●NO、らくがお。YES! MUSIC!!●
みかん箱大のアンプが、キューンとハウリングしました。。
マイクの電源はオン、ギターは触れていないのにチリチリと音を立てているかのようです。
「ヒュルルルゥリィィ―――ッヤッフゥゥ――!!!!」
そのマイクに噛み付くようにして、アントニオン・モライシュ(あんとにおん・もらいしゅ)はシャウトしました。
「ボンディーア!! オイラはアントニオン! ブラジル出身のイケイケメンさ!」
キリッ、といい顔をします。そして、オーディエンスという名の通行人の様子をチェック。
「なに? 『うっさい』!? すまんな、血が疼くのさ!!」
再びアントニオンはいい顔をするのでした。ハウメニーいい顔といった塩梅。
ここは噴水そばの特設会場……といっても『特設』したのはついさっき、木箱をびっしり並べて板を敷いただけですが、これでも立派なステージです。
「よし、マイクはOK。学校をメロンメロンにしてやんな!」
アントニオンはひらりとステージから飛び降りました。彼はPA、要するに音響係です。
何の音響係かって? そう、寝子島高校軽音楽部の!
「くぅ~、待ってたよこの音、この瞬間!」
ステージ脇に立ち、秋風 透(あきかぜ とおる)は、プルプルと体を震えさせ両の拳を握りしめていました。彼は、長き眠りから覚めた軽音楽部の復活に魂を激震させているのです。
本日、透の役割は広報係です。彼はステージ中央に進むとマイクを握りました。
軽音楽部の二年生は現在、透とアントニオンだけ。実をいうとつい先日までは部員二名という、実質的に活動不可能な状態でした。なので昨年は部活動としての認証が取り消されていたのです。この事情を含め、それまでの苦労を透は切々と語りました。そしてシャウトします。
「それがこうして新年度を迎えるや否や、音楽好きで個性的な部員が次々と集まった! みんなの力で公認部活動として認められ、再結成を果たしたのだ。だがまだまだ足りない。もっともっと新しい血を我々は求めたい! いざや集え! 軽音楽部再結成に!」
透が拳を振り上げると、なんだなんだと人が集まってきました。良い感じです。
「さあ、集まったばかりの一年生の演奏を聴いてくれッ!」
彼はたたっと走ってステージから降りると、アントニオンと熱い握手をかわしました。新人にいきなり大舞台を任せるのは冒険ですが、彼らには存分に勝算があります。
まず人々の目を惹いたのは、まっさきにステージに上がった雨寺 凛(あまでら りん)の晴れ姿でしょう。鮮やかな紺色のメイド服、真っ赤なベースギターを肩から提げています。
「うわっ、すごくお客さん集まってない!? すごいすごい!」
人だかりを一望して凛は声を弾ませました。
「さーて。新生軽音部、初の晴れ舞台だ。Let’s ROCK!! 派手に演(ヤ)るとしようぜ!」
と告げドラムキットに飛び移った秋宮 晴美(あきみや はるみ)も、凛とお揃いのメイド服でした。
「しっかし、ライブ衣装がメイド服って聞いた時はビックリしたが……意外と動きやすいのな、これ」
晴美は不敵に笑います。大きなバスドラが二個もセッティングされた本日のドラムキットは、まるで要塞のような存在感を醸し出しているではありませんか。
続いて、V字型の変形ボディを持つ鋭いシェイプのギターを抱いて、北欧系の顔立ちをした少女がステージに現れました。ストレートの青みがかった長い銀髪と、赤と青のオッドアイが実に神秘的です。ユニフォーム(?)のメイド服は、まるであつらえたかのように似合っています。
「……」
彼女はシルヴィア・W(しるびぃあ・ほわいとうるふ)、人形のように無表情でにこりともせず、一言も口をききませんがすごい存在感です。
ギターのように肩からかけていますが、それは鍵盤をもつシンセサイザー……キーボーディスト阿寒湖 まりも(あかんこ まりも)の登場です。
「学校中に私達の演奏を響かせてやるんだから! これで新入部員大量! ひゃっほう!」
興奮気味に告げながら、まりもは小さくジャンプしました。やはりメイド服のスカートがひらりと揺れます。
ステージ袖で上穗木 千鶴(かみほぎ ちづる)は、九條 ノエル(くじょう のえる)の肩に手を置きました。
「さあ、いよいよだね。リードヴォーカリストの入場だよ」
千鶴も高一なのですが、ノエルに比べるとずっと幼く見えます。まるで小学生のようです。けれどその口調は落ち着いており、しかも、才能溢れる広報係だったりします。今回、ライブを告知する様々な『らくがお』ポスターの案を出し、これを実際に製作したのも千鶴でした。『NO、らくがお。YES! MUSIC!!』に代表されるキャッチコピーもすべて彼女が考えたものです。
