●満開の桜の下で ~楽しいお弁当タイム・後~●
ひらひらと桜の花弁が舞う中、それなりに奥まったところまで歩いて来た。
先客の生徒達からさり気なく距離を取りつつ、ここなら景色を眺めながらのんびり過ごせるだろうと思えた場所に昴は荷物を降ろす。
さてお弁当、とリュックの中を探っていると、数人の男子生徒が近寄って来た。
「ひとりか?」
背の高いウルフカットの先輩が話し掛けてきたので、昴はボサボサの髪を揺らして頭を上げた。
「……うん? あんた達もここで弁当か?」
昴に声を掛けた生徒は、同い年には見えないよく鍛えられた体躯の生徒と、少し緊張した面持ちの童顔の生徒を連れていた。
童顔の奴はクラスで見た事がある気がするけど、なんだか不思議な取り合わせだ、というのが眼差しに現れてしまったか。
ウルフカットの生徒は「ああ、俺が誘ったんだよ」と言って名乗った。
「俺は2年の高梨 煉(たかなし れん)っていうんだ」
「俺は鮫ノ口 礼二郎。10組だ」
続いて体格の良い生徒が名乗る。
礼二郎は桜の群生地には比較的早く着いてしまった方だったので、昼食にはまだ早いとその辺りを散策している時に煉が声を掛けてきたらしい。
自分も名乗るべきかというような逡巡が見え隠れした後、童顔の生徒も口を開いた。
「篠木君……だったよな。俺は同じ2組の花厳 望春(かざり みはる)だよ」
少し人見知りの傾向があった彼は、他の生徒達に声を掛ける機会を逸していた時に二人と会ったのだという。
「ご一緒して良いかな?」
少しはにかんで、望春はそう尋ねる。
昴も特に断る理由もなかったので、彼らの申し出を受けた。
花見に良さそうな場所を探して歩いていたらなんとなくひとりになってしまっただけで、自分も本当は知り合いを作りたいと思っていたから。
目の前には小さな陽だまり。
差し込んだ光が、優しく桜を照らしている。
「やーりぃ、やっぱここからの眺め、結構良いな!」
ご機嫌な様子で煉は弁当箱を並べた。
中身は定番の唐揚げにタコさんウィンナーや玉子焼きだけれど、どれも美味しそうな出来栄えだ。
おにぎりもちゃんと三角の形をしている。
「それ、自分で作ったのか?」
自分の地味な見た目のお弁当と見比べつつ、望春は聞いてみた。
「おう、料理は結構得意なんだよ! 花厳も手作りか?」
「俺のは、玉子焼きときんぴらごぼう以外は……冷凍なんだけど」
和洋中なんでもござれという煉を前にしては多少引け目を感じてしまうが、望春も手ずから作ったお弁当を持ってきていた。他には冷凍の唐揚げとひじきの煮物が入っている。
料理が作れる環境って良いな、と思いつつ、昴は彼らのお弁当を眺めた。猫鳴館の設備ではたいしたものが作れないと判断して、彼は出来合いの惣菜をパンで挟んだだけのものを持ってきていた。
それでも自分でサンドイッチを作ったくらいの事は言えるだろう。礼二郎に至っては、コンビニのおにぎりで済ませてしまっていたから。
(やっぱり今後の事を考えると、自炊した方が良いよな。料理の勉強しないと……)
「ちょーっと作りすぎて食べきれないから、お裾分けに預かってくんないかな?」
明るく勧める煉に、皆有り難く手作りの味を楽しんでいると、腹を押さえて項垂れた生徒が歩いて来た。
その足取りは荒っぽく、人を寄せ付けないような険のある眼差しをしている。
「どうした? 腹でも痛いのか?」
しかし彼の様子が気になった煉が声を掛けてみると、ボサボサ頭の痩せた少年は足を止めた。
「……弁当を、忘れた。寝ぼけたまま寮を出たばっかりに、このザマだ」
自分にか、空腹にか。相当苛立っているように吐き捨てた。
