●帰るまでがトレッキングです●
女性の案内で下って行くと、南の方から「おーい」やら、幻の桜を探しに行った生徒の名前を呼ぶ複数の声が聞こえてきた。
怒られちゃうかな? と数人の生徒達が顔を見合わせる中、女性は「私はこの辺で」と立ち止まる。
刀は彼女に礼を言うと、こう告げた。
「また来ます」
女性は柔らかな笑みを浮かべたまま頷いた。
「あと二回は迷うかも知れませんね」
「……はは」
洒落にならない。
刀が返した笑みは、ちょっと乾いていた。
「そこにいるのかー?」
と何人かの生徒の名前を呼びながら近付いて来るのは、高野先生の声だ。
この桜の群生地の奥に足を踏み入れてから、そこまで時間が経っている訳でもないのに、なんだか懐かしい気がした。
「なんだどうしたお前ら、揃いも揃って!」
一行に出くわした高野先生は驚き半分、喜び半分といった表情で近付いて来る。
生徒達も先生との距離を縮めるべく、歩き出す。
とりあえずみんなの無事を確認した高野先生は、後輩達に付き添っていた櫻を「お疲れさん」と労うと、更に相好を崩した。
「で、幻の桜ってのは見付かったのか?」
「ええ、あの人に道を教えて貰って……」
「うん?」
刀が説明しながら振り返ると、さっきまで生徒達の背を見送っていた女性の姿はもうなかった。
「……名前、聞くの忘れてた」
思い出したように、ぽつりと呟く。
また、あの桜に会いに来た時に、彼女にも会えるだろうか?
「ま、とにかく詳しい人に会えて良かったな。なんだ、本当にあるなら私も見てみたかったかな~」
「写真ならありますよ」
「おっ?」
ちょっと羨ましそうな高野先生に、すかさず祭がスマートフォンで撮った桜の写真を見せる。
「ほー、本当に立派な桜だなぁ……」
「うちも沢山ビデオ撮って来たの! 後で先生にも見せてあげるね」
「そりゃ楽しみだ」
和がたんまりと映像の記録されたビデオカメラを掲げて見せると、高野先生もワクワクした足取りで引き返して、あ、と振り返った。
「願い事、叶うと良いな!」
先生の言葉に、生徒達は頷いた。
霧はもう、完全に晴れていた。
「ん……あー……ゴミは、ここに……な」
幻の桜を探しに行った生徒達が戻って来た時も、拓郎は相変わらずゴミの回収に精を出していた。
しかも、活動を続ける間に仲間も増えていた。
「『来た時よりも綺麗に』だ。手伝ってくれ」
ムゲンも率先してゴミを拾ったり回収したりして、群生地の保護に貢献している。
彼が少し豪華なイタリア料理のお弁当を食べている時、昼食もそっちのけでゴミを集めている拓郎に会ったのがキッカケだった。
元々ムゲンも帰りにゴミを残さないようにと集める予定だったけれど、トレッキングの道中もゴミを回収していた拓郎の姿に感心し、意気投合したようだ。
「……ん、やっぱり……来た時よりも、美しく……だよな」
いっぱいになったゴミ袋の口を結んで満足げな拓郎と、ムゲンは頷き合った。
逸れていた生徒達を探しに行っていた上級生達も、ちらほらと戻って来た。
因みに、熊退治の為に抜け出して団十郎達と別れた仄は、この時彼女を見付けた先輩によって連れ戻された。
本腰を入れて幻の桜を探した生徒達がその許に辿り着けたと知っても、「人には自分で道を切り開く力があるからな。本来神頼みなど、心の拠り所以外に必要ないのだ」という考えは変わらなかったようだけれど。
群生地の入り口で帰る時を待っている生徒達を眺めている桐島先生は、相変わらず仏頂面だ。
若干、虫の居所が悪そうな気もする。
「予定より40分少々の遅れだ」
抑揚なく呟く彼に、隣にやって来た高野先生は「ま、良いじゃないですか」と並んで生徒達を眺めた。
「最悪の事態にはならなかった。私はそれで充分です」
「……」
