遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
そうなんですか
……誰のものでもないピアノ、ですか。そんな風には思えませんでしてね……
このピアノも、多くの人に弾かれたのでしょうね
呉井陽太さん、ですか。
いいえ、僕の方こそ、何も言わずに。
(そう言って呉井さんに向かって軽く会釈します)
はじめまして。僕は、皆口従夢です
あなたが修理を……
ピアノを見たら少し懐かしくなって、触ってみたかったんです
壊れたピアノでも、直してくれる人がいて、まだ捨てられてないんだなあと、それが分かっただけでも、僕は収穫ですよ
僕は寝子島高校の2年ですよ。1組です。
ふうん、そう。君も2年か。
悲観的なのは生まれつきだよ……こっちの方は治せなくてね。治る見込みもない。
君の音、聞いてみたいね……。
(陽太さんの言葉にひとつ頷き)
気持ちは有り難いが、学校の方は大丈夫なのか?色々と忙しそうだし……無理はするなよ
放っておいてもピアノは逃げない(少しだけ冗談ぽく)
照れることはないだろう、ありのままの事実を述べたまでだ。
実際君のおかげでピアノは息を吹き返したからね……長い間通っているのに俺には直すという発想さえなかった。朽ちるに任せて放置するだけ、忘却するだけ。
その技術を持ち合わせないのは確かだが、むしろ姿勢の問題だ
……これでも感謝してるんだ。口に出すのは些か面映ゆいが(珍しく物柔らかな笑みを浮かべる)
(深雪さんに向き直り)
ご丁寧にどうも。
自己紹介が遅れたな。俺は斑鳩遥、寝子島水処理センターの研究員だ。
ここには仕事帰りにふらりと立ち寄る習慣でね
……陽太くんとそちらの……従夢君と同学年か。奇遇だな。寝子高には個性的な学生が集うと見える
(深雪さんの言葉を推し計るように目を細め)このピアノに見覚えが?
二十年も放置されていたから傷みが激しい。
音が出る鍵盤と出ない鍵盤があってね……焦げ付いたフィルムのように、欠落した記憶のように、虫食いだらけの楽譜のように
(鍵盤に一本指をおく。ぽん、と音程の外れた音が零れる)
……このピアノが直ったら……(後半の呟きは声に出さず)
(深雪さんの手をじっと見)
君もピアノを弾くのか?
……俺の許可はとらなくていい。是非聴かせてくれ
俺は霧生深雪。よろしくお願いします。
そこの二人(呉井さんと皆口さんのこと)は寝子高の二年だよな?
いや、学校で顔見たことあるなって思って。俺も二年だし。
そのピアノ壊れてるのか(改めてじっと眺めて)
実家にあるピアノに似てたからよ。久しぶりに音が聴けたらと思ったんだけどな……。
でも修理中ってことは直る見込みあるんだろ?じゃあ呉井を信じて待つわ。
お前もそんな悲観すんなって。
……直ったら弾かせてもらってもいいですか?(斑鳩さんに向かって)
(深雪君と従夢君に頭を下げて)
こんにちは。初めまして♪
ううん、こっちこそ。
急に出て来て驚かせちゃって、ごめんなさいだよぅ。
(遙さんに精が出るねと言われて、頬を掻きながら)
へへー、時間出来たらなるべく修理の方を進めたいですしねぃ。
ん?何だかオレの事を説明されてるような??
うわわ、遙さん。そんな風に言われると、何だか恥ずかしいーっ(照れ臭くなって手をパタパタ)
…って、慌ててる場合じゃなかった。
改めて。呉井陽太といいまっす、よろしくお願いしまっす!
ええっと。ピアノを弾きに来たのかな?
だとしたら、ごめんねぃ。
まだオレの腕が未熟で、直し切れてないんだぁ…(汗)
(「あなたのものか」と聞かれ、苦笑いして緩く首を振り)
いや、違う。俺が来る前からずっとここにあった……遊園地の閉鎖以来ずっと捨て置かれていたんだ、傷みも激しいだろう。
だからその問いには誰のものでもないと答えるのが正解かな。
陽太君も来てたのか(軽く会釈し)相変わらず精がでるね
(従夢さんに目配せし)彼は呉井陽太くん、さっき言ったピアノを修理してくれてる奇特な人物だ
手先が器用でね……見習いたいものだ
(深雪さんに会釈を返し)
こんにちは。
君もピアノを弾きにきたのかい?ご覧の通り音はでないが……
(呉井さんに手を振られ、軽く会釈をし、少し無理して微笑して)
どうも。
(「遥さん」と言う声に、斑鳩さんをちらりと見、ああこの人の事なんだろうと思い、再び目を外す)
すみません。驚かしてしまったかも……。
(とピアノから離れようとした時に、霧生さんに声をかけられたのを感じて、まだそこに居ることにします)
……こんにちは。(少し物悲しげに)
……このピアノ、壊れてて、音が……出なくって……。
治してもらえるらしいのだけれど……。
今は何も弾けないな、と思って……。
(ピアノが見えたのでステージに向かって徐ろに歩いて行く)
……あっ、人がいたのか。えっと……こんにちは。
(軽く会釈して)
(ひょっこり奥から出てきて)
…お?奥で道具の整理してたら、人が来てた???