人と接するのが苦手ではあったものの、綺麗な桜を見に行くのはまあまあ楽しみにはしていたのに。
「良かったら、一緒に食べない? 多めに持って来てる人もいるから」
「俺も結構量あるからな……ひとりじゃ食いきれない」
望春が思い切って声を掛けると、昴もそう言ってサンドイッチを見せる。交流出来るメンバーが増えるとあれば、煉も勿論大歓迎だ。
「俺もあるぞ。コンビニのだけど」
礼二郎はちょっと肩を竦めた後、それぞれ自分の名を言い合った。
「1組の坂井 浩哉(さかい こうや)だ。……まさか、俺に声を掛けてくる奴がいるなんて思わなかった」
自らも名乗った浩哉も輪に加わると、有り難く分けて貰った食べ物を受け取る。誰かに会ったら声を掛けてみようかとも思っていたが、彼にとっては大分勇気が要る事だった。
「緊張するよな、自分から声掛けるのって」
望春も深く同意する。
あまり知らない者同士でも、心に纏った鎧の紐を解いて肩を並べて食事を摂り、同じ景色を眺めるのも悪くないなと、何処かしみじみとした感情が生まれる。
「……これも美味いな」
「ああ、パンで挟んだだけだけどな。あの肉屋のカツ、また買うかなぁ」
浩哉が昴のサンドイッチに舌鼓を打っている脇では、礼二郎が煉に料理について聞いている。
「ん? どうした?」
「うん……」
おにぎりが沢山入ったタッパを見下ろす望春の様子にふと気付いた煉が尋ねると、彼はちょっと困ったように言った。
「俺の姉さん達が、面白半分で作ったロシアンルーレットおむすびがあるんだけど……」
「姉ちゃんいるの?」
「うん」
「何人?」
「3人」
「へぇー、いいな! うちは妹なんだけど、これがやたら煩くて」
「俺のところは野郎ばっかりだったな……」
ちょっとだけ兄弟やら家族構成の話で盛り上がり掛けたが、気になるのはおにぎりの中身だ。
「色んな具が入ってるみたいだけど、ハズレは大量にワサビが入ってるって」
ゴクリ。
美人姉妹(想像)が作ったおにぎりとあらば、健全な青少年は興味が湧かない筈はない。
しかし、外れれば地獄に叩き落される。
どうする?
あんまり興味のない者も巻き込まれ、視線が交錯した。
結局、挑まねば男ではない的な空気になって、一人一個ずつおにぎりを手にする。
恐怖のロシアンルーレットが始まった。
まずは煉。
「……あ、梅干だ」
思い切ってかぶりついた後、美味い美味いと頬張る。
その様子に、礼二郎と昴も続いた。
「これはおかかだな」
「明太子だ」
「……俺のは昆布だ」
浩哉も普通にもぐもぐしているのを見て望春は嫌な予感を覚えたが、ここまできて自分だけ食べない訳にはいかない。
「…………!!!!!!」
辛いというだけでは生温い衝撃だった。
望春はああやっぱりという気持ちと共に、姉達に振り回され続ける自分の人生に心密かに涙した。
「大丈夫か?」
「うわ、本当に大量だな……」
みんな自分の飲み物を分けてくれたり、同情の意を示したりしている。
もしハズレに遭った人がいたらお詫びにと用意しておいたクッキーは、皆で分ける事にした。
「お疲れ様ー高野先生、お弁当一緒に食べようよー」
「おっ、なんだ? 待っててくれたのか」
郡 トモエ(こおり ともえ)の可愛らしい笑顔に迎えられて、周囲の見回りから戻って来た高野先生は嬉しそうに笑った。
そこには、彼女と昼食を共にしようという9組を中心にした生徒と、顧問をしているバスケットボール部の生徒達が待っていた。
体育科や運動部の生徒が多いからか、山を登った後でも皆まだまだ元気な様子だ。
早速座り易い場所にシートを敷いて、お弁当を広げる。
トモエのお弁当は小さめの三段重。一段目は稲荷寿司だ。