おおらかで、ともすればいい加減にも見える高野先生の意図を探るように、桐嶋先生は彼女の横顔を見た。
きりっとした強い意志を感じさせる瞳が見守る生徒達は、一緒に過ごした者同士で記念撮影をしたり、別れを惜しむように桜の木々を眺めている。
「たかだか15、6の子供達に、やれ責任だなんだと言ってもそうそう通じるモンじゃないですよ。丁度頭でっかちになる頃で、自分は何でも知っている、何でも出来るつもりだけど、本当はまだまだヒヨッコで現実にぶち当たりまくる……私らも、あいつらくらいの年頃はそんな感じじゃなかったですか?」
「……確かに」
桐嶋先生は眼鏡のブリッジを押し上げる。
「馬鹿やって痛い目見て、サジ加減を覚えていくんですよ。人間関係も、社会に出た時の生き方も……まっ、桐島先生みたいにビシッと厳しく言う人は、いて貰えないと困りますけどね」
「高野先生……」
思わずちょっと感心した眼差しで見ていると、高野先生はにや~っと悪い顔で笑った。
「今度はどんなとんでもない事やらかしてくれるか、楽しみじゃないですか」
やっぱり何を考えているのか分からなくて、桐嶋先生は困ったような、苦虫を噛み潰したような顔になった。
彼の反応を気にした風もなく、機を計っていたように高野先生は一歩前に出て腕を振り、声を張り上げる。
「みんな集まったか! 集まったな? 忘れ物やゴミの放置はないな? ……よーし、それじゃ下山だ! 家に帰るまでがトレッキングだぞー、行きより疲れてるだろうからな、怪我しないように気を付けて歩けよ!」
下りは登る時よりも大変と言われるけれど、確かに足に掛かる負担は大きくて、麓に近付くにつれ疲れが溜まっている生徒は増えてきていた。
再び落神神社の境内に入ったのは、まだ日が高いうち。
辿り着くなりしゃがみ込んだり、水を飲みに手水場に向かう生徒も少なくない。
先生達は特に何も言っていなかったけれど、完全に休憩ムードだ。
そんな中、お団子頭の生徒がお社に近付いて行った。
行きに生徒達が置いていったお供えものは、サンマや開けた猫缶の中身などはもうなくなっていた。
主にお米類の食べ物をつついていた小鳥達が、人の気配に飛び去っていく。
小麗は焼きサンマが置いてあったティッシュの上に、お昼の時に残しておいた春巻を乗せた。
手を合わせ、目を閉じる。
「落神様、落神様。しゃおりーの声が聞こえるか? もし聞こえてるなら教えてほしいことがあるのだ」
それは、彼女にとってとっても切実な問い掛けだった。
「落神様、『とれっきんぐ』ってなんなのか知ってるか? 知っていたら教えてほしいのだ」
しばらくは、周囲の木々や草が揺れる音と、遠巻きな生徒達の賑わいだけが聞こえていた。
『トレッキングって、山歩きの事だろ……』
急にぽつりと心の中から聞こえた言葉に、小麗は目を丸くした。
実は、彼女からは見えていなかったけれど、お社の影でマタタビの枝を枕にして寝転がったテオがいたのだ。
尤も、彼はもれいびの問いに答えてやるつもりなんてさらさらなくて、ただ呟いてしまっただけのようだけれど。
(この抗い難い匂いの枝……気にいらねぇ)
テオはごろごろしながらも、フンと鼻を鳴らした。
小麗の許に、寝癖のついた髪をそのままにした寝太郎がのんびり歩いて来て、にこっと笑う。
「落神様の声は聞こえた?」
「うん!」
頷いた小麗の目は、キラキラと輝いていた。
そのうち、境内で休んでいた生徒達はゾロゾロと動き出す。
寝子島高校を、そしてそれぞれの帰る場所を目指して。
あの群生地の桜は、もうすぐみんな散ってしまうだろう。
でもきっと、来年も綺麗に咲き誇って、新たな顔触れと久し振りに会いに来た生徒達を迎えてくれる筈だ。
それまでの間、新入生達はどんな時間を過ごし、どんな風に成長しているのだろう?