「緊張する……歌詞を忘れないだろうか……」
普段は傲岸なところのあるノエルですが、初ステージとなれば弱気になるのも仕方がないところでしょう。小声で吐露しました。
でも、千鶴は微笑したのです。
「……大丈夫。緊張するくらいが普通だよ」
ステージに上がらないぼくだって、緊張してるくらいなんだから、と言って手を放します。
「そうか。ありがとう」
うなずくとノエルは羽織っていたローブを脱ぎ捨て、否応なく目を惹く衣装で堂々とステージに駆け上がりました。
おお、と声があがります。観客の視線の熱さが高まるのが感じられます。
ノエルももちろんメイド服なのですが、そのアレンジは他のメンバー以上でした。胸元が大きく開き、ミニスカートにニーソックスというスタイルなのです。いわゆる絶対領域が輝かんばかりで、胸元には魅惑の谷間が見え隠れしています。
ノエルは手にした青緑のリボンを、スタンドに設置されたマイクにきゅっと結びました。このリボンは、初めてのピアノのコンクールのときに両親にもらった思い出の品です。
ステージ下にもマイクが設置されています。ぼりぼりと頭をかいて、吾妻 優(あずま ゆう)がそのマイクの前に立ちました。
「中庭でライブとか、やる事が派手だなオィ……」
と呟いて、この音声がマイクに拾われていることに気づいて優はコホンと咳払いしました。
優はバンドやりたいという情熱に燃えていたわけでもなく、軽音楽部には「ただなんとなく入っただけ」と称しています。今回もオープニングMC担当なのですが、実に面倒臭そうにしていました。
「あー。テステース。……えー、今から……中庭で何かやるっぽいがー、もし万が一…興味のあると言うヤツがいたらー、来てみる? 痛って!?」
あまりにダルそうに言うもので、優は後方から紗乃恭 玲珂(さのきょう れいか)にチョップを入れられたのです。
「ちゃんとやって下さい……。ちゃんとっ……」
穏やかな玲珂は怒った顔を見せません。ほとんど視線を動かさぬまま、はっとするほど美しい顔を彼に向けています。
「一応、ちゃんと、のつもりなんだがなー」
「声で判ります」
冷水を浴びせるような声で玲珂は言いました。
どうもこの、玲珂の静かな迫力が優は苦手です。なぜか彼女には逆らえないのです。
「くっそ、わかったよ。やりゃいいんだろ、やりゃ」
と、切っていたマイクのスイッチを入れて優は告げました。
「あぁ、そういや今『らくがお仮面』とかってのが騒ぎを起こしてるみてぇだな? 何でも、顔にらくがきをして芸術だ何だと言ってるらしいが……くだらねぇ。本当にくだらねぇよ」
言っているうちに興が乗ってきて、彼はマイクをスタンドからむしり取り、ぐっ、と身を屈め拳を握って声を上げました。
「そんなもんよりもお前ら、魂にもっと響くモンを『魅せて』やるよ! 聞こえるだろ? 俺たち……軽音部の熱い旋律(ビート)が!!」
優が叫び終えるやたちまち、晴美がドラムスティックを交差させ打ち合わせました。
「ワン! ツー! スリー!」
「……」
シルヴィアがかき鳴らしたギターコードは、そのワンフレーズだけで聴衆の心を鷲づかみにします。世界中の誰もが知っているあの曲です。アンセムとも言えるロックナンバーが、オリジナルの何倍もハードでヘビーに、しかも疾走感を持ったままどっと溢れだしました。
いつの間にやら数分前の倍以上に膨れあがった聴衆は当然大盛り上がりです。原曲もわずか2分しかない曲ですが、このアレンジでは迅い迅い、あっという間に爆発的瞬発力を見せて終わりました。
「お前たちは軽音楽部を知っているか?」
長い髪を振り乱し、マイクを握り左右に動きながらノエルは声を張り上げました。
「知らなくても無理はない。なんせ随分長い間部員がいなかったらしいからな」
今でも信じられない――かつて受けた事故で、二度と動かないと言われたノエルの左手が、いま、力の限りマイクを握っています。一度は諦めかけた音楽への情熱が、ノエルの中に奔流のように蘇っているのです。これが彼女に起きた奇跡、『ろっこん』こと『アマデウスの左手』です。触れた物の情報を読み取り即座に使いこなすという能力ですが、それ以前に、発動中は左手が自由に動かせるという特長を持っています。
感慨で胸をいっぱいに詰まらせながら、ノエルはさらに声を上げました。
「だが今日! 私達が軽音楽部を復活させた! いわば再結成だ! お前たちはその生き証人になれたんだ! ありがたく思え!」
「……なんていう唯我独尊」
くくっ、と凛は笑ってしまいました。でも、それがいいのです。それがノエルらしいのです。その証拠に、聴衆からは大きな声援が返ってきたではないですか!