「みんなでおいしく食べたいなーと思って、今日はうちもおかずをちょっとだけ作ったんだ!」
そう言って、一段目を横に置く。二段目は唐揚げなどのおかずが並んでいた。
「玉子焼きでしょー」
二個並んだ玉子焼きの片方は焦げている。
「タコさんウィンナーでしょー」
足がちょっと変な気が……。
「うさぎさんりんごー!」
パカッ。
「えっと、うさぎ……?」
「頑張ったんじゃないかな……?」
三段目が姿を現すと、覗き込んだ梅影 裕樹(うめかげ ゆうき)と綿会 日華(わたらい にっか)が呟いた。
出来の差でトモエと彼女の母親、どちらが作ったものか一目瞭然だった。
「……うん、いいのこれから修行するんだから」
「そうだぞ、始めから上手く出来る奴なんて、そうそういないからな!」
明るく言ってのけた高野先生はといえば、リュックからバスケットボールのように大きな丸いおにぎりを出しているところだった。
唐揚げや肉系のおかずはゲンコツくらいあるし、サラダはB5サイズくらいのタッパいっぱいに入っている。
「流石やわぁ!」
日華は感心げに目を輝かせたけれど、その量に吃驚した生徒が大半だ。
「先生、それ全部食べるのか?」
重箱を出していた神条 誠一(かみじょう せいいち)は呆気に取られてしまった。
「ああ、これくらいは普通だぞ。このおにぎり、色んな具が入ってて何処から食べるか楽しみなんだよな~♪」
高野先生は、普通のスケールが些か大きいような気がする。
「そういう神条は何持って来たんだよ、見せろよ~。おっ、美味そう」
悪ふざけする同級生みたいなノリで窺う高野先生に、うっかり笑ってしまう。
誠一のお重には色々な料理が並んでいた。
サラダだけでも大根とレタスのしゃきしゃきサラダ、ポテトサラダにバンバンジーサラダと三種類もある。
南瓜の煮つけに焼き鳥、豚のしょうが焼きとチンジャオロース、ミートボールに豚カツと、肉モノもバラエティーに富んでいる。
おにぎりは鮭や梅、おかか、ネギ味噌に焼きおにぎりまで並んでいた。
「お、そのおかずうまそうだな~。俺のおにぎりと交換しないか?」
「お前のはオニギリばっかだなー……何が入ってるんだ?」
裕樹に交換を持ち掛けられた誠一は、そう言いつつも応じる。
「えーと確かこんぶ、しゃけ、おかか、ツナ、納豆、マグロ、サラダ、ゆで卵、あんこ、チョコレート、バナナ……」
「ちょっと待てユウ、なんか一部おかしいオニギリがなくね?」
「……まあ、うっかりその辺にあったものとか、おやつがおにぎりの中に入ってる事もあるよな?」
「ねえよ! つか、ちゃんと区別しとけよ!」
「まあほら、あんこならお萩みたいできっと美味いって!」
わいわいと言い合っている二人を見て、日華は次第にしょんぼりしてきた。
「ん? どうしたニッカ」
「私、料理苦手だから……」
誠一達に問われ、気後れしながらサンマさんパンと寝子島パンを取り出す。
出来の悪いお弁当を持ってくるよりは、買ってきたパンの方が恥ずかしい思いをしなくて済むと考えてだった。
「でも、やっぱり手作りのお弁当羨ましいなーって」
そう言って俯く日華は、なんだか涙目だ。
「みんなで食べた方が美味いし、俺のおにぎりやろうか? 何が入ってるか分からないけどな」
「結構たっぷり作っちまったし、気にしないで食べろよ。ほれあーん」
「ユウ、セイ……」
「私も交換するよー! サンマさんパン、美味しいもんね」
「ありがとう、みんな」
気の良い仲間達に、日華は更に目を潤ませた……までは良かったけれど。
「うっ、この中途半端に溶けて固まった、甘くてビターな味……チョコレート!?」
今度はおにぎりの具で涙目になる羽目になった。
