綺麗な桜の花と穏やかな日差しの下。
お腹がいっぱいなのと、何処かから聞こえるゆったりとしたピアノの曲も相俟って、眠気を誘う。
「……なぁ、あんたの実家周辺には桜が綺麗なところはあるか?」
「うぉっ!?」
しばらく静かな様子だった昴がいきなり声を掛けてきて、一緒にいた男子4人は驚いた。
「なんだよ」
「ずっと黙ってるから寝てるのかと思ったんだよ……」
眠たげな目で睨む昴に、びっくりさせんなよと浩哉はふーっと息を吐いた。
「桜が綺麗なところ、か。うちは旧市街にあるから、桜川の辺りが名所で結構有名だよ」
「寝子島神社の桜も、結構良いぜ」
「俺の田舎だと……」
寝子島が地元の望春や浩哉がそう言うと、島の外から来た礼二郎も故郷の話をした。
のんびりと桜の名所などの話をしていた彼らの許に、近くのグループの喧騒が聞こえてくる。
「ケンカかな……?」
みんなと様子を窺いながら、望春は呟いた。
向こうの生徒達は新たにやって来た生徒と言い合っていたようだ。集団の中にいたツインテールの女子生徒が俯いている。
そのうち弁当箱らしきを持って立っていた男子が、トボトボと去って行った。
「お? 2年の奴らもいるな……ちょっと声掛けてみるか。おーい!」
「お、おい……」
煉は物怖じもせず手を振ってしまったけれど、見るからに女子の割合の高いグループだ。
女の子に免疫のない昴と礼二郎に緊張が走った。
結構大所帯なのを見ただけで望春はドキドキしているし、浩哉もなんとなくテンションが下がっている。
けれどその中に、
「あ、鮫ノ口君」
「藤堂……」
山道で話をしながら登ってきた月乃がほんのり微笑むのを見て、礼二郎は少しだけほっとする。
冰が作ったアイスは、その後も他のグループの生徒達がやってきたお陰で、あっという間になくなった。
お弁当を食べ終わった生徒達は、おやつなどを食べながらのんびり桜を楽しんでいる。
「蓮君、このバナナは食べないの?」
「これはおやつではありません、非常食です」
と言いながらバナナをリュックにしまう蓮の姿に、あおいは「そ、そうなんだ」と呟く。
「……うーん、桜が咲く季節がずっと続いたらいいのになあ」
大分大所帯になったグループの端っこで、リナは風景をスケッチしていた。
「出来ましたか?」
ゆづきが声を掛けるとリナは慌てて隠したけれど、色鉛筆で描かれた桜の絵は全部は隠し切れていない。
「綺麗ですね」
にこにこしているゆづきに、リナも「……からかわないなら、見ても構わないですよっ」とようやくスケッチブックから退いて、続きを書き始めた。
「ここで一句……『いにしえの 奈良の都の八重桜 けふ寝子島ににほひぬるかな』」
「風流ですわねぇ」
詠んだ句の感想を華蓮が言い、詠み人の五郎八は「まあ百人一首からのパクリなんだけどね」と笑って見せた。
「桜を詠んでいる歌は他にもあるし、ここの桜は八重桜じゃないけど……『八重』って付いてるこの歌が、一番好きなんだよ」
「八重崎さんの『八重』ですものね」
「うん。それにしても綺麗な桜だよね。無理してでも来た甲斐はあったよ」
のんびりと桜を見上げていると、チャラそうな外見の男子が立ち上がった。
「折角これだけの人数集まったんだし、交流も兼ねて合コンを開催しちゃうよ~ん☆」
お弁当タイムも良いけど余興もね! とばかりに呼び掛ける。
「ふふふ、入学したてなんだからこうやって交流する機会を作るのもいいっしょ? さぁさぁ、元気の良いキミも大人しいアナタも寄ってらっしゃい見てらっしゃい♪」
合コンという響きに、女の子に興味があったり彼女が欲しいと思っている男子が特に反応する。
音頭を取った八城 昌也(はちじょう まさや)は、蓮がみんなから回収しているゴミの中から、使い捨ての割り箸を集めて端っこに数字を書き、即席のクジを作った。
「合コンといえばやっぱりコレ! 王様ゲーム! いえーい!」
乗り気な人もそうじゃない人もいるけれど、昌也は思いっきり盛り上げていく。
なんだか知らないうちに、あおいも巻き込まれていた。
「王様だーれだ!」
昌也の合図で、一気にクジが引かれる。
「ふふ~ん、まずは俺でした~! じゃあ、3番が5番にお弁当をあ~んして食べさせる~! いえーい♪」
「げっ、男じゃん」
「……悪かったな」
