「私の家は旧市街にあるんですけれど、あおいさんは?」
「私は本州から来たんだよ。いいね、この島生まれっていうのも」
ゆづきが尋ねると、あおいは関東の地方都市の出身だという事を話した。
みんなと楽しく話をするのは楽しかったけれど、彼女としてはののこがこの場に来られなかった事はちょっと残念だった。不思議な力を使えるようになってからこちら、特に気になっていただけに。
寝坊したののこも、流石に今頃は目を覚ましているだろうか?
慌てて色んなものをひっくり返したりはしていないだろうか?
くすっと笑ってから、ゆづきは気を取り直して他の人にも聞いてみる。
「石瑛さんは?」
「リ、リナは悪い子なので団らんなんて築かないんです! お花見出来たらそれだけで良いんですっ!」
隅っこにいたリナは、上目遣いになって更にシートの端ギリギリまで逃げてしまった。
「あらら……」
「でも、リナちゃんサンドイッチだけで大丈夫? 山を降りるのも体力要るよ」
流石にあおいも気に掛かったようだけれど、リナはふるふると首を振るだけ。
その間にも、おかず交換や食べ物談義は続いていた。
「カレーって冷めると思ったより匂いしなくなるんだねー」
にれのお弁当はカレーとご飯だった。それぞれ別のタッパに詰めてある。
「でも、蓋開けると結構……」
「強烈? 食欲そそる良い匂いじゃないか♪ 栖来さんもおかず交換する? カレーで良かったらだけど」
「私のは量も少ないし、大体冷凍食品だから……」
「そんなの気にしなーい。可愛い感じだし。みんなからも貰えるし、ね」
本格的なミリタリールックの割にちょこんとしたお弁当を食べていた衣夢は、にれのペースに巻き込まれてお弁当箱の空いたところにカレーを分けて貰った。
それを切欠に、衣夢のお弁当の蓋に幾つも色んなおかずが乗せられる。
「……下山の時に響きそう」
好意で分けて貰うのは悪い気分ではないけれど、つい食べ過ぎてしまいそうだ。
美味しそうなお弁当に楽しげな会話。
リナも思わず耳をそばだて、身を乗り出していた。
「やっぱり」
ゆづきは小さく笑うと「残しちゃうと勿体無いから、石瑛さんも食べてくれませんか?」と誘った。
少しだけ、ほんの少しだけれど、ゆづきはリナに自分の境遇と重なる何かを感じたのかも知れない。
「えっ……」
リナは戸惑った顔をしたが、夏朝や涼子達も「そういう事なら」と目で示し合わせて、お勧めのおかずをリナが空けたサンドイッチの袋に乗せていった。
「お菓子も色々あるんですよ。うち、駄菓子屋さんだから」
「……し、仕方ないですね。どうしてもっていうなら、食べてあげなくもないですっ」
笑顔を見せるゆづきに、リナは折れた。
割り箸を余分に持って来た人から貰って、もそもそと貰ったおかずを食べる彼女の姿は小動物のようで微笑ましい。
「うちのおいなりさんはなー、うちの家の油揚げ使ったやでー、おいしいで食べてみてやー♪」
かなえのイチオシは、甘辛い煮汁でふっくら炊き上げた稲荷寿司。
「かなえちゃんち、お豆腐屋さんなんだよね」
五月の蕎麦屋と同じ参道商店街に店を構える、西野町とうふ店。元々経営していた祖父が病に倒れた時、関西から家族揃って寝子島に越してきたのだという。
かなえ自身も店番を手伝っていて、
「機械使うん苦手やさかい、まだやっと打ってるもんやけどなー」
と人差し指でパネルを打つ仕草をして苦笑する。
「でも、お家のお手伝いしてるなんて偉いよ」
沢山の兄弟の面倒を見ていたあおいには家の手伝いの苦労が分かるのか、周りの子と「ねー」と言い合っている。
「夏朝ちゃんのはお弁当箱も可愛いね。猫が好きなの?」
あおいに尋ねられて、夏朝はほんのり口許を緩めてこくんと頷いた。
「……大好き」
「あおいちゃんはー?」
とあおいのお弁当を覗いたかなえは、うっとその姿勢のまま固まった。
詰められていたおかずは定番のものだけれど。
妙に色が薄くてべちょっとした唐揚げ。
黒々とした玉子焼き的なものに、名状し難い形状のウィンナー。
ぎっちり詰め込まれて、浅漬けじゃないかという感じのサラダっぽい野菜。
――ああ、あおいちゃん今日も絶好調だなぁ。
彼女のお弁当を見た生徒は、大体がそう思ったかも知れない。
「わぁ……」
おかずを交換しようと思っていた綾花も、流石に二の句が継げない。
あおいも綾花も、お弁当の内容は同じようなものだ。綾花のおにぎりは、梅と鮭フレーク入りの二種類。
だというのに、見た目からしてとても美味しそうな綾花のものと比べると……むしろ食べ物として比べたくない雰囲気だったりする。
「では、遠慮なく頂きましょう」
しかし、朔夜はあえて名乗りを上げた。
暗雲立ち込める世界に現れた勇者を眺めるように注目を受けつつ、朔夜は唐揚げを取った。
(タレが絡めてある……という訳ではないようですね)
観察した後、思い切って口にする。
味付けは薄く、鶏そのものの味が強い。そして妙に生っぽい。
「………………」
微妙な沈黙が流れる。
固唾を呑んで見守る仲間達、何も疑問に思わずにこにこしているあおい。
(成り行きで参加したとはいえ、私はこれでも『美食クラブ』の一員……!)
