●石段登れば、落神神社●
アスファルトで舗装された上り坂が終わり、緑の濃い裏山に入ると、急に空気が涼しくなった。
土や草の匂いを感じて、いよいよ山登りだと生徒達の気持ちも変わっていく。
少し歩くと、二股になっている道の分岐点にツンツン頭の先輩が立っているのが見えた。
探検部部長の龍目 豪(たつめ ごう)だ。
「落神神社は左の道だ! 右に行くと猫鳴館に行っちまうぞ」
身振りを交えて声を張り上げ、知らない生徒が間違った方へ行ってしまわないよう誘導している。
「後輩ちゃん達のさぽ、いや、さぼたーじゅ?? 頑張るぞーっ!」
同じく探検部の佐伯 芽莉依(さいき めりい)は新入生達の列に沿い歩きながら、気合の入った声を上げた。
「メリーちゃん、サボタージュじゃサボっちゃうわ。サポート、ね」
同行している副部長の水城 渚(みずき なぎさ)に突っ込みを入れられ、「渚ちゃんあったま良いね~」と屈託なく笑っている。
「もう、メリーちゃんったら……それにしても。ふふ、一年前を思い出すわ」
そう言って新入生達を眺める渚の目は、その鋭さに反して穏やかな表情を見せている。
初々しい雰囲気の彼らが、今日のトレッキングでの体験で成長する事を、楽しみにしながら。
やがて、落神神社へと続く長い石段が見えてきた。
淡々と続く石段は、ある意味最初の難関とも言える。
登り切ったら、少し早いけれど境内で小休止を取って足並みを揃えるようだ。
落神神社(らくがみじんじゃ)は、かつて寝子島に落ちて来たという『落神』を祭った神社とされている。
いかにも裏山に設えられた小さな神社といった雰囲気で、今はその存在も忘れられてしまったかのように、境内は雑草が生え放題、お社も手入れされずに放置されているような状態だった。
高野先生を伴った先頭のグループが、石段を登り切って思い思いの場所に陣取る。
後続の生徒達も続々と到着すると、その中から軍手を嵌め、ゴミ袋を持った生徒達がお社に近付いて来た。
マウル・赤城・スティック(まうる・あかぎ・すてぃっく)。
アボリジニの父と日本人の母を持つ信心深い彼は、自らに『ろっこん』を授けてくれたと思しき神様に感謝の気持ちを込め、神社の掃除をしようと名乗り出たのだ。
「ろくに管理されていないなんて、ヒドくないか?」
そんな彼の声に「すごくいー提案してる」と応えたのが、睦森 さや子(むつもり さやこ)だ。
「スティッくん、掃除道具持ってくれてありがとうね」
彼女もまたゴミ袋を手に草をむしり始めるが、その顔は頑張って早起きしてお弁当を作ったせいか、眠そうだ。
「今回はあまり時間は取れないが、出来る限りの事はしよう」
本当ならお社の補修も行って、完成した当時のようにピッカピカにしてやる! という意気込んでいたマウルだったが、掃除の旨を伝えた際の高野先生の返答はこうだった。
「神社を綺麗にしたいっていう考えは殊勝な事だと思うぞ! だが、今回の行事はトレッキングで、神社の清掃じゃないんだ」
そう言って、先生は休憩の間だけ掃除を許可した。
実際、この神社の境内を綺麗にするには、少人数では日が暮れるまで頑張っても終わらないだろう。
「高野先生はあえて仰いませんでしたが、お二人ともお分かりですよね? 行事の参加者が関係のない行動に従事してしまって、本来のトレッキングが行えなくなれば、団体行動を乱してしまう事になるのですよ」
帽子を被った銀髪の少女、刑塔院 抱月(けいとういん ほうげつ)は厳しげな目を光らせていた。彼女にとっては幾ら善意からの行いとはいえ、規則やあるべき流れを乱すものは許せないのだ。
「分かってるよ……」
若干消沈した様子のマウルだったが、抱月がなんだかんだ言いつつ自分の周囲に生えている草を取っているのを見て、気を取り直した。
マウル達がお社周辺の草むしりに精を出していると、新たな生徒達が近付いて来た。
「これが噂の落神神社ね!」
引き連れたイケメン男子生徒に引けを取らない長身に、ウェーブした金の髪。
人目を引く容姿のブリジット・アーチャーが、腕組みをして社の前に立った。
この神社には、まことしやかに囁かれている噂があった。
曰く、『落神様の好物をお供えすると、落神様の声が聞こえる』というものだ。
「声が聞こえるとか、ミステリじゃない?」
切れ長の目で古ぼけたお社の扉を睨む彼女に、背後に立っていた如月 庚(きさらぎ こう)は黙々とリュックから出した軍手を嵌めていた。
彼らは寝子島高校ミステリ研究会。リーダーのブリジットを筆頭に、噂の真相に迫ろうというのだ。
と、そこへ。
「みんな待ってー、これ歩き難いんだよー……」
ぽてぽてという擬音でもしそうな短い手足の生えた円筒形の物体が、よれよれと石段を登ってきた。
庚が「そんなもの着てくるからだろう」とでも言いたげなクールな眼差しを向けているのに気付いて、くの字でぜいぜい言っていた物体は「ううぅ」と身を捩る。
彼自身も分かっているのだ。こんなの着て来た自分が悪いのだ、と……。
この物体、もとい着ぐるみの名は『ちくわくん』、中に入っている新井 すばる(あらい すばる)の生家である鮮魚店のマスコットだった。
「すばる、ちゃんとちくわは持って来たの?」
「あ、うん……ちょっと待ってね」
ブリジットに問われて、すばるはモゾモゾとちくわくんの中を探った。
取り出されたのは、見るも美味しそうな焼き色が付いた、袋入りのちくわ。
お社には、既に稲荷寿司が置かれている。さや子がお供えしたものだ。
すばるはお稲荷さんの横にそれを供え、手を合わせた。
「うちの最高級ちくわです、お納め下さい。手作りで味も良いんですよー、お客さんにも好評で……」
ちくわを前に拝む巨大ちくわというシュールな場面にも怯まず、庚はすばるの口上が終わる前にさっさとお社の扉を開けて中へ入ってしまった。
「私の推測だと、社の中に誰か潜んでいるのか、スピーカーでも仕掛けてあるのよ……って、庚。まだ何も聞こえてないわよ」
自分の推測タイムも待ってくれない庚に文句を言いつつ、ブリジットも後に続く。
「このまま朽ち果てていく神社に何もしないのは忍びねぇ……目的も手段も一致してる、躊躇する理由はねぇ」
荒れているから掃除という名目だと言い、庚は社の中を観察する。
見た目通りあまり広くはないけれど、見た目程は痛んでいないようだ。
真正面に小さな祭壇らしきものがある以外、あまり目ぼしいものはない。
「暗いな」
という呟きを聞いたブリジットがパチンと指を鳴らすと、彼女の頭上からスポット状に光が降り注いだ。
光の形状故に隅々までは照らせないが、薄暗い場所の光源としては悪くない。
「わっ、凄いねその技、光ってるよ!」
後を追って入ってきたすばるが驚いて歓声を上げる。
が、外から見たらどう見ても円筒形の物体に後光が差しているように見える、かも知れない。
「……何か反応があるかと思ったが」
何のリアクションも返って来ないと知った庚は逡巡の後、おもむろに外から拾ってきた小枝で蜘蛛の巣を取り始めた。
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