「そして我が軽音楽部は新入部員を募集中だ! 経験者、初心者は問わん! 私達と新たな歴史を作りたい奴は軽音楽部に来い!」
ノエルが言葉を終えるやいなや、終わったと思われたオープニングナンバーが再度、さらにスピードを増して再開されました。力強く、しなやかで、心に突き刺さるような声でノエルは熱唱します。ワンフレーズ唄ってマイクを会場に向けるや、あの有名なサビメロの大合唱が巻き起こりました。お前をロックしてやる、バンドと聴衆が一体になり、そう叫び合っているかのようです。
間髪入れず二曲目、最初の曲と同じバンドの、やはり有名曲が飛び出します。オープニングではマイクだけだったノエルもギターを肩にかけ、リズムパートの旋律をカッティングしました。
楽曲中盤でにわかにシルヴィアが主役に躍り出ました。ギターソロです。オリジナルにはない難解なフレーズ、しかもクラシックのフレーズを組み込み、天に届くほど高らかに、一点の曇りもなく弾きまくるのです。左手とともに右手まで押弦に使うという、ステージ度胸と握力と、そしてなにより凄まじいまでの練習を必要とする奏法で密度も情感も豊かに鳴らすのですが、シルヴィアはまるで無表情で何気なく行うので、ギターを弾いたことがない人ならば、簡単なことをしているように見えたかもしれません。
ソロが決まると、ちゃんとシルヴィアはポーズを決めました。これがなかなかサマになっていて格好いい。彼女、実はコッソリ、自宅でポーズの練習をしていたようです。
黒山の人だかりといっていい盛り上がりです。このとき、観客の一人 堂島 結(どうじま ゆい)は、ともかく首を伸ばそうと懸命でした。
「うぅ……。台になるものを持ってくればよかったです~……!」
演奏が始まってからかけつけたので位置はかなり後方、しかも、前にいる聴衆はみんな結より身長が高く、演奏している人たちがよく見えません。なにせ身長138センチの彼女ですから、ままならぬことおびただしいわけです。それでもぴょんぴょん、結は跳んだりして必死で見ます。なんて格好いいんだろう……と胸をときめかせながら。
バンドメンバー全員と、会場をいちどきに眺められるのがドラマーの特権、熱気がいや増す会場を目にして、晴美は「いい感じだ」と笑みました。やはりメジャー曲を選んだのが良かったようです。晴美としては、もう少しマイナーな曲のほうが好みですしドラムも叩きがいがあるのですが、こういう時は聞いてる人々を『巻き込める』ような曲の方がいいとは思っていました。ただしせめてもの自己主張に、曲調に応じてフィルイン(※楽曲の繋ぎ目の一~二小節で即興の演奏を入れること)くらいはしておきます。
続いて三曲目が始まります。これまでとは一転、歌唱力が問われるパワーバラードです。壮麗な曲だけにPAの責任は重大、けれどアントニオンはこの状況を楽しんでいます。
「くーっ、これだけ客が集まった中でバンド演出を任されるたぁ、最高じゃん!」
これがきっかけで女性たちから「キャー、ステキー!」「デートシテー!?」と言われたりしないかなと、そんなことまで考えていたりするアントニオンなのでした。
大好評のうちに曲が終わると、ノエルはメンバー紹介をはじめました。
「まずギターは、音速の姫君シルヴィア・W!」
シルヴィアは無表情ながら音速級のギターをかき鳴らしました。どっと会場は沸きます。
「そして頼れる屋台骨、ベースの雨寺 凛だ!」
「みんな、私たちのライブを見に来てくれてありがとー! 軽音楽部をよろしくお願いしまーす!」
歓声に包まれながら、凛がそのまま、コーラス用のマイクでメンバー紹介を継ぎました。
「ドラムっ! 最後までこの衣装を恥ずかしがっていた秋宮 晴美ちゃんだよー!」
「余計なこと言うなー!」
と叫んでから晴美は、ドカドカドカッ、と短いドラムソロを披露したのです。観客が笑いと喝采で応じたのは言うまでもないでしょう。
「え? 私がしゃべっていいの?」
晴美にスティックを向けられ、まりもは小鳥のように笑みました。
このライブが盛り上がってるのは、メンバーの演奏の巧みさもさることながら、実はまりもの『ろっこん』によるものもあるのです。彼女は、場の空気を和ませたり、盛り上げたり落ち着かせたりという、雰囲気の上昇下降に力を貸す能力を有しているのでした。
「では紹介しちゃうよ! セクシーで格好いいヴォーカリスト、その名は九條 ノエルーっ!」
大きな歓声が沸き起こり、これが止むのを待ってまりもは言いました。
「そしてシンセはわたしっ、阿寒湖 まりも!」
