●輝け、部活動の星たち(1)●
須藤 清一郎(すどう せいいちろう)が高校進学に期待していたこと、それは……ボクシング部の存在、です。
中学までは、当然といえば当然ですがボクシング部はありませんでした。けれど高校なら期待大です。そもそも、インターハイにもボクシング競技があるのですから。熱い汗とリングの匂い、マウスピースの噛み心地、そして涙や血まで染みこんだサンドバッグ、共に語り合い、ときにライバルとなる仲間たち……考えるだけで頭が沸騰しそうなほど興奮します。
「今までは、自主練やったしな、やっぱり設備のそろってるところで活動せな!!」
わくわくしっぱなしで入ってきたのはいいのですが、清一郎には一つ、心配ごとがありました。
「って……ここってボクシング部あるんかいな??」
という、なんだか根本的な疑問です。
いえ、なかったらなかったでいいのです。顧問を見つけ申請し、仲間を集め同好会からスタートする決意が清一郎にはあります。
「頑張るで~~!」
ぶん、と拳を振り上げた清一郎は、その鋭い目に笑みを浮かべました。
『ボクシング部、入部者募集』
と書かれたポスターを見つけたのです。
ウェルター級ボクサー須藤清一郎の歴史はここから始まる……のでしょうか。乞うご期待です。
「らくがお仮面? そんなの俺には関係ねぇな」
打ち上がったファールボールを拾うべく、目で追いながら新庄 武蔵(しんじょう むさし)は呟きました。鷹取とかいう上級生の演説めいたものは一応聞いたのですが、それよりも武蔵は野球のほうが大事です。
彼は既に野球部に入部しており、今日も全体練習に参加しているのです……球拾いとして、ですが。
次の瞬間にはもう、鷹取の顔もらくがおという奇妙な言葉の響きも、武蔵の頭から消え失せていました。
野球は体力が資本、たとえボール拾いでも全力で走ります。
ボールを拾ってグラウンドを眺め、武蔵は歯を食いしばりました。バットの快音、ボールの手触り、土の匂い……それがあんなに遠い、なんだか手が届かないところに感じられます。昨年までの中学野球では不動のレギュラー、セカンドを守って好成績も残したというのに、高校に上がれば下っ端中の下っ端、球拾いから出直しなのです。
「くっそー羨ましいぜ。俺も早くレギュラーに……いや、まずはベンチだな」
でも武蔵は腐ったりしません。この程度で挫けたら、スポーツ特待生の名が泣くでしょう。
レギュラーになればもっときっちりした練習ができる――そう思うから頑張ります。
「こんなんじゃまだまだ足りねぇ……こんだけの努力じゃ試合になんて出れっこねぇな」
いつか栄冠が輝く、そう信じて頑張ります。
「え、違うのでありますか?」
権兵 衛(かりべ まもる)通称『ゴンちゃん』、女子、眼帯と長いマフラーをいつも身に付けている高校一年生……は、180センチ直前のすらりとした長身をやや屈めて、それこそ動物園のレッサーパンダみたいにきょとんと立ち尽くしていました。
「全然違ーう!」
四方八方から集中砲火のようにツッコミが跳びました。
本日、女子テニス部に仮入部した彼女は、『実力を見たい』と言われ練習試合のコートに立ちました。そりゃあ、張り切るでしょう。その爆発的な運動神経を活かし、衛は対戦相手に剛速球のボールをぶつけノックアウトしたのです。
「テニスとは、そのような野蛮なものではありませんわ」
テニス部二年生、財前 華蓮(ざいぜん かれん)は、軽い頭痛を覚えながら言います。「最近噂になっているらくがお仮面について調べなければいけませんわね」と出かけようとした彼女でしたが、入部希望者がいると聞いて勇んで戻ってきたのです。眼帯とマフラーをどうしても外さぬ不思議な新入生でしたが、体格は恵まれており将来有望かも……と思ったものの、いきなりこれです。
相手選手が運ばれていくのを横目に、華蓮は改めて衛に問いました。
「テニスは相手と技術を競うもの。デスマッチをするものではなくってよ。その知識、どこで身につけたものですの?」
「テニスのルールは、『とりあえずラケットで打ったボールを相手にぶつけて立てなくすれば勝ち』だと、流し読みした漫画で学んだのでありますが……」
「……つまりルールブックの類はお読みになったことがない、と?」
「はい、自分は説明書は読まずに体で覚えるタイプなのであります!」
ところが華蓮はさすが、負けず嫌いのお嬢様です。そのような言葉に心が折れることはなく、それどころかふと、直感的に思いついたのです。
「その眼帯とマフラー……素顔を隠しているような…………ハッ! あなたはもしや、らくがお仮面!?」
「そうくるでありますか!?」
「そうくるもこうくるも、わたくしの灰色の脳細胞が導き出した見事な推理……なはずですわ!」
ちょっと自信がないので微妙な言い回しとなりましたが、華蓮はコートに飛び込むとしゃにむに衛に飛びかかりました。
「神妙にお縄を頂戴なさいませっ!」
「誤解でありますよーっ!」
焦って衛はコートのネットをぶちぶちぶちっと引きちぎり、華蓮をぐるぐる巻きにして逃走するのでした。
「って、なんですのー!? お待ちなさーい! っていうか皆様、助けてくださいましー!」
「お邪魔しました、でありますーっ!」
華蓮はパニック、衛もパニック、さんざんなテニス部仮入部となってしまいました。
――背は小さいし髪はふわふわ、このルックスではどうしたってスポーツマンには見えんやろけど、バスケにかける情熱は誰にも負けへんて思ってる、いや……負けん!
ごめんやけど、らくがき犯人になんか興味はない、綿会 日華(わたらい にっか)は、ただ真っ直ぐにバスケットボールの練習場に入りました。
彼女を見てあなどる者は、すぐに後悔することになるでしょう。小さかったら高く跳べばいいんです。身長はバスケ選手としてはかなり低い部類に入りますが、日華は中学のバスケでは規格外の運動能力を誇るトップレベルの名選手であり、この寝子島高校にも晴れてバスケ特待生として入学を許されたのです。入学が決まってからは、まだ入学式すら始まっていない段階からバスケ部に顔を出し練習に参加していたというど根性、狙うポジションは中学時代同様スモールフォワードでした。
本日、日華は練習がはじまるまで、寝子ヶ浜海浜公園を何周もジョギングしてきたのですが、そんなことはおくびにも出しません。だってこれはいつものことですから。
さっそく始まるハードな練習は、たちまち彼女に大量の輝く汗を流させるのですが、指導の有紀先生の「声出せー!」という呼びかけには気合いいっぱい、元気よく応えます。
「まだまだいけるでー! ファイトや-!」
若干十五歳の新入生だというのに、もう日華の熱さは群を抜いています。
日華がチームを引っ張り、この学校をインターハイに導く日も、そう遠くないかもしれません。
はじめての方へ
遊び方
世界設定
検索
ヘルプ