「やれやれ、やっと到着か」
スポーツドリンクの入った大きめの水筒やお弁当の入った荷物を降ろし、少年と見紛う外見と雰囲気の宮玄 時雨(くげん しぐれ)はようやく人心地ついた。
今回のトレッキングに参加したのは、進んで興味を持った訳でもなく。行事には参加しないとという優等生的な思いと、古くから家同士で縁のある幼馴染達に引っ張って来られたからだったのだ。
そんな彼女の幼馴染達……封亀 エルザ(ときさか えるざ)はいつものすまし顔でいて、結構楽しそうに山を登り切った。
「こういう風流な名前の山をトレッキングするのも、悪くないね」
その後方を、小柄でふわふわした雰囲気の煌龍 陽菜(こうりゅう ひな)は、朱凰 桜(すおう さくら)と国虎 綵白(くにとら あやしろ)の手を繋いでゆっくり歩いて来る。
桜の反対の手は、ほっそりしていて少し息を切らした風の臥龍桜 青子(がりゅうろう あおこ)の手を引いていた。
そして、緩い巻き髪の大人っぽい少女、鳳至 流寧(ふげし るね)が彼女達の荷物を手に、見守るように付いて来た。
「青子ちゃん、桜、綺麗だね……っ!」
「は、はいっ……」
陽菜が笑い掛けると、青子は額に汗を浮かばせた顔で笑い返す。
「この辺で良いかな……?」
群生地の入り口付近で陽菜がブルーシートを出すと、傍らの少女の様子を見ながら桜も頷いた。
「そうだね、青子ちゃんも疲れちゃったでしょ」
桜の木々はもっとずっと奥の方にも広がっているけれど、青子の体力的にはここで腰を落ち着けた方が良いし、陽菜自身も大分歩き疲れていそうだったから。
「早く座って休みたいわよね。シートの端っこ、こっちに貸してくれる?」
流寧もシートを敷くのを手伝う。
道中、彼女が「自分が疲れたから休憩」と体力のない子達を気遣ってちょくちょく休ませたり、桜が励まし続けていたお陰で、陽菜も青子も脱落せずに桜の花を楽しめる場所まで辿り着く事が出来たのだった。
荷物を降ろしてシートに座り、水筒の飲み物を口にしてふーっと息を吐く。
浅葱色の空を見上げると、ほろりと零れた薄紅色の花弁が目の前を舞っていった。
「桜ちゃんは凄いね、重い荷物持って登って来られるんだもん」
桜が背負ってきた大きなリュックを見て、陽菜は感心するばかり。
「山道では転ばなくて良かったわね、サクラ」
「あたしそんなにドジじゃないよ!」
からかいを含んだエルザの言葉に、桜は頬を膨らませた。
容姿こそ陽菜や青子と並べば可愛らしい三人娘だけれど、体育科の桜はなかなかの健脚なのだ。
代わりに、勉強はちょっと苦手だけれど。
微笑ましい様子を眺めながら、綵白は早速お茶セットを広げる。
緑茶に紅茶、中国茶など茶葉の種類は豊富だ。
「さて、お茶会としようか。ゆっくりと召し上がれ?」
山の中とあってか、木陰は結構涼しめだから、湯気の立つ温かいお茶は心も身体もほっこりさせてくれる。
一番疲れていた青子も少し回復したようだ。
「ん~、みんなそろそろお腹が空いてくる頃よね? お弁当ちょーだい」
「じゃじゃーん! 桜特製、お花見弁当だよー♪」
流寧がねだるように言うと、大きなリュックから豪華な三段重がお目見えした。
卵焼きにから揚げ、ポテトサラダ。桜でんぶや、錦糸玉子が鮮やかなちらし寿司など彩と栄養のバランスが考えられた桜のお手製だ。
「わぁ、美味しそ~」
「みんなの分もと思って、たくさん作ってきたんだー。いっぱい食べてね♪」
嬉しそうに目を細める流寧にもみんなにも、桜は割り箸を配って紙のお皿を並べる。
