●演劇部でミステリを(1)●
文芸部員折口 ゆづき(おりぐち ゆづき)は主に部室棟周辺で、他の部員たちと一緒にチラシを配りなど、地道な勧誘活動を行っています。
「どうですか、執筆に興味はないですか? あるいは、古今東西の文学に親しむなど……」
様々に呼びかけます。といっても華々しさのない部活動です。あまり注目はしてもらえません。
かくいうゆづきは一も二もなく、高校に入学するや文芸部を選んだ人なので、この寂しい反応はなんとも残念でした。もう文芸部など流行らないのでしょうか。
「誰も足を止めてくれない……」
肩を落とすゆづきの前を、袴姿の稲場 舞ら弓道部が横切っていきました。
「カッコいいなあ……」
少し、見とれてしまいました。背筋を伸ばし、颯爽と歩くところが古武士のようで素敵です。
文芸部も、ああいう『格好良さ』があればいいのに、と思わないでもありません。
――太宰治のコスプレをするとか……。
ちょっと、違うかもしれません。
勧誘はちょっと休止して、ゆづきは人々を観察してみました。
連れだって歩く新入生(春日野 日向と姫ノ扇 勇里です)がいます。なにやら和気あいあいと楽しそうです。
その一方で、実につまらなさそうに欠伸して歩いている女生徒もいます。なかなかの別嬪さんなのですが、苦虫を噛みつぶしたような表情をしているので、なんだかとっても勿体ないことになっています。彼女の足は講堂のほうへ向いているようです。そういえば講堂では、現在演劇部が練習をしているところではなかったでしょうか。
――後で演劇部の見学もさせてもらおうかな、とゆづきは思いました。彼女は戯曲やシナリオにも興味があるのです。
ふと気がつくと、例の、つまらなさそうにしている女生徒はどこかへ消えていました。
前出の、つまらなさそうにしている女生徒のほうへ視点を移してみましょう。
彼女は弘明寺 能美子(ぐみょうじ のみこ)と言います。腰下まである黒髪を姫カットにし、女性の平均よりは頭一つ抜けた長身、本人は『そこそこ』と思っていますがかなり目を惹く顔立ち、スタイルも結構なものです。そもそも、小学生の頃から彼女は、ジュニアモデルとして活躍していたくらいなのです。
でも、能美子は不機嫌な表情です。コンバットナイフのように尖った目をしています。これは、今日たまたま虫の居所が悪いのではなく、いつもこうだというのですから始末が悪い。
色々事情があって、彼女は不本意ながら寝子島での生活を強いられることになりました。これから少なくとも三年間、この温和な……言い方を変えれば刺激の足りない島で暮らさねばなりません。その事実が、どうしても消えぬ苛立ちに拍車をかけていました。
「あーあ、こんなダッサイ学校で何楽しめばいいんだか……部活とかマジ時間の無駄だし。ばっかみたい」
行く当てもなく学校を歩いてみたはいいのですが、なにやらあるらしくどこも新入生であふれていて、その活気にうんざりしている能美子です。バンドで盛り上がっているところに一緒に加わる気なんてこれっぽっちもなく、当然、鷹取先輩の話も足を止めて聞く素振りすらしませんでした。
どこか独りになれる場所はないかなぁ――これだけが、現在の彼女の望みでした。
「時間が潰せそうな場所……あ、演劇部とか倉庫ありそうよね。小道具みたいとか言い出せばそこでゆっくり過ごせそうだし」
ぽつりと呟きます。帰宅してもつまらないし、ここにいてもつまらない。なら、せめて移動だけでもしようと能美子は考えたのです。
ヴェスレーナ・グレウィク(うぇすれーな・ぐれうぃく)としては、らくがお仮面が変装の名人というところが、どうしても気になるのでした。
といっても変装はメーキャップだけでなせるものではありません。国籍性別年齢、こういったものを偽るためには、相応の演技力が必要なのはいうまでもないことです。むしろ変装とは、外見を変化させることよりも演技でその対象になりきること、そう彼女は考えています。
――きっと、私などでは及びも付かない演技力なのでしょう。
となればやはり一度、らくがお仮面氏にはお目にかかりたく思うのです。ヴェスレーナも着ぐるみを着てのキャラクターショーをボランティアでやっている身の上……彼ないし彼女の演技力にはとても興味があります。
演技が必要な部活といえば……もうおわかりですね。
「初めまして。ヴェスレーナ・グレウィクと申します。このたび、オランダより留学生として参りました。よろしくお願いしますね」