自分を奮い立たせ、朔夜はなんとか食べ切った。
ほっとした空気の中、「俺も貰っていいかな?」と燎原も申し出た。
空腹は最高の調味料、ましてこんなに景色の良い場所なら! とばかりに唐揚げを口に放り込むが。
(……うーん、美味しいって言ってあげたいけど……)
もぐもぐしながら笑顔は作ったものの、口を開いたら食べ掛けの肉が飛び出してきそうだった。
「うちも貰うでー。いただきまーす♪」
かなえもそれに続いた。自分のミニハンバーグと何の形かよく分からないウィンナーを交換して、パクリ。
(うーん、微妙や……)
元は市販のウィンナーだし、思い切り不味いという訳じゃない。というか、切って焼いただけだよね?
それでもかなえの口は、途中で咀嚼が止まってしまう。
「……あははー」
なんとか飲み込んで、笑って誤魔化したかなえは「煮物もうち手伝ったんよー食べてみてー!」と自分のおかずを出す事で流れを変えようとする。
「うん、美味しいよ。でも、玉子焼きはもう少し早く火から上げると良いかな? また今度、あおいちゃんの料理が食べたいな」
「う、うん……」
颯太の対応は優しい。にっこりそう言われると、あおいもちょっと頬を染めて照れた。
(そんなに不味いんですか……)
あおいのお弁当を食べたみんなの反応に、菜食主義なので自ら作ってきたお弁当のみ口にしていた森 蓮(もり れん)も流石に気になってきた。
「よかったら私とも交換してくれませんか?」
今まで静かに食を進めていた蓮の申し出に、大丈夫だろうかという視線が集中する。
(大丈夫です、胃腸には自信がありますし)
そんな面々に、目で語る蓮。
「ん、いいよ。どれにする?」
周囲の若干の緊張に気付く様子もなく、あおいはお弁当箱を蓮に差し向けた。
見るに、肉や卵、牛乳などを使っていないのはサラダのようなものだけだ。
「ではこれを……」
蓮はしんなりしたボロ切れのような野菜を分けて貰うと、おもむろに口に入れた。
彼の目が見開かれる。
「意外に……美味しいですね」
そりゃ、味付けは市販のドレッシングだから!
周りの生徒は突っ込みたいのを堪えた。
「よお、七夜」
そこへ声を掛けてきたのはあおいのクラスメイト、八神 修(やがみ おさむ)だった。
「あ、修君。どうしたの?」
あおいはにこっと笑い掛けたが、修の視線は彼女のお弁当に向けられている。
「手作りか? なんか不味そうだな」
ストレートな物言いに、流石に周囲も戸惑った顔を見合わせる。
「な、何? いきなり来てそんな事……」
「そんなもん人に食わす気か? 俺が食ってやるから寄越せ、代わりに俺のをやるから」
修の考えが読めず、困惑したあおいに、彼は更に言葉を重ねると自分のお弁当を見せた。
何処かの料亭が出しているもののようで、綺麗に並べられた彩りのあるお惣菜が目を引く。
「ちょっと失礼じゃないかな? あおいちゃんが頑張って作ってきたお弁当なのに……」
見ていられなくて颯太が口を挟むと、燎原もそうだそうだと言わんばかりに身を乗り出した。
「正直に言えよ、あんたも七夜の弁当食いたいんだろ?」
「ち、違う! 俺はただ七夜の弁当が!」
「何が違うんだよ」
微妙に思惑がズレているような気もするけれど、あおい(のお弁当)を巡って問答を繰り返す男子達に、流石に女子もどよめく。
「ああもう面倒臭ぇ! 俺が食べたいで良いから交換してくれ! ほら……」
「……よ」
「え?」
やけっぱちになって言い放った修に、あおいは小さく呟いた。
「もういいよ、自分のお弁当は自分で食べるから……」
俯いたあおいの表情は見えない。
「あ……」
こんな筈じゃなかった。
修の顔には、そんな表情がありありと浮かんでいる。
それ以上交換を迫る事も出来ず、彼は自分のお弁当を持ってひとり去って行った……。
「種も仕掛けもないよ?」
冰は掌をひらひらさせてから、普通の牛乳が入っているだけの牛乳パックに卵黄と砂糖、バニラエッセンスを加えてシャカシャカ振り始めた。
と同時に、密かに念じ始める。
(人前だからかな……ちょっと冷たくなるのが遅いや)
実は彼女のろっこんの力で冷やしながら振っているのだ。
シャカシャカシャカシャカ。
(そろそろ良いかな?)
段々パックの中身がもったりとして、固い感じになってきたので振るのをやめて、口を開く。
「じゃじゃーん!」
「おおっアイス?」
「そう、アイスの出来上がり。どうやって作ったかは企業秘密だよ」
まさかの冷たいデザート登場に盛り上がるみんなに、冰はアイスを分けていく。
「あおいちゃん、アイスだよ」
「……うん、ありがと」
綾花がアイスを手渡すと、項垂れていたあおいもやっと笑みを浮かべた。
「冷たくて甘くって、美味しいね」
「うん、美味しいね」
嬉しそうにアイスを食べている二人を見て、周りの生徒達もほっとする。
「……でも、修君どうしてあんな事言ったのかなぁ」
「さぁ……」
あおいの呟きに、綾花は困ったように首を傾げた。
確かに彼女のお弁当が不味そうなのは事実なのだけれど、どうして修がそんな事を言ったのかは、仲間達にも見当がつかない。
「後で聞いてみようかな?」
一緒にお花見したいし、とあおいは桜の花を見上げながら思うのだった。
楽しいお花見はまだまだ続く!
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