あ。よく見たら遙さんもいたー。
どーも、こんにちはー。
遙さん、お久しぶりでっす(二人に軽く手を振る)
(斑鳩さんの方に振り向き、声をかけます)
……。
そうなのですか。
(視線をもとに戻し、ピアノの鍵盤を指でなぞりながら)
……このピアノは、あなたのもの、ですか……?
(従夢さんに目をとめ)
そのピアノは壊れてるんだ。ずっと吹きさらしで放置されてたんだが、物好きな……もとい、奇特な少年が修理を申し出てくれてね。
寒くなってきた事だし、数日中に地下に移すつもりだ
……直ったらどんな音を聴かせてくれるのか、俺としても興味は尽きないが
(ステージの上で壊れたピアノの鍵盤を叩き、そっと、指を離した)
……音がでないや……。
おー?もしかして、あそこにいるのはぁ~
ねむる君だー、こんばんはー☆
ここで会うの初めてだねぃ♪(手を振り返す)
やっぱりここは静かでいいねえ・・
おや、あそこに居るのは呉井くんかな?お~い
(観客席あたりに立ち呉井君の方に手を振り)
(道具一式を持って、野外音楽堂に来て)
…?
誰か来てたのかなぁ…。
さてとー…。修理の続きやろー。
(雑草に埋もれた野外音楽堂を懐かしげに目を細めて見回し)
……懐かしい。
変わってないな……
(まるで自らがここにいる資格がないというふうに身を翻し歩み去る)
へへー、どーいたしまして♪
他にも何かほしい物があったら作ってみるので、教えて下さいねぃ。
遙さんもラフマニノフ好きですか。
ありゃー…。かなり酷評されてたってのは薄っすら知ってたけど、そこまでとはぁ…。
んでも遙さんが言うように、この人の演奏はとて心地良いし、…うん。
聴いててほっとする音色だし、やっぱ好きだなぁ。
ピアノ協奏曲第三番は、確かにぃ…。難しくって顔を覆いましたねぃ。
バラキレフのイスラメイも譜面見た瞬間、口から変な声漏れましたわー…。
己の音楽を追求かぁ…。そーいうの貫くのって大変だけど、カッコイイなって思いまっす。
んん?サリエリが好きだろうって皮肉られるって、どうしてだろう?
何かと重ねてそう言ったのかなぁ…。
ベートーヴェンの「熱情」、いい曲ですよねぃ。
最初はなだらかなのに、突如感情が沸き上がっていく流れとか、オレも好きです。
…一番縁遠い?(じっと遙さんを見て、首を傾げ)んー…。燃え上がってみたいんです?
(今度貸そうかと訊かれて)
えっ いいんですかぁ♪
んじゃ、遙さんのオススメのジャズをよろしくお願いしまっす!