今はひとまず、しばしのお別れ。
~桜を訪ねて、九夜山トレッキング! 終~
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■担当ゲームマスター
羽月ゆきな
■ゲームマスターコメント
プレシナリオ第二弾『桜を訪ねて、九夜山トレッキング!』を担当させて頂きました、羽月ゆきなです。
ご参加下さいました皆さん、ここまで目を通して下さった方、ありがとうございました。
楽しんで頂けましたら、とても嬉しいです。
今回はトレッキングというイベントだった事もあり、ご参加下さったキャラクターさん『全員がトレッキングに参加した』という観点からマスタリングさせて頂きました。
状況や沢山のキャラクターさんの行動の結果などの影響で、思った通りの結果にならなかった方もいらっしゃるかと思いますが、それもまたシナリオの醍醐味という事でご了承頂ければ幸いです。
こういった形式のシナリオに取り組むのは初めてでしたが、沢山の楽しいアクションや面白いアクション、工夫されたアクションを頂き、私も楽しく執筆する事が出来ました。
本当にありがとうございます。
ただ、執筆段階でも自分に対する課題が色々と見えてきた感がありまして、今後はそれらをクリア出来るよう精進し、より皆さんに楽しんで頂けるシナリオ作りを目指していきたいと考えております。
尚、今回のシナリオ内で登場した場所や出来事などの一部は、またシナリオなどで取り扱われる事もあるかも知れません。
その際に興味をお持ち頂けましたら、どうぞよろしくお願いします。
私自身もシナリオコンテンツ開始の時には、また皆さんとお会い出来る事を楽しみにしております。
■登場キャラクター(順不同)
綾辻 綾花(あやつじ あやか)
薄野 五月(すすきの ごがつ)
マウル・赤城・スティック(まうる・あかぎ・すてぃっく)
恵御納 夏朝(えみな かあさ)
一口 楠葉(いもあらい くずは)
大田原 いいな(おおたわら いいな)
笛吹 音花(うすい おとか)
三崎 楚良(みさき そら)
アリス・クインハート(ありす・くいんはーと)
高梨 煉(たかなし れん)
ムゲン・ザ・ワールド(むげん・ざ・わーるど)
篠木 昴(しのき すばる)
栖来 衣夢(すくる いむ)
湯浅 月子(ゆあさ つきこ)
天衣 祭(たかえ まつり)
坂井 浩哉(さかい こうや)
的場 カンタ(まとば かんた)
白鷺 行忠(しらさぎ ゆきただ)
セルゲイ・ボスコフ(せるげい・ぼすこふ)
楪 櫻(ゆずりは さくら)
木斗 菫(もくと すみれ)
佐々 寿美礼(ささ すみれ)
宮玄 時雨(くげん しぐれ)
月ヶ瀬 朔夜(つきがせ さくや)
不破 ふわり(ふわ ふわり)
霧切 翠子(きりぎり みどりこ)
煌龍 陽菜(こうりゅう ひな)
神薙 焔(かみなぎ ほむら)
名義 冰(みょうぎ こおる)
森 蓮(もり れん)
睦森 さや子(むつもり さやこ)
緋狩 螢(ひかり けい)
藤堂 伊月(とうどう いつき)
姫宮 瑠璃(ひめみや るり)
常盤 四月(ときわ しがつ)
臥龍桜 青子(がりゅうろう あおこ)
森野 熊吾郎(もりの くまごろう)
龍目 豪(たつめ ごう)
神鍋 彩守(かんなべ あやもり)
御剣 刀(みつるき かたな)
黒依 アリーセ(くろえ ありーせ)
