●満開の桜の下で ~花のように皆集って~●
さてさて、時間はちょっと遡って。
他のグループが楽しんでいた、それぞれのお花見を覗いてみよう。
「意外に疲れた……。次は飯か?」
サッカー部の仲間達と山道を歩き切った耀は、リュックを適当な場所に置いて汗を拭った。
キミは休憩もそこそこに、俊也が持って来ていたサッカーボールに登山靴に包まれた足を乗せた。
周囲は真っ平という程じゃないけれど、そこそこ見通し良く開けている。
「結構広イから、ここで遊んでも大丈夫だよネ!」
「おー、キミ張り切ってんなぁ。そういう事なら、俺もやるしかねーな!」
「み、みんな元気だね……」
俄然やる気になった耀を見て、ヘトヘトだった俊也も立ち上がる。
頑張って彼らに付いてはきたけれど、彼にとってはなかなかハードなペースだったようだ。
ボールを追い掛け回す3人を眺めながら、マネージャーの毬藻仔はスポーツドリンクや救急セットを確認したり、お昼の準備をしていた。
始めはリフティングやパスの練習など、みんなでボールを回していたけれど、次第に耀とキミがボールの主導権を競り合い、少し遅れて俊也が追っていく形になる。
生えている木を中心にくるりと回って靴先を同時に当てた時、ボールは思わぬ方向に飛んで行った。
ぽん、ぽんと突き出た山肌に跳ねて、丁度やって来た少年の足許に転がっていく。
彼はひとりではなかった。
白いパーカーにロングスカートを穿いたほっそりした少女が背後に寄り添い、隠れるようにして佇んでいる。
少年の方が大分背は高いけれど、兄妹だろうか幼さを残す顔立ちは何処か似ている。
「もい! ボール、こっちに飛ばしてくれルー?」
「も、もい……?」
「あはは、『もい』っていうのハ、フィンランドの挨拶ダヨー」
聞き慣れない響きの言葉に少女は思わず呟いて、キミは笑って説明した。
兄らしき少年の方は、応じてボールを蹴り返してくれた。
「へぇ……コントロールいいじゃん」
ちゃんとキミの足許に転がってきたボールに、耀はちょっと感心げだ。
「俺は工藤だ。アンタ、上手いの?」
「小中と球遊びは結構した方かな。俺は御子神此岸。こっちは妹の彼岸だ」
「こんにちは……」
此岸に紹介されて、彼岸は遠慮がちにぺこりと頭を下げた。
「僕は飛田俊也。あっちにいるのは、マネージャーの緑野毬藻仔さんだよ」
俊也が目を向けると、様子を眺めていた毬藻子も笑みを浮かべて軽く手を上げた。
「俺ハ汐崎キミだヨー! サッカー一緒にやるー?」
「混ぜて貰えるなら有り難いな」
此岸も彼らの誘いを受け、ボール遊びに加わった。
「っ、と! なかなかやるじゃん!」
足捌きで上手くガードする此岸からボールを奪いながら、耀はニッと笑う。
夢中になって競り合う二人に、キミも目を見張った。
「おほっ!? スゲー上手イジャん!」
「凄いなぁ……」
俊也はちょっと羨望の眼差しを浮かべている。
興が乗ってきた耀は、思わず広いフィールドにいる時のように力を込めてシュートを放った。
「あ゛」
ヤバい、と思った時には、すぐに動いていた此岸が手で弾いて、咲き誇る桜の枝に直撃する事は免れた。
「みんな、そろそろお昼にしようよー」
そこで彼岸と一緒に男子達のボール遊びを眺めていた毬藻仔が声を掛けた。
いよいよのお弁当タイム。
「!!!!」
彼岸におかずを分けて貰ったキミは、一口食べて思いっきり身体をバタバタさせる。
「とっても美味しい!」
オーバーリアクションに、みんな笑いが込み上げた。
「そんなに美味いのかよ」
耀も彼岸のお弁当を眺める。
可愛い手毬寿司や春巻き、筍ソテー。桜餅やお花見団子もある。
「沢山ありますので、是非どうぞー」
明るいメンバーのノリに少し慣れてきた彼岸は、にこにこと多めにつくってきてしまった料理を勧めた。
「いただきっ」
早速春巻を掠めるように取ってパクつく耀に、毬藻仔が「工藤君ったらー」と笑う。
耀もおにぎりや竜田揚げなど、結構頑張ったお弁当を作ってきていたが、美味しいものはいくらでも入りそうだ。
「此岸君、サッカー部ニ入部しなーい?」
彼とすっかり意気投合していたキミは、にこにこと勧誘する。
「うん、いいよ。まだ何の部活に入ろうとか、予定もなかったしね♪」
「やった! ねえ、彼岸さんもマネージャーにならなイー?」
二つ返事でOKしてくれた此岸に気を良くして、キミは美味しいお弁当を食べさせてくれた彼岸も誘った。
「ぼ、僕もですか? こ、こんなところで勧誘されるとは思いませんでした……!」
彼女はとても驚いたようだけれど、兄が入部するのならと少し考える。
「マネージャー増えたら私も負担減るし、嬉しいなあ♪」
