遊園地の敷地内にある野外音楽堂
石造りのステージでは嘗て手品やお芝居、ヒーローショーが演じられていたが、今は演者も観客もなく静まり返っている
ステージには壊れたピアノが一台打ち捨てられている……
天才は天才としか見られない。
天才という一個の完結した存在として評価され人間性を剥奪される。ある意味不幸な宿命だな
そればかり期待されたら辛い、か……君のお兄さんは優しいな。
人の痛みがわかる、感受性の豊かな人物なんだろうね。
稀有な特質だが、今の世の中じゃ生き辛いだろうな
もし彼方がピアノを弾かなかったら、ここまであいつに惹きつけられたかわからない
俺は薄情だな……
……いや、そんなことはない(「時間を邪魔するだけの存在?」と聞かれ、咄嗟に反駁するも言葉が続かず)
嫌いなだけなら付き合いはしない。
口ではさんざんに言ったが、結局の所……あいつの魅力は無視できなかった。あいつのピアノを聞く時間は濃密で充実していたよ。それがすぐ壊されてしまうとわかっていても、永遠に続いて欲しいと願う位には
(「遙(はるか)」と呼ばれ、眼鏡越しの目の温度が氷点下までさがる)
剽窃だぞ
その名前で呼ぶのはやめてくれないか。……大人げないとわかっているが、不愉快だ
耳がざらつく。
罵られて安堵するなんて変わってる。今まで誰もそう言わなかったのか?…随分周囲の環境に恵まれてたんだな。そしてそれに甘えていたと見える。
否定されて初めて安息を得る、二律背反の矛盾を孕んだ心理だ。
……本来君を否定するのは俺の役割じゃない。この台詞は君に虐げられた被害者が言うべきだろうな。
俺はただの無関係で無責任な赤の他人、部外者の傍観者にしか過ぎない。
不感症は不干渉を貫くべきだ
……買い被ってくれる所すまないが、俺には君の事はわからないよ。
長く一緒にいた友人のことさえわからなかったんだ、何も。君の理解者たるべき人間は別にいる。そう、案外近くに。
君を最低だと言ったのは……ねじくれた同族嫌悪さ。
翻訳者か……そうか。そういう見方もあるのか。腑に落ちたよ
俺達は互いの翻訳者だった。言葉足らずを補完し合って依存してた。互いになくてはならない存在…
そうだな。時任と他を比べてしまうのは悪い癖だ。不快にさせたらすまない。俺の中には時任とそれ以外しかいない……全てが時任を基準に決まってる。我ながら酷く偏ってるとあきれる。
ないものねだりは意味がないのに
アダルトチルドレンか。確かにその条件は君にあてはまる
しかしお兄さんが歪んでないと決め付けるのは早計だ。そんな家庭環境で歪まずにいたら、それこそが歪みだ。君に心配かけないように楽観的に振る舞っているだけかもな