5番を引いた燎原があからさまに残念そうに言うと、3番のクジを持つ昴も微妙な顔をする。
大柄な男子が小さい男子に食べ物を食べさせるという絵が面白かったのか、周りはやいやいと囃している。
女子も楽しそうにしているのを見て、「まあ、後の話題作りにはなるかな」くらいには思うのだった。
「じゃあ、次~! 王様だーれだ! お? あおいちゃんだ~♪」
次に王様を引き当てたのはあおいだ。
「うーん、どうしよ……あ、桐島先生!」
迷っていると、視界に桐島先生が立っているのが見えて、あおいは笑みを浮かべた。
「あ……せ、先生……」
昌也は腕組みしてこちらを見ている先生にたじろぐ。
「あはは……決してこれはふざけているわけじゃなくてでして……。皆の交流を手助けする事が出来ればという俺のささやかなサプライズ……あ、はいすみませんでした! じゃあ、皆! 合コンはこれで終わりに~」
「あれ、私の番は~?」
あおいを置いてけぼりにして、合コンはそそくさとお開きムードになってしまった。
(まだ何も言ってないのに……)
桐島先生は腕組みしたまま、眉間の皺を深くした。
「とりあえず戻ろっか」
「うん」
声を掛けた燎原は頷くあおいを見ながら、さっきの事を思い出していた。
修が何を思ってあんな行動に出たのかは燎原も分からなかったけれど、彼が現れなければ嘘のつけない燎原があおいの料理を不味いと言ってしまっていたかも知れなかったから。
「よっしゃ、ほな今度はうちの余興いくで」
次に意気揚々と出てきたのはラジカセとMyマイクまで持ち込んだ、眼鏡を掛けたそばかすの少女だった。
「花見といえば! そう、カラオケ大会やー! 司会進行はうち、千里丘 みりか(せんりおか みりか)! そして演奏はこのカラオケマシーン君1号!」
ちゃららら~とラジカセから前奏が流れ出す。
「このMyマイクでうちの美声をばっちり聴かせたるさかい、どちらさんも楽しんでやー!」
『ナニワ人情おもろ節』
作詞:千里丘みりか 作曲:千里丘みりか
無理が通れば道理がへこむ
辛い浮世の 世知辛さ
愚痴のひとつも こぼれる時は
ご覧 ご覧よ あの猫たちを
にゃーと鳴きゃ ホイ
のんびりと ホイ
心晴れ晴れ 心晴れ晴れ 日本晴れ
(……演歌?)
風に乗って微かに聞こえてくるコブシの利いた歌声に、修は箸を止めた。
料亭の仕出し弁当は、やっぱり気分的な面で味気なくて、あまり食は進んでいない。
思い浮かぶのは、あおいの作った出来の悪いお弁当と、彼女の俯いた顔ばかり。
修は、彼女が自分のお弁当が大失敗の不味いものだと知って傷付いて欲しくなかったから、交換を迫ったのだった。
ただ、その物言いが大分ストレートすぎてしまったのもあって、結局あおいに悪い事をしてしまった。
あおいの様子やお弁当を見た時はついイラッとして行動に出てしまったが、落ち着いて相手と自分を置き換えてみれば、彼女がどんな思いをしたか分かるだろう。
修は何度目か知れない溜息をついた。
箸は進まない。
と、そこへ花弁と草を踏んでこちらに近付いてくる、微かな足音が届いた。
「修君、ここにいたんだね」
あおいだった。
「あのね、みりかちゃんがカラオケ出来るようにラジカセとか持って来てくれたんだ。一緒にどう、かな」
修に向ける笑みはまだちょっとぎこちなかったけれど、彼女なりに考えたらしい誘い文句を告げて小首を傾げる。
「あおいちゃん、八神君は見付かった?」
そこへ颯太もやって来た。
「うん」
「良かった、じゃあみんなで戻ろ……わっ!?」
草や敷き詰められた花弁は、結構滑り易かった。
ズルッと前のめりに倒れた颯太は、必死に何かを掴もうと両手を伸ばして……あおいのズボンの裾に手を掛けていた。
「えっ、ちょ……きゃー!!」
どごーん。
パニックになり掛けたあおいは、思わず颯太をブン投げた。
「よ、良かった、上着でパンツは見えてない、って……きゃー!? 颯太君!!」
ぶつかった桜の木の下で、花弁をいっぱい被ってプルプルしている彼に、あおいはズボンを直しながらよたよた寄っていく。
これには修も手を貸さない訳にもいかず……結局、色々な事がうやむやになった。
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