と言いながら突然、お手製のマリモを取り出しまりもは客席に投げたのです。ところがなぜか、客席からマリモは投げ返されてしまいました。(ちなみに結が一生懸命手を伸ばしたものの、まるきり届きませんでした)
「な、投げ返すなー!? キャッチボールじゃないっつーの! くぬっ! くぬっ!」
これには客席も爆笑です。適度に和んだところで、
「じゃあ、名残惜しいけど本日のお別れのナンバーだ」
ええーっ、と言う声。もっと、と望む声。それをありがたく思いながら五人は演奏します。
何の曲かわかると、津波でも来たかのように会場のボルテージは急上昇しました。いやがおうにも盛り上がる究極のパーティロックナンバーが始まったのです! 激しいというよりも迅いというよりも、とにもかくにも楽しい! 心が弾むこの楽曲、ラストにはまさにぴったりでしょう。たちまち、いてもたってもいられなくなったか、躍り出す少年、跳ねる少女が続出しました。
「よし、ここだ!」
透はサプライズ演出を発動させました。
それは人を象った石像が、どーんとバンドメンバーの背後から飛び出すという驚きの仕掛けです。しかもこれは、ノエルを模した姿をしているのでした。髪型もギターもなかなか似ています。これは透の『ろっこん』、彼が『忍法!畳返しの術?!』と呼んでいるものがもたらしているのです。
「はははっ! イッツ・サプラーイズ?」
なお、これを成功させるため、毎晩のように彼はノエルの姿を思い浮かべていたそうです(このことは内緒です)。
大興奮のライブが終わると、メンバーはさっと姿を消しました。かわりに玲珂が前に出てきます。彼女もメンバーと同じで、ロングスカートのメイド服に身を包んでいました。少し恥ずかしいですが構ってはいられません。
「軽音楽部、入ってみませんか?」
玲珂がまず声をかけたのは、髪がくしゃくしゃになった女の子でした。なんだか魂が吸い取られたように、フワフワとした表情で立ちつくしています。とても背の低い子でした。そう、彼女は結です。
「え?」
呼びかけられ、結は我に返って溜息をつきました。
「凄いです……! あんな演奏をわたしと同じ高校生ができるんですね……!」
「ええ、あなただってできるかもしれませんよ?」と、玲珂は結にチラシを手渡しました。「見学だけでもしませんか? いつでも歓迎です」
そのとき別の声が聞こえたのです。
「……私もチラシ、もらっていい?」
玲珂が手渡したチラシを、すっと指の長い手が受け取りました。結は彼女を見上げ息を呑みます。モデルのような美貌の少女だったからです。ただ、無機的というか、完璧すぎてなんだか冷たい印象もないではありません。
黒依 アリーセ(くろえ ありーせ)と少女は名乗りました。芸術科で、結と同じ一年生だそうです。
「歌うのが好きで……軽音部に……興味があるの」
人見知りするのか、アリーセはなんだかもじもじしています。その様子が可愛らしくて、最初の『冷たそう』という印象を結は訂正することにしました。
「音楽がお好きなのですね? 好きなジャンルは?」
玲珂が問うとアリーセは言いにくそうに、
「メタ……ロッ……ロック……かな?」
と苦しそうに言いました。
「ああ、メタルですね」
ところが玲珂は実にあっさりと言って微笑んだのです。
「さっきのギターの子、シルヴィアちゃんなんてご覧のようにバリバリのメタラーですし、ドラムの晴美ちゃんだってかなりのものです。そもそもドラムがツーバスですからね。どんなバンドがお好きですか?」
「し、知らないかもしれないけど……」
アメリカの新世代メタルの旗手や、フィンランドのメロディックデスメタルバンドの名をアリーセは上げました。すると驚いたことに、
「どちらもいいバンドですね。私はアルバムを聴くくらいですが、シルヴィアちゃんはギターのコピーもやっています。きっと話が合いますよ」
アリーセの顔に赤みがさしました。
――私の居場所、見つかった気がする。
彼女はポケットに手をつっこみます。実はそこには、何日も前から用意していた入部届が入っているのです。
ライブの片付けをしていた透は、ぎょっとして足を止めました。
彼が出現させた石像……ノエル像が、いつの間にかサイケデリックな色彩で落書きされているのでした。なんとも表現しがたい独特のセンスですが、はっきりと言えるのは、一度見たら忘れられなくなるくらい巧みだということです。
サイケな落書きは、石像の顔に集中していました。
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