●寝子島高校ミステリ研究会●
さてこの頃ひとつの集団が、事件解決に向けて動き出していました。
その名は、寝子島高校ミステリ研究会。
「らくがきも一応犯罪、ミステリ研の出番よね」
ミステリ件の創設者にして代表、ブリジット・アーチャー(ぶりじっと・あーちゃー)は腕組みして言うのです。ブリジットはまだ一年生ですが、軽く見てはいけません。まだ授業も始まっていないこの時期に、同じく一年生をさらに三人集め、ミステリ研を同好会として活動できるレベルにまで育て上げたという辣腕の持ち主なのです。
ところでここは校内某所、ミステリ研が仮の部室として借り受けている教室です。立て付けが悪いなんていうことは決してないはずなのに、ブリジットの前の机がビリビリと小刻みに震えはじめました。
コホン、とひとつ空咳してから、
「水月ーっ!」
ブリジットは大きな声を出しました。
「んな!?」
これで、机に突っ伏して寝ていたメンバー、夜榊 水月(やなぎ みつき)は泡を食って飛び起きます。要するに、机につっぷしていた彼の寝息で、机が振動していたというわけですね。
「……んな? ……んと、僕は~?」
「私の話、聞いてた?」
「……ぇ? うん……聞いてたよ」
「じゃあ、何を言ってたか説明しなさい」
「……んー……覚えてない」
彼が実にすっぱりと言ったものですから、ブリジットはそのまま滑って、机に額を打ち付けそうになりました。
「美野梨が聞き込みをするために猫が必要だから、すばるが今、猫を集めてるの。それで水月は、演劇部に潜入しなさいって話」
「ああ、そうだったそうだった。で、その美野梨とすばるは?」
「もう行ったわよ」
「……それはよかった…………」
といいながら水月がまたうたた寝をしはじめたので、
「水月水月ーっ!」
ブリジットは彼の肩を両手でつかみ、ゆさゆさと揺すりました。
「……あわわわ……えっと、らくがお仮面が出たの? ……御用だゴヨー」
あのねぇ、とブリジットは溜息します。
「違うでしょ。らくがお仮面を探しに、演劇部に行ってきなさい、ってこと」
「……ぇ? ……なぜ演劇部なんだっけ?」
ブリジットは言葉にならない呻き声を上げました。髪の毛が全部針金になって、しかもグッシャグシャに絡んでしまったような気分です。
ブリジットにとって彼らミステリ研究会のメンバーは、かけがえのないチームメイトであり気のおけない友達であるのですが、どうにも、彼こと水月だけはどう扱ったらいいのかわからないところがあります。ああ見えて彼はスポーツ万能で演技力も高く、頭も決して悪くないしひそかにオカルト関係の知識も豊富だったりして、探偵としてのポテンシャルはかなり高いものがある……はずなのです。しかしほぼ毎日いつの間にか昼寝していて、なんだか欠伸ばかりしているのが困りものでした。調査のためなら二三日徹夜しても平気で、常に高い集中力を保つブリジット自身とでは、なんだか正反対のタイプな気がします。
「いい? もう一度説明するわよ。実は、私はすでに犯人の目星つけてたの。簡単な推理。鷹取先輩の証言によれば、『犯人はジャージ姿の小柄な人物で部室棟の利用者』ということよね? ジャージというとスポーツを連想しがちだけど、運動部の上級生ならユニフォームを着てるはずだから、怪しいのは普段稽古でジャージを使う演劇部とにらんだわけよ。演劇部員ならペンぐらい持っていても怪しまれないしね」
さらに、と、月面から見た地球のように青い目を輝かせて彼女は続けました。
「芸術科二年の先輩の生徒手帳にらくがきができる人物……となると、先輩と同じ芸術科二年との見立てができるじゃない? 小柄ということから女子が犯人と思えない? つまり、らくがお仮面の正体は、『先輩と同じ芸術科二年で、演劇部に所属する女子生徒』って推理がなりたつわけよ!」
一通り言い切ると、パァーっブリジットにスポットライトが当たりました。たとえ話ではありません。彼女はその『ろっこん』で、どこからともなく光を得て、自分にだけ脚光を当てることができるのです。
「……ふ、自分の才能が怖いわ」
と天井を見上げ満足げな表情を浮かべた彼女ですが、急に不安になって水月を見ました。
……やっぱり、彼は寝ていました。
「水月水月水月ーっ!」
「……あわわー! 行ってくるよ~……うん、僕、演技力にはそれなりに自信があるし~…じゃあ任せといて~♪」
転げるようにして出て行く水月を尻目に、ブリジットはふと、呟くのです。
「けれど鷹取先輩自身にも不審があるのよね……」
彼女は立ち上がると、鷹取先輩を捜しに出かけるのでした。
「よし、捜査開始だね」
ふっふーんと、鼻歌まじりに新井 すばる(あらい すばる)は言いました。ここは体育館の裏になります。
「ほら見て見て、今日は新品の『ちくわくん』着ぐるみなんだ」
うりうり、と神野 美野梨(かみの みのり)に見せる我が姿は、自分の実家である魚屋が販売しているオリジナル商品『寝子島ちくわ』の宣伝用に作った着ぐるみなのでした。大きなちくわの側面に三箇所、丸い穴が開いており、そこからすばるが両腕と顔を出しているだけというシンプルにして力強い着ぐるみです。
「この格好で『寝子島ちくわ』を配れば、猫なんてすぐ集まってくると思うんだ。すぐ連れてくるからちょっと待っててねー」
左手に提げたビニール袋に大量のちくわ(切ったもの)を持ち、右の手を振って彼は駆け出しました。
……そして、二秒ほどしてすぐに転倒しました。
想像が付くと思いますが、ちくわ本来の穴に当たる部分から両脚を揃えて出すというこの着ぐるみの形状は、非常に非常に走りづらいのです。
「起こしてー」
すばるは横になったままジタバタしています。袋の口も開いてしまって、ちくわが散乱しているのでちょっとしたちくわ地獄といった印象です。まともに受け身も取れず転倒したのに、眼鏡に傷一つついていないのは僥倖でしょうか。
「もうっ、別に走らなくてもいいからね」
やれやれ、とでも言いたげに美野梨は、『ちくわくん』を起こしてちくわを集めるのでした。
さて十五分ほどして。
「違う違う、ちくわじゃない! これは着ぐるみ! 食べないでー!」
大騒ぎしながら『ちくわくん』が戻って参りました。にゃあにゃあ、と三毛猫、白猫、黒にトラにぶち……たくさんの猫を首尾良く手なづけたようですが、なぜか彼の着ぐるみも猫に噛み付かれているのでした。どうやら転んでちくわまみれになったのが良くなかったようです。
「いたた、そこ布うすいとこぎゃあああーっ!」
半泣きになりながら彼はようやく、美野梨のところにたどり着きました。
「はぁはぁ、神野さん、猫つれてきたよ後は頼んだ……よ……」
ばたっ、と倒れたすばるを、
「はい、お疲れ様」
とタッチして、美野梨は猫たちの前に屈み込みました。可愛らしい声でニャアと鳴いて、猫にだけ通じる思念で、『みんな、話があるんだけど』と呼びかけるのです。
美野梨の『ろっこん』については、もうおわかりですね。彼女は猫と念話することができるのです。最初の「ニャア」は能力発動の合図というわけなのでした。
さて、ここからが美野梨の腕の見せ所です。ブリジットの推理に「素晴らしいわ……」と感銘を受けた彼女は、らくがお仮面の正体についてある程度予測を立てているものの、その裏付けを猫たちから得るつもりなのです。
まずは、らくがお仮面らしき姿を見た猫がいないか探しました。
すると一匹の三毛猫が、見たことあるわといいました。
ところが残念。個人名はもちろん、髪型を聞いても猫にはいまいち人間の髪がわからないとのことでした。まあこのあたりまでは予想の範囲です。けれども、
「ああ……そうか……!」
美野梨が悔しげな顔をしたので、何事か、とすばるが問いました。
「ジャージの襟の色が何色だったか聞こうとしたんだけどね……」
猫って、基本的に色の違いがわからないのです。猫や犬はいわゆる二色識別性という状態にあり、三色識別性である人間のようにカラフルな色彩の世界には住んでいないのです。単純なモノクロ世界ではありませんが、それでも、色の違いを説明することは、猫には非常に困難な事態といわざるを得ません。
ただ、らくがお仮面がペンや刷毛などを持っていること、名前に反し仮面など付けていなかったことだけはわかりました。さらには、
「なるほど……どうやら女の子のようね」
この重要な事実をつかんだだけでも、決して無意味な捜査ではなかったと言えましょう。
「ありがとう」
と猫たちに、改めてちくわを美野梨はふるまうのです。
あらためて、様々な猫がいることを確認します。大きい猫小さい猫、大きすぎる猫……というか、人間? しかもただの人間ではなく、よく知っている姿ではありませんか。
「って、水月っちじゃないの? なんでここで寝てんの?」
すばるも気づいて、体育館うらの日だまりで、すうすう眠る水月に近づきました。彼はまさしく猫みたいに丸まっています。
「水月っちー、移動だよー。演劇部に行くんだよー」
と、すばるは起こそうとするのですが、どうもこの暖かさがたまらないらしく、
「……んな~」
などど言うばかりで彼は起きません。ちなみに、彼は猫たちのあとを追ってきたようです。
美野梨とすばるは顔を見合わせました。
「……しかたない」
……数十秒後、水月を背負って歩く『ちくわくん』の姿が見られたそうです。
「くぅ、この、パイプのかわりにちくわをくわえたホームズとよばれるボクが、今日は体を張った仕事ばかりしているような……」
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