ありゃ、ネバーランドはアウトでしたかぁ。
ふーむ、協奏の時にトライアングルの演奏をしたんですねぃ。
アレって凄く音量の強弱や抑揚を出すのがムズいし、作曲家がどんな音をイメージしてたか
感じ取って鳴らさないとー…って言われてる奥の深ーい楽器だから、遙さんに合ってるかも。
ん?不純な動機って…。……まさか、ナンパ…なワケ…ないですねぃ、知ってた(自己完結)
あ、指揮者って遙さんにピッタリだなぁ♪
今度指揮者やってる所見てみたいなぁ。
(遙さんが話してくれた時任さん像を思い浮かべて、苦笑しつつ)
お、おーぅ…。かなりからかうのが好きだったんですねぃ、時任さんって。
それと、すんごく遙さんの事が大好きだったっつーのも伝わってきましたわー。
うーん…。でも、だったら何で最後の曲があんな感じなんだろ…。
って、いやいや。迷惑だなんて事も思ってないですし、謝んないで下さいって。
話題振っちゃってるのこっちですし…。何かこう…気になっちゃうんですよね。
いつから曲調が変わったんだろうなぁ…とか。
繊細だな。この手の細工物は女性受けがよさそうだ。
ストラップは目障りでつけてなかったんだが、実用性と装飾性が互いを邪魔せず調和してるのも趣味に合うし、有り難く使わせてもらうよ
ラフマニノフか。
録音に極端なこだわりをもつ作曲家かつ演奏者として批評家筋じゃ賛否両論分かれるが、俺も彼は好ましい。六角形の結晶のようにテクニカルな演奏が耳に心地よくて流れ作業の合間によく聞いていた
彼が上梓したピアノ協奏曲第三番は世界で一番難しいと言われてるらしいが……
おそらく彼は観客の反応に振り回されず、ピアノと一対一で向き合い、己の音楽を追究したかったんだじゃないか
……お前はサリエリが好きだろうと友人には皮肉られたがな
曲に絞るならベートーヴェンの「熱情」が好きだ。一番縁遠いものだから憧れるのかもな
バッハ、ドビュッシー、バラキレフ……なかなか渋い趣味だ。君の年でその名前がでてくるとなると相当に造詣が深い。少し驚いた
ジャズに興味が?ならば今度貸そうか
イヤホンジャックの礼に……ここで待ち合わせして手渡しする形になるが
どんな曲が聴きたいかリクエストはあるかい?ないなら俺の好みで見繕ってくるが
ネバーランド……(顔をそむけて噎せる)この年でそれはきついな。勘弁してくれ
楽器か……先日の協奏ではトライアングルを演奏したが。……演奏と言えるのかアレは?(自問)
不純な動機で入ったせいか今いち立ち位置が定まらなくてね
……まあ無理に決める必要はないか
辛うじてこなせるのは学生時代にふざけ半分で仕込まれた指揮の真似事くらいか?
ピアノを弾く時任の横でこう指を振っていた(人さし指をしなやかに泳がせ宙に弧を描く)
……ああ、確かに。人をおちょくるのが好きだったな。本当に性格が悪かった
ひとをからかうのが趣味というか生き甲斐といおうか……
俺が写真を撮られるのが苦手と知っていて不意打ちのようにカメラのシャッターを切るし、再三やめろと言っても聞こうとしないし。変なところばかり狙って撮るから余計にたちが悪い。ソファーでうたた寝してる所とか本に集中している所とか……
すまない、また脱線した。
……そうか、そんな顔をしてたか(呉井さんの回答を吟味するように俯き、気分を切り替えて)
初対面も同然の相手に色々と変な話をしてしまったな。迷惑ならば聞き流してくれ
ミルクキャンディは後で食べよう(飴を受けとり、白衣のポケットに入れる)
(蝶のイヤホンジャックの感想を聞いて)
いやぁ、羽の部分とか苦労したんで、そう言ってもらえると嬉しいですわー♪
んー、クラシックで好きな作曲家は、バッハ、ラフマニノフ、ドビュッシー、バラキレフかなぁ。
曲の方は、うーん……いっぱい好きなのあって、言い切れないやぁ…(汗)
お。遙さんもジャズ好きなんですかぁ♪いいですよねぃ、ジャズ。
いいなぁ、オレもレコードで聴いてみたい。
ふーむ…。聞けば聞くほど集中タイプですねぃ、遙さんって。
(それはまた……の言い回しで、むぅ…と唇を尖らせて)
今、ベタな理由だなぁって思ったデショ…?
うん、ほんとうに。ちゃんと会えてよかったですわ(頷く)
えー、遙さん裏方だったんですん?
ネバーランドの住人みたいな格好して踊ってたんじゃないのかぁ(残念そう)
んでも、そーいう細やかな部分とか担当するのって遙さんに合ってる気がするし、いいかも。
ありゃ?楽器の方、まだ決まってなかったんですか。
んじゃ、いつか楽器が決まったら、遙さんの演奏聴かせて下さいねぃ♪
クラ同の方も、時間出来たらひょこっと行ってみまっす。
(本当の所どちらだろうな、という言葉に、首を捻り)
ええっと、こう言っちゃなんですけど、時任さんってはぐらかすのが好きそうっていうか…。
……あー、いや。好きなんだろうなぁ、はぐらかされた相手の反応見るのとか。
(顔色について訊かれて、困った顔になりながら)
……え、言っていいのん?
