●おいでませ陸上部!●
「こおらぁ~~!」
にぐぐぐぐぐぐぐぐぐ。
白守 ムムカ(しらもり むむか)の必殺、チョークスリーパーが心天 鉄真(ところてん てつま)の首にがっちりと決まったのです。
「ギブギブ、ギブ!」
女の子に背後から絞め技をかけられているわけで、もう少し喜んでもよさそうなものでしょうが、酸素供給が完全に止まった鉄真としてはそれどころではありません。ぱったんぱったんムムカの膝を叩いて、ようやく鉄真は拘束から解かれ ぜーはーと息をつきました。
ムムカと鉄真は幼なじみ、「テツ」「ムム助」と呼び合う仲です。今日は二人揃って陸上部の見学に来ていました。
そもそも陸上競技に興味があるのは、中学時代に短距離選手だった彼女のほうだけで、鉄真は入る気もないでしょうに、それでも「ヒマだし」と言って当たり前のように付いてきていたのです。
「ヨロシクお願いしまーす」
このように鉄真が礼儀正しかったのは最初だけでした。
すでに陸上部に籍を置いている一年生志波 拓郎(しば たくろう)が説明を始めると、
「陸上部の女子って薄着なんだなぁ……ふむ……?」
などと意味深な目で、やはり一年生の在籍部員七音 侑(ななね ゆう)らの姿を眺めはじめ、
「あっそれより女子の人数は」
「女子率が高い種目は?」
「男女どれくらいの合同頻度なんですか?」
などと矢継早に、下心丸出しの質問をはじめたのです。これにムムカの怒りが爆発、たちまち天誅、となったわけでした。
「テツ! 真面目にやらないんなら帰れよ!」
「大真面目だって、大事な事なんだよ!!!!」
「なに力説してんの!」
そんな二人を見て、郡 トモエ(こおり ともえ)は侑に耳打ちしました。
「侑ちゃん、大丈夫かなぁ……? 彼、もしかして噂のらくがお仮面とかかも?」
「あや~? 大丈夫じゃない? ムムカちゃんのほうは真面目みたいだし。それに鉄真君だって、落書きがどうの、って感じじゃないし、むしろあの好奇心と観察眼はちょっとしたもんだと思うよ」
「えーと、それはつまり……」
「うにっ♪ 鉄真君、マネージャーになってくれないかなぁ、なんて♪」
本当に無邪気に侑は言うのです。そんな純真な侑を見ていると、それもそうかな、って気になるトモエなのでした。そもそも事件当時、陸上部は島外の大会に出ていたのでらくがお仮面の潜伏確率は限りなくゼロに近いのです。
「それじゃあ……部室や施設を……紹介しよう」
拓郎は、一年代表として案内役を任されているのでした。今日は彼が案内を受け持つ初日となります。いくらか固くなりつつ、彼はムムカと鉄真を案内するのです。
「まず今いるここが陸上部部室……熱中症対策用のお茶とか飴とか……とりあえず、おひとつどうぞ」
塩飴をひとつずつ配布して、歩きながら説明していきます。体育館前まで来ると、北校舎と体育館を交互に指しながら言いました。
「雨の日は校舎の階段を使って階段トレとか、体育館の一角や濡れない所で筋トレとかしてる」
さらにグランドへと移動して続けました。
「あとは短距離走のトラックがここで……長距離走のがