●演劇部でミステリを(2)●
めいめい自由に演劇部の見学をしたり、関心のある分野の練習に参加させてもらえることになりました。
菫と音花は、演劇部の先輩に案内され講堂内の音響室に入りました。
「うわ、色んな設備があります! とても精密そうですね! あ、マイクとヘッドホンまで! 本格的ですね!」
菫が目を輝かせたのもおかしなことではありません。この部屋は学校の設備とはいえ、ちょっとしたレコーディングスタジオなみに機器が揃っているのでした。ここではラジオドラマ(といっても本当にラジオに流すのではなく、そういう大会があるのです)を作ったりもするそうです。これも演技の一環ですからね。
ラジオドラマと聞くと、もう菫は我慢できませんでした。
「いきなりですけど、アフレコをやらせてもらっていいですか!?」
きらっきらっと目を輝かせて言うと、演劇部の先輩部員は言いました。
「アフレコ……つまり映像に合わせて録音というわけね……今は映像素材がないから、音声と効果音だけのラジオドラマならできるけど、それでいい?」
「それでもいいです! むしろそっちが希望です!」
菫は大喜びです。
「え、えっと……そういうのは放送部で、とか言われないか……心配だったのですが……」
同じく嬉しくて仕方ないらしく、音花も何度も頭を下げました。
台本、なにか使う? と、演劇部がラジオドラマを収録した際の台本を出そうとした部員に、
「実は……」
と、おずおずと音花は、事前に用意した台本を出してきたのでした。なかなか用意周到です。
ちなみに内容は、『待ち合わせの場所を間違えて、あたふたしている感じ』という場面を想定したものです。音花が音響を、菫がナレーションということで録音がさっそくスタートしたのでした。
以下、菫のナレーションをお聞き下さい。
「今日はAさんとデート……ワクワクドキドキです! あ、Aさんからの電話です! 何でしょう?はい、もしもし! えっ、『約束の時間が過ぎたのに、どうしてまだ来てないの?』って……おかしいですね……あっ! 北門と南門を間違えてしまいました~!」
輝と夏朝は、さっそく演技にチャレンジしました。
訓練等は一切なし、まずは演技の楽しさを知ってもらおうということで、台本を片手に二人で組んで、あまりにも有名なあの古典の名場面を再現するのです。
「ああ、ロミオ、ロミオ! なぜあなたは、ロミオなの? お父上を裏切り、家名を捨てて……もしもそれができないと云うのなら、せめて私に愛を誓ってください。そうすれば私も今すぐ、己が家を捨てましょう」
輝は身振り手振りに加え、台詞回しに強い抑揚を付ける熱演っぷりです。なにせものがものですから、少々オーバーアクションなほうがいいでしょう。
一方で夏朝は男性役なので声を落としつつも、輝に負けぬ真剣さで挑みます。立ち聞きしているという設定なので声をひそめつつ、
「もっと彼女の声を聞いていたい。けれど、もう声を掛けたほうがいいだろうか……?」
悩める青年になりきって言うのでした。夏朝が人形劇で培った演技力が、いかんなく発揮されているようです。
とまあ演技に没頭するあまり、二人ともいつの間にからくがお仮面のことなど頭の中から消えてしまっていました。
港は演技には参加していませんが、次は青年役をやる予定です。だからいまは、じっと二人の演技を観察しています。今日一日で彼の観察眼は、随分みがかれたのではありますまいか。
それにしても先行がいるというのは悩ましいところです。最初に演じた夏朝をお手本にすることができますが、港としてはできれば自分の独自色も出したい。しかも対抗心があるので、夏朝以上の演技がしたいとも思います。だからといって台本のテイストを裏切るような見当違いの演技をするわけにもいかず……これはジレンマです。
もともと、『演じる』ということに興味があった港です。このジレンマには戸惑いますが、悩むこと自体を楽しみたいと考えていました。もう昔の自分じゃないんです。どうせ悩むのなら、面白いと思うことで悩みたいですよね。……演劇部、正式入部してもいいかもしれません。
意外と大きな衣装部屋を教えてもらった衣夢は、大喜びでそこにあったものを身につけてみます。
探ってみれば出るわ出るわ、この部の長い歴史で、あるいは作られあるいは買って、長い間寝かされていた秘蔵の衣装がつぎつぎと……です。
鏡もあるのでスタンバイOK、一人ファッションショーの始まりです。
まずは魔女風、黒いローブにとんがり帽子、なにやら季節外れのハロウィン風であります。
華麗なプリンセス、瀟洒なメイドさん、可愛いフリフリのゴスロリ、このあたりは定番(?)ですね。鏡に映してはいポーズ。
続いてはセクシーなバニーガール、格好良いチャイナドレス、なにやらコンパニオン風のものまで出てきました。
「これ本当に演劇の衣装なの? コスプレキャバクラみたいなんだけどー?」
男装もいいですね。華麗なタキシードも、力強いミリタリーもゴーゴーです。
あれもいいこれもいいと着替える衣夢は、もう随分ヒートアップしてしまって、このとき、すぐ隣にある倉庫に、誰かが入っていくのに気がつきませんでした。
「あー、やっぱつまんない。演劇やってる人特有の、あの妙なテンションの高さ、付いていけないわ……」
ぶつくさ言いながら能美子は倉庫に入りました。ぴったりドアを閉めれば個室です。演技だのなんだのに付き合うのは馬鹿馬鹿しいので、ここで時間つぶしでもすることにしましょう。
小道具大道具、ここは様々な演劇上の道具が収めてある部屋です。置いてあるのはまがいものの剣、おなじく盾、拳銃のオモチャも舞台装置なんかもあります。そして仮面……インカかアステカか、そういった文明のものを模したなかなか恐ろしげな面も見つかりました。
何の気なしに被ってみます。ちょっと荒々しい気持ちになってきて、かたわらの剣も手にしてみました。ところが視界が狭くなっているので、能美子が握ったものは剣ではなく大きな絵筆でした。舞台背景を塗ったりするのに使うものでしょうか……?
くしゅ、とくしゃみの音がしました。ドアのすぐ外です。
「えー? 誰かいるわけー?」
仮面を脱ごうとした能美子ですがそのまま凍り付きます。
「見つけたぞ! らくがお仮面っ!」
え? と思ったときには、いきなり能美子の上に誰かがのしかかっていました。どこから出てきたというのでしょう、彼は亨です。
そして、バターン! まさしく劇的にドアが押し開かれ、千尋が乱入してきたのです。
「その仮面! その絵筆! 動かぬ証拠ね! スリルもいいけど、合法的にやること!」
「ちょ……! なに!? あんたたち!」
能美子は亨を押しのけました。女の子相手だから加減していたのか、彼は転がってしまいますがなんのその、
「やはり演劇部にいたか……隣の衣装部屋も利用すればまさしく変幻自在だな!」
と、びしりと能美子の仮面を指さしました。亨が突然出現した理由、それは、ヴェスレーナ同様に能美子が怪しいと睨んだ彼が、その『ろっこん』こと『縮身』を用い、小さくなって能美子のポケットに身を隠していたということにあります。それに加えて、亨と組んだ千尋がドアの外で身を潜めていたというわけでした。千尋のくしゃみで一気に話が進んだというわけです。
「らくがお!? ハァ!? あんたらなに言ってるわけ!」
激昂のあまり能美子は、仮面を外しばしっと叩きつけました。
そこに飛び込んで来たのはヴェスレーナでした。彼女は、さっと能美子の足元にひざまずいて、
「らくがお仮面さん、お望みならここで逃亡をお助けします! その代わり、私に演技指導をしてくださいっ!」
うるんだ目で彼女を見上げました。
「だから何を言って……」
このとき講堂の外から叫び声が聞こえてこなければ、もう少し事態収拾には時間がかかったかと思われます。よりいっそうの混乱と、よりいっそうの誤解と、よりいっそうの能美子の激怒があったことでしょう。
叫び声は以下のようなものでした。
「らくがお仮面だ! そいつがらくがお仮面だ! 捕まえてくれ!!」
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