「不味くはないけど、ねばーっとしてるオニギリってなんかヤだな」
誠一は納豆入りを引いていた。
「はっはっは、なんだこりゃ? 変わった味だなー」
さっきまで友情って良いなとか頷いていた高野先生は、笑いながらバナナ入りのおにぎりを頬張っている。
先生のやたらと大きなおかずはとりあえずみんなで分けて食べた。大きさは豪快だけれど、味はなかなか美味しかった。
誠一のおかずは文句なしに美味しかったし、トモエのお弁当も焦げた部分はともかく味は悪くなく、みんなで感想を言ったり笑い合ったりして食べる。
そんな賑やかな輪の中にいるにも関わらず、お団子頭の少女は何か考え事をしながらもきゅもきゅお弁当を食べていた。
「どうしたのー? 小麗ちゃん」
普段は明るくて元気いっぱいな李 小麗(り・しゃおりー)のそんな姿が気になって、トモエは声を掛けた。
「うん……。ん、なんでもないのだ」
優しく尋ねられると小麗は顔を上げるものの、少し考えてはまた視線を落としてしまう。
(うぅ、とれっきんぐって……なんだったのだ?)
実は小麗、『トレッキング』という言葉の意味が分からず「とれっきんぐってなんなのだ?」という疑問を解決出来ないままお弁当タイムを迎えていたのだ。
歩いていれば解けると思っていた謎も、一向に分からずじまい。
今更誰かに聞くのも、笑われそうで恥ずかしい。
(せんせに聞くのも、ちょっと恥ずかしいのだ……)
高野先生なら明るく教えてくれるだろうけれど、彼女の周りには他の生徒もいる事が多くてやっぱり聞き難い。
ふと、大好きなばぁばが作ってくれた中華ちまきと春巻を眺める。
「それ美味しそうだよね、交換してくれるー?」
「う、うん」
めげずに笑い掛けてくるトモエに、小麗もやっとにこっと笑みを浮かべた。
晴れない疑問に対しては、密かにちょっとした決意と期待を胸に秘めて。
「知っていますか? この島に出る熊の危険性を。なんと象ですら片手で軽がると持ち上げ連れ去って、餌食にしてしまいます」
おどろおどろしくまことしやかに熊の噂話を囁くのは、プリティヴィ・プラサード(ぷりてぃう゛ぃ・ぷらさーど)。
彼女は本場仕込みの激辛カレーを振る舞いながら真顔で話しているが、高野先生は「なんか聞いたような聞いてないような話だな」とこめかみに指を当てている。
焼きたてなら美味しかったろうナンは冷めるとちょっと硬い。
少し温かったけれど、あまり暑くない時分で無事だったチャイを口にしつつ、彼女は続ける。
「そしてその熊は学校でも出ました。恐らく、既に何人も生徒は餌食になっています。入学するなり顔を見せなくなった人達は犠牲者です……」
純粋な生徒は「そんな事が……」と表情を曇らせたが、高野先生はニヤニヤしている。
「まあ、程々にしておけよ。あんまりそんな噂してると、本当に熊に攫われて相撲取りみたいにプクプクにされちゃうかも知れないぞ?」
この先生、分かっててからかってる。
プリティヴィの言う『熊』が誰の事か気付いた生徒は苦笑しながらがおーと脅かす高野先生を眺めていた。
「……グラーブジャームンとか、如何ですか?」
「おっ、ドーナツみたいなモンかい?」
丸々とした自分を想像したのか額に汗したプリティヴィは、先生にシロップ漬けの揚げ菓子を勧めた。
「うっひゃあ、甘い! カカカカ、お前らも食べてみろよ!」
激甘なお菓子をかじった高野先生が、また笑っている。
生徒達は勧められるままに甘すぎる揚げ菓子を食べて硬直したり転げ回ったり、楽しい時間を過ごした。
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