●満開の桜の下で ~あなたと一緒に~●
入学を期に入った寮で出会った、年上の大切な人。
今回のトレッキングは、そんな彼女とのデートでもあった。
とりあえず周囲に他の生徒が見えない辺りまで桜の森を歩くと、須藤 清一郎(すどう せいいちろう)は「ゲートオープン」と唱えて何処からともなく二人分の荷物を出した。
『自分だけの倉庫』と名付けられたろっこんの力で、別の空間にしまっておいたのだ。
「ありがとうございます__かしこ」
ゼナイド・オルメス(ぜないど・おるめす)は普段通りの無表情ながら、柔和な態度で礼を言った。
「いやあ、これくらい朝飯前やさかい」
軽く笑った清一郎はそれより、とゼナイドの荷物に目を遣った。
彼女が作ってきてくれたお弁当が楽しみなのだ。
「今、お出ししますね__かしこ」
不思議な語尾も、慣れれば可愛いものだ。
ゼナイドは重箱の包みを解いて、向かい合わせに座った二人の間に広げた。
「こりゃ、美味そうやな」
焼き魚や春の野菜を使ったおかずなど、和食をメインにしたおかずが沢山詰められている。
お花見らしいお弁当の中身を見て清一郎は嬉しそうに箸を手に取った。
「多めに作ってきたので、沢山召し上がって下さいね__かしこ」
「もちろん、もちろん」
心の篭ったお弁当を食べて、その後はゼナイドが持って来た双眼鏡で桜咲く景色やその中にいる野鳥を観察する。
「ほらあれ、あそこにおんの、ウグイスちゃう?」
「ええ。……鳴きませんね__かしこ」
「近くにわいらがおるから、気にしてんのやろか」
桜の枝に停まっているウグイスがキョロキョロしている様を眺めたり、他にも姿を現した何種類かの小鳥とゼナイドお手製の簡易版野鳥図鑑を二人で肩を並べて見比べたり。
「寒ぅないか?」
少し陽がかげったのに気付いて、清一郎はパーカーを脱いでゼナイドの膝に掛けた。
「ありがとうございます__かしこ」
相変わらず鉄面皮のゼナイドだけれど、彼を見詰める眼差しは優しい。
太陽を遮った雲はすぐに流れて、また温かな日差しが降ってくる。
春の匂いと、目の前の人との間に流れる空気を意識してしまうと、なんだかくすぐったい。
「な、なぁ……」
清一郎は照れたようにちょっとだけためらって、それから聞いてみた。
「膝枕、またしてくれへん?」
桜の木の下で、ゼナイドに膝枕して貰って。
いつもと変わらないような、とりとめもない話をした。
でも、今日ばかりは満開の桜がそんな二人を優しく見守っている。
「制服と和服しか見た事なかったけど、その服も似合うね。素敵だよ」
「そ、そうですか……? ありがとうございます」
黒のロングスカートに白いブラウス姿を褒められて、紗乃恭 玲珂(さのきょう れいか)はほんのり頬を染めた。
彼女に寄り添うように山道を歩いて来た神山 千紘(かみやま ちひろ)の方はといえば、痩身を白いシャツにジャケットとジーンズという小奇麗で動き易い服装に身を包んでいる。
その胸元には、三日月の形をした蒼いブローチが光っている。
こう見えても山は馴染み深いんだ、という彼の言葉に甘えて荷物を持って貰ってしまったけれど、玲珂はその反面自分の秘密が彼にバレてしまっていないか心配していた。
杖で歩く少し先の地面の状態が探れても、思わぬ段差や凹凸には何度かよろめいてしまった事があったから。
千紘はその度さり気なく支えてくれて、玲珂も非常に照れてしまって上手く誤魔化せていたか分からない。
「もう少し、二人っきりになれそうなところに行こうか」
あちこちで休憩したりお弁当を広げる生徒達の姿を見ながら、千紘が促す。
「は、はい……」
玲珂はぎこちなく返事をして、彼に付いて行く。
数日前に誘われてから、これってデートなの? という思いが頭の中を何度も過ぎって、その度にドギマギしてしまったものだから。
(ああ……思い出すと、また顔が熱く……)
赤面している彼女を見て、千紘は密やかに笑みを浮かべる。
もしかしたら玲珂の目が見えていないのではと薄々感じつつも、彼はあえて口にはしない。
そんな千紘にも、玲珂には伝えていない秘密があった。
心の内にある複雑な感情の中では、玲珂に対する様々な思いが入り混じっている。
生徒達の賑やかな輪を離れて、静かな場所に落ち着くと、二人で玲珂が作って来たお弁当を楽しんだ。
デートかも知れない誘いをOKしてしまったからには、と気合を入れた二人分のお弁当は醤油が香る出汁巻き玉子とごま油を利かせたシーザーサラダ、黒豆の煮物が入っている。
メインは鶏肉を煮込んだカチャトーラだ。
ポットに入れて来た飲み物は勿論、彼女の生家であるお茶屋さんで取り扱っている日本茶だ。
「玲珂ちゃんって、お茶淹れるのも上手だけど料理も上手なんだね」
喜んで手料理を食べる千紘の気配に、玲珂は照れっ放しだ。
普段は背丈も相まって大人びて見える彼女も、こうして赤くなっている姿は純情な少女そのものだった。
デザートにと用意したのは、これもお店でお茶菓子として仕入れている大福。
「良い景色だね」
「はい」
向かいで桜を見上げているだろう千紘の声に、頷く玲珂。
目には見えなくても、お茶と甘味と春の香りを吸い込めば、お花見の気分は味わえる。
千紘はまた、クスリと笑った。
「桜も綺麗だけど、玲珂ちゃんの前では霞んで見えるなあ」
「えっ……」
思わぬ褒め言葉に、玲珂はまたも赤面してしまう。
お互い秘密を抱えている同士。
けれど、傍から見ればきっと普通の仲の良いカップルに見えるだろう。
彼らがこれから、どんな関係になっていくのか……今は、まだ分からない。
折角だからクラスの人でも誘って……とは思ったものの、やっぱり知った顔と過ごす方が楽だ。
伊月はそんな風に思いながら、螢と一緒にお弁当を広げていた。
おにぎりとウィンナーや玉子焼きなどの簡単なものだけれど、調理実習で作った事はあるものばかりだから、人に食べさせても恥ずかしくないくらいの出来にはなっている筈だ。
螢のお弁当は、食べ易いようにとサンドイッチだ。
こちらもオーソドックスに、それぞれハムとタマゴ、ツナが挟んである。
「温かいお茶が丁度良いね」
山は冷えるかもと螢が用意していた魔法瓶入りの紅茶を受け取って、伊月は微笑んだ。
彼女の指先に触れた手を、螢はなんとなく眺めてしまった。
照れ臭くて断ってしまったけれど、あの時手を繋いでいたら……どんな感じだったろう?
「どうしたの?」
「……なんでもない」
顔を覗き込んできた伊月に心の中まで見抜かれそうな気がして、螢は密かに慌てながら浮かんだ思考を掻き消した。
お腹を満たしてのんびり桜を眺めていると、話題は噂の樹齢300年の桜の事に移っていく。
でも、二人とも今回は探しに行くつもりはないようだ。
「迷ったりしたら洒落にならないからね」
そう言う螢に、山歩き回るのって体力使うし、と返した伊月は苦笑する。
「……実は、何度か探しに来た事あるんだけどね」
「そうなんだ? 何回探しても見付からないんじゃ、本当に幻なのかなぁ……」
彼らを囲む桜達は、ただ静かに花弁を緩やかな風に揺らしていた。
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