毬藻仔にそう言われて、彼岸も「僕でよろしければ……」と頷いた。
「ええと、その、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくねー」
楽しいお花見の中で、有望な部員とマネージャーを確保してほくほくのサッカー部。
「食い終わったらもう一回やろーぜ! 次は気を付けるからさ♪」
「よっシ、次ハ俺がボール獲るもんネー!」
「はは、元気だね……」
群生地の桜は今が盛りのようで、あちらもこちらも満開だ。
「うわぁ……綺麗な景色……」
美術部の白鳥 悠生(しらとり ゆうせい)は、桜が一番綺麗に見える場所を求めて更に歩き続ける。
ボブカットの髪に花の髪留めを着けた少女がその後に付いていく。
「いいお天気! 絶好のスケッチ日和ね!」
同じく美術部で2年生の霧切 翠子(きりぎり みどりこ)は、満開の桜を眺めながら絵を描くなんて格別、と一緒にここまで来た悠生と、同級生の楓 京介(かえで きょうすけ)に目を向けた。
「フフッ、これだけでも来た甲斐があったね」
彼は爽やかな笑みを浮かべると、手許の一眼レフカメラを確認する。
部誌に載せる為と、ここまでに風景や新入生達の写真を結構な数撮っていた。
「良い画が撮れた?」
「そうだね、現像するのが楽しみだよ」
翠子に尋ねられ、爽やかな笑みで頷く。
「って、ゆー君まだ行くの?」
先輩二人で話している間に、気付けば悠生は綺麗な風景に誘われるように、かなり先を歩いていた。
「とりあえず、皆の分もお弁当作ってきたから食べちゃいましょ。これでも料理の腕には自信あるのよー」
悠生が止まった辺りで翠子はお弁当を広げた。
「翠子先輩のお弁当……楽しみでした……」
3人でお弁当を囲むと、悠生も嬉しそうな笑みを浮かべる。
唐揚げや甘い玉子焼き、ウサギの形に切ったリンゴ。
絵についての話などをしながら美味しく平らげて、いよいよスケッチに入る。
「…………」
スケッチブックの新しいページに、鉛筆で大まかな線を入れる悠生は真剣そのもの……だったけれど、暫く描き込みを進めていくうちに鉛筆の勢いが止まってしまった。
「……。あれ?」
「どうかした?」
その辺りで写真を撮っていた京介が、彼の様子に気付いて寄って来る。
悠生は困ったように先輩の顔と描き掛けの絵を眺めた。
「ダメだ……。なんだか、何か……足りない……」
「何が足りないか、分かる?」
ぽつぽつと呟く悠生の言葉を、京介はゆっくりと促していく。
「桜の……脇に……人物がいたら……バランスが、いいんだけど……」
「……」
少し離れたところでスケッチをしていた翠子は、いつしかそんな二人をじっと眺めていた。
(……きょー君とゆー君、仲良さそう……)
彼女の頭の中に、もやもやといかがわしい想像が湧いてくる。
(もしかしたら、あんな仲やこんな仲とかそんな事は……!)
翠子が背後で妄想をエスカレートさせているとはつゆ知らず、悠生と京介は真面目にスケッチについての談義を交わしていた。
そこへ、丁度昼食を終えて散策している高野先生とバスケ部の生徒達の姿が見えた。
「あ……あそこにいる人に、モデルになって……もらえないかな……?」
「良いんじゃないかな」
同じ発想をしていた京介は、交流のキッカケにもなるだろうと笑顔で答えたけれど、悠生はすぐに物怖じしたように項垂れてしまう。
「……でも……うぅ、断られたらどうしよう……」
「一緒に行こうか?」
京介の申し出に、悠生は一拍置いて頷いた。
バスケ部の生徒達は「えー」と恥ずかしがったりしている子もいたけれど、高野先生が二つ返事でOKしてしまったので、悠生は桜の木の下に並んだ彼らを嬉しそうにスケッチしていった。
「これで彼も色んな生徒と交流出来れば良いんだけど……ん?」
ほっとした京介だったけれど、今度は翠子が愕然とした表情で自分のスケッチブックを眺めているのが気になった。
(思わず絵に描いてしまった……! こんなの後輩に見せられないわ!)
彼女はうっかり妄想のままに、彼ら二人をモデルにして桜の下であんな事やこんな事の絵を描いてしまったのだった。
「どうしたの?」
「きょ、きょー君!? 覗かないでー!」
近付いただけで必死にスケッチを隠そうと慌てる翠子の姿を見て、彼女の事を昔から知っている京介はそれだけで何かちょっと、悟ってしまった。
(翠子君……こういう場でそういうのは、程々にね……?)
遠い目をする彼の視線の先でも、今を惜しむかのように桜が咲き誇っていた。
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