お花見なので持ち寄りはお菓子が多く、重い荷物を避けた子もいたので、お弁当を用意していたのは桜とエルザの二人だけだった。
「あ、お弁当なら任せて。腕によりをかけて作ってきたから」
「ってエルザ、それは……!」
桜はあわあわとエルザがお弁当を出すのを阻止しようとしたものの、エルザがみんなの前に出してしまう方が早かった。
「私は遠慮しておくわ……」
その出来を見た流寧は、ぽそっと呟くのだった。
元気が戻ってきた青子がみんなの紙皿にせっせとお弁当を取り分けていく。
でも、やっぱり減っていくのは桜のお弁当ばかりで、エルザは腑に落ちない表情だ。
「結構おいしく出来たと思うんだけど……」
そんな彼女に、周囲は苦笑するしかない。
桜の花を楽しみながらお弁当を食べ終わったら、今度は持ち寄ったお菓子の封を開ける。
「よかったら、私のクッキーも……食べて下さいね」
「青子ちゃんの手作り? 私も自分で作ってきたのっ」
沢山は持てないけれどこれだけは、と思って青子が持って来たクッキーを出すと、陽菜もリュックからお菓子の袋を取り出した。
「ねー時雨ちゃん、せっかく作ってきたんだもん、食べて……?」
陽菜はぐいぐいと時雨に自作のお菓子を押し付けた。彼女には食べて貰いたいと、ちゃんと味見もしたから味は保証出来ると言いながら。
時雨が仕方なさそうにそれを受け取ると、陽菜はにこっと笑う。
「綺麗だねー……♪ 山登りはちょっと大変だけど、たまにはこういうのもいいよね」
お茶とお菓子と、みんなを囲む桜の花々。
桜はほんわりと微笑みながら呟いた。
「こういうの見ると、創作意欲が沸くのよね~」
後で愛用の筆で絵を描いてみようか、なんて考えながら、流寧ものんびりお茶の入ったコップを傾けている。
「桜の花言葉は『優れた美人』『純潔』……綺麗な姿を称える言葉ばかりですね」
みんなに愛される桜の花の事を思い、周りを囲む幼馴染達の事を思い……青子は幸せそうに、小さく笑う。
束縛や面倒事を好まない綵白も、彼女達には甘い。
「なんだかんだいいつつ、ボクも皆が大好きなんだよね」
のんびりした雰囲気の中、小さく呟いてクスリと笑う。
「何か言った?」
「……なんでもないよ。それより知ってる? 桜の木の下には死体が埋まってるらしいよ」
桜に聞かれて首を振ると、綵白は桜にはよくある話をしてみた。
死体を養分にしているから、こんなにも綺麗に咲くんだよ、と。
「え……? な、何か、いるの?」
陽菜も青子も怯えた様子で聞いているけれど、流寧はちょっと呆れ顔。
「掘り起こしたりはしないよ。面倒臭いでしょ?」
「そんな事言ったら、この子達信じちゃうわよ」
「えっ? ……もう、白ちゃんったら」
冗談だと分かって、陽菜は口をへの字にした。青子はほっとした表情を浮かべている。
「綵白、あんまり二人を苛めちゃダメよ」
「苛めたつもりはないよ」
めっ、という仕草をする桜に軽く笑って、綵白は彼女の髪に舞い降りた花弁を摘み、掌で遊ばせる。
「春風の悪戯かな? たまにはこんなのも、いいかも知れないね」
「ら、来年もこうしてみんなで……お花見、したいですね」
思いを馳せるように桜の枝を見上げた青子の呟きに、頷き合う。
(これが仲間がいるって事なのね)
普段はしない気遣いに疲れたりしたけれど、エルザも感慨深く思い、これからもよろしくねと幼馴染達に笑い掛けた。
集合時間までは、まだまだ余裕がある。
桜の木の合間を散策したり、流寧が空中に描いた絵を眺めたり……みんなと、のんびり過ごそう。
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