桜井 ラッセル(さくらい らっせる)
琥室 伶都(くむろ れいと)
八重崎 五郎八(やえざき いろは)
刑塔院 抱月(けいとういん ほうげつ)
邪衣 士(やごろも つかさ)
佐伯 芽莉依(さいき めりい)
篠月 藍香(しのづき らんか)
藤堂 月乃(とうどう つきの)
鳳至 流寧(ふげし るね)
X 我威亜(くろす がいあ)
国虎 綵白(くにとら あやしろ)
新庄 武蔵(しんじょう むさし)
緑野 毬藻仔(みどりの まりもこ)
相楽 茉莉花(さがら まりか)
楓 京介(かえで きょうすけ)
小泉 和(こいずみ のどか)
花厳 望春(かざり みはる)
水城 渚(みずき なぎさ)
逆巻 天野(さかまき あまの)
山田 与太郎(やまだ よたろう)
綾瀬 エルミル(あやせ えるみる)
夢宮 瑠奈(ゆめみや るな)
志波 拓郎(しば たくろう)
飛田 俊也(ひだ しゅんや)
シルヴィア・W(しるびぃあ・ほわいとうるふ)
八重垣 カナエ(やえがき かなえ)
浅山 小淋(あさやま こりん)
上穗木 千鶴(かみほぎ ちづる)
千里丘 みりか(せんりおか みりか)
乾 秋人(いぬい あきと)
川原 にれ(かわら にれ)
鮫ノ口 礼二郎(さめのくち れいじろう)
一之瀬 仙司郎(いちのせ せんじろう)
リナ・石瑛(りな・せきえい)
折口 ゆづき(おりぐち ゆづき)
西野町 かなえ(にしのまち かなえ)
梅影 裕樹(うめかげ ゆうき)
雛森 佐奈(ひなもり さな)
八城 昌也(はちじょう まさや)
火野 燎原(ひの りょうげん)
綿会 日華(わたらい にっか)
亜魚隈 猯利(あなくま まみり)
八神 修(やがみ おさむ)
市橋 誉(いちはし ほまれ)
レイズ・トレイシア(れいず・とれいしあ)
神田 涼子(かんだ りょうこ)
如月 庚(きさらぎ こう)
白鳥 悠生(しらとり ゆうせい)
詠坂 紫蓮(よみさか しれん)
猫島 寝太郎(ねこじま ねたろう)
ブリジット・アーチャー(ぶりじっと・あーちゃー)
大山田 団十郎(おおやまだ だんじゅうろう)
伊藤 佳奈(いとう かな)
椿 美咲紀(つばき みさき)
御子神 彼岸(みこがみ ひがん)
新井 すばる(あらい すばる)
御子神 此岸(みこがみ しがん)
五郎丸 冬子(ごろうまる ふゆこ)
汐崎 キミ(しおさき きみ)
小野寺 瞳子(おのでら とうこ)
ゼナイド・オルメス(ぜないど・おるめす)
馬頭 カナト(めず かなと)
小山内 海(おさない うみ)
宗愛・マジカ・ベントス(むねちか・まじか・べんとす)
五百部 遥(いおべ よう)
獺越 晴太(おそごえ せいた)
紗乃恭 玲珂(さのきょう れいか)
須藤 清一郎(すどう せいいちろう)
神山 千紘(かみやま ちひろ)
神条 誠一(かみじょう せいいち)
李 小麗(り・しゃおりー)
工藤 耀(くどう あかる)
双葉 仄(ふたば ほのか)
加藤 信天翁(かとう あるばとろす)
財前 華蓮(ざいぜん かれん)
朱凰 桜(すおう さくら)
小石丸 蚕(こいしまる かいこ)
五十嵐 颯太(いがらし そうた)
プリティヴィ・プラサード(ぷりてぃう゛ぃ・ぷらさーど)
郡 トモエ(こおり ともえ)
封亀 エルザ(ときさか えるざ)
姫神 絵梨菜(ひめがみ えりな)