講堂で練習している演劇部の元に、ヴェスレーナは仮入部を申し出たのでした。挨拶しながら、同時に仮入部した生徒やすでに部員の生徒を、彼女はさり気なく観察します。このとき、一年生ならびに新人が合同で挨拶をすることになっていました。
「初めまして……恵御納 夏朝(えみな かあさ)、です。今日は見学できたらいいなって思って来ました」
よろしくお願いします、と言って、ぺこりと頭を下げる夏朝は、演技力はなかなかあるようです。彼女は俳優の他に、大道具や小道具、背景などのセッティングにも興味があるとのことでした。
髪をお下げにした名義 輝(みょうぎ ひかる)は、口調と物腰が育ちの良さを感じさせます。
「お願いしますわ」
という姿勢はどうも本物のように思えます。これが演技だとすればかなりのものでしょう。
「え、演劇の経験……ですか? す、すみません、ありません……」
と、緊張でガチガチになりながら、笛吹 音花(うすい おとか)が自己紹介しました。
「大きな声を出したり……するのも……苦手です……。といいますか……あの……やりたいのは役者ではなく……音響係なのですが……。お、音響係って、シーンに合うBGMや、効果音を探したり……機械操作して流したり……するんですよ、ね? そ、それに……興味が、ありまして……」
この言い分からして、音花はらくがお仮面とは無関係だとヴェスレーナは思いました。
「ええと、こちらの笛吹さんと一緒に来ました。木斗 菫(もくと すみれ)です。実は私、前からずっとアフレコをしてみたかったんです! ここだったらできるかと思って」
なお、菫は新入生ではなく在校生で、二年生ということです。
栖来 衣夢(すくる いむ)は、演劇部所有の衣装を色々見せてほしい、と言いました。できれば着させてほしい、とも。
「どんな格好でも構わない。何でも、ばっちこいよ」
彼女は元々コスプレが趣味なので、演技そのものより着替えがしてみたいということらしいです。
「俺は七峯 亨(ななみね りょう)」
「私、木南 千尋(きなみ ちひろ)」
この二人は元々知り合いのようです。なんとも勇ましいですがわりと普通の男子っぽい亨と、長く伸ばしたポニーテールの千尋、二人は一見、普通の仮入部者ですけれど、ヴェスレーナは鷹取先輩の話を聴いているときに、二人が近くにいたのを知っています。どうやら彼らも、らくがお仮面を捕らえに来たコンビと見てよさそうです。
「…………」
このときヴェスレーナは、ある人物とぴったりと視線が合ってしまいました。
「俺? 久々井 港(くぐい みなと)、入学する前に実家を飛び出して、今までの自分の全てを完全破壊してきたんだ。要するに今持ち得ている物がほとんどなくて、自分が何をしたいのかすらわからなくて、そんな自分を歯痒く感じてる、って状態」
さらりと港は言って、ヴェスレーナをもう一度見ました。
「ヴェスレーナ、って言ったっけ? 君も人を観察するの、好きなのかい?」
彼は人間観察をしていたのだと言います。だからヴェスレーナが部員たちを観察しているのにいち早く気がついたのでしょう。
「ええ、人間観察は演技力の基礎ですもの」
と言いながら、ヴェスレーナはそっと視線を流します。彼女が目を付けている人物がそこにいました。
「一年、弘明寺 能美子。以上」
とだけ言って、演技することに何の興味も示さず座った少女です。彼女がいつからいるのかはわかりません。先日鷹取先輩が追いかけた日(四月初頭)から在籍していた可能性も捨てがたい。とすると、怪しいのです。
変装する人間の心理になって考えてみれば、おのずと導かれる結果でしょう。ここからはヴェスレーナの推理です。
らくがお仮面はその行動パターンから、みずからの巧い演技をひけらかそうと考えている節があるように思えます。とすれば逆転の発想で、『化ける』とすれば平凡、あるいは演技下手の部員ではないでしょうか。そうなると、演技の上手な上級生は怪しい対象から軒並み外れます。そしてもう一歩踏み込んで、演技などする気もない、という人が怪しいという線もありえるではありませんか……。
らくがお仮面の正体が上級生の可能性も勿論あるので、あえてすぐに行動は起こしませんが、能美子のことはチェックしようとヴェスレーナは決めました。
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