んー…。なんかこう……一瞬だけ、時が止まって温かみの失せた顔に…なってたかなぁ…。
未必の故意って、それはまた…穏かじゃないというか、なんというか…。
これはまた……余計な事を言っちゃいそうだから、オレの口をチャックしないといけない予感(汗)
つ、疲れちゃったかぁ。
んーっと…。よかったらだけど、ミルクキャンディ食べます?(そっとキャンディを差し出す)
(呉井さんが差し出した蝶のイヤホンジャックを興味深そうにためつすがめつ受け取り)
くれるのか?ならお言葉に甘えて
……見れば見るほど精巧だな(感心する)
ひとつのジャンルを掘り下げるのも浅く広く手を広げるのも個人の自由だ
君もクラシックを聴くのか?好きな作曲家や曲をぜひ聞きたいものだ
俺は他にジャズを好む。暇があれば専門店でヴィンテージ物の古いレコードを買い集めたり……なかなか値が張る趣味だが
騒音と人ごみは生理的に受け付けなくてな
今の仕事を選んだのも研究室に閉じこもってる時間が長いせいだ。人と接する億劫を避けたかった
迷子になったのか
それはまた……子供の頃は誰しも一度は経験するが。無事親御さんと会えてよかったな
(「ミュージカルに出たのか」と問われ苦笑し)
いや、俺は裏方だ
大道具や小道具を手配したり照明を操作したり、演出を手伝った
ステージに立ったのは十代の若い子たちだ。衣装もはりきっていたよ
猛練習の甲斐ありなかなか完成度の高いミュージカルになった。打ち上げは私的な事情で辞退したが……
俺自身はNCCに所属しているもののまだ楽器も決まってなくてね
元から仕事に忙殺されて活動も不定期になりがちだから、この機会に不義理を埋め合わせなければと柄にもなく立ち回ったまでだ
見学も歓迎だそうだから暇ができた時にでも立ち寄るといい
……幽霊会員の俺が勧誘するのもおかしな話だが
(呉井さんの言葉をひとつひとつ反芻し)
……そうだな、矛盾してるな
いてもいなくてもいいと言いながら……本当の所どちらだろうな。それがわかれば苦労しないのだが
いや、謝罪には及ばない。君の言い分は正論だ
(呉井さんに顔色の変化を指摘され)
……顔に出ていたか?自覚はないのだが……俺は今、どんな顔をしていた?(純粋に疑問を述べる口調で)
俺自身がまだ気付いてない事か……
……案外俺の未必の故意があいつを追い詰めたのかもな
あいつの死の真相を知りたくて個人的に色々調べているが現状八方ふさがりでね
……少し疲れた(小さくため息をつく)
いやいや、なんもなんも。謝んないで下さいって(手をパタパタ)
ギャップかぁ。そういうところが魅力になってるといいなぁ~☆
ん、凝ってます?
へへー、そう言ってもらえると嬉しいですわー♪
あ、作った物を出品した事はまだないですねぃ。
(蝶のイヤホンジャックを遙さんに差し出して)
もし良かったらですけど、コレ。使いますか?
オレって聴いてるジャンルがバラバラだし、知識にバラつきがあるからなぁ…。
まだまだ通までいけないかもぉ…(たはぁ…と、苦笑い)
…あ。遙さんも人混み苦手なんですねぃ。
オレも人混み苦手でー…といっても、むかーし人混みで家族とはぐれた事があって
それですんごく苦手っていう…ちょっと限定された理由なんですけど。
そっかぁ、遙さんは集中して静かに聴く方が多いんですねぃ。
…って、遙さんってミュージカルに出てたんですか??
オレ、そのフェスに行くタイミング逃しちゃったんですよねぃ…。
遙さんが歌って踊ってるの見たかったぁ…。
隣の芝生は青く見える…かぁ。
正にソレかも…。当たってると思います。
う、うーん…?いてもいなくても、揺るがない???
でも、遙さん。
時任さんは遙さんに聞かせる事で演奏を練磨してたって、ちょっと前に話してくれたし、
まったく揺るがないって事はなかったんじゃないかなぁ…。
(遙さんの顔色に気付いて、申し訳なさそうな顔になり)
う…。やっぱ言っちゃいけなかったかなぁ。
だけど嘘言っても、遙さんにはその内分かっちゃうだろうし…。ごめんね、遙さん。
なにもかもを極めすぎて、陳腐なまでに完璧に、かぁ…。
そういう人ほど本音を巧みに隠すし、どうすれば人の心を揺さぶれるか分かってるから、
ほとんどの人は奏でる音色に共感する事が出来ても、本当の意味で理解するのは困難なのかも…。
(資格はないな、という言葉に顔を曇らせて)
オレが言うのもお門違いかもしれないけど、多分…遙さんがまだ気付いてない事があって、
全部解けてないだけなんじゃないかな…?
オレは理解者ではないけど…。いくつか引っ掛かってる所があるし…。
もう少し、調べてみてもいいかもしれませんよ。