか?ごめんなさい……警戒心まるだしじゃないか……
(恥かしげに口を隠し、ちょっと顔を赤く染める)
女性から恋愛感情を持たれなくなるのなら、歓迎すべき事ですが。……って、好きな子って、そんな、何ですか?(表情を崩して赤面して、狼狽える)そ、そんな、じ、ジロジロ、見てるけど、べ、別に……そんな、だって、し、仕方ないじゃないですか……す、好きなんだし……っ……あ、でも、うっとおしいとか思われてるのかな……いつもいいよって言ってくれるからつい甘えちゃうんだよな……(俯いて考え込み、ぶつぶつ言い始める)
……へ?(自分の世界から戻ってきて、赤潮さんのドヤ顔と対面)
あ、ごめんなさい……なんでしたっけ?ナチュラルに……はあ、言われましても……その得意げな顔が、あなたの言う自然体なんですか……(冷たい目でじーっと見つめ)
僕は年は取りたくけれど、大人になりたくもあるし……
(じゃかまし!と言われ、慌てたように首を竦め)
うう……失礼しました。仮にも年上の方に……
(関西弁の語気に慣れていないので、凄く怒ったように思って少し怯えて半歩下がる)
(品定めの視線に対してむすりとした視線をぶつけ)
あんまジロジロ見んなや、オマエそれ行きずりのオレやから別にええけど。
好きな子とかにそんなんしたらアカンぞ。モテへんくなんで?
こういうのはなあ、さりげなく!ナチュラルに!流れるように!やるもんやで?(足を組んでふんぞり返り、何故かドヤ顔を向けつつ)
そこな兄ちゃんがいくつか知らんけど、まあ多分一緒くらいやろな。
ええやん、年なんてほっといても重ねざるをえんのやし。
せやろ、若いやろオレ。……って、言動が!?じゃかまし!!(ぷんすか
なんや、そういう意味かよ。まあオレ殆どテレビとか見んから、たとえ真横に有名人居っても分からんけどな。
(指に付いた埃を一息で吹き飛ばし)
いや、全然気にしてへんから気にせんで、兄ちゃん。
兄ちゃんも同郷か、あんま訛ってへんねな。こっち渡ってきてから長いん?
……オレ?見たことあんの?オレは覚えてへんけど、どっかで会うてたらおもろいな、それ。
(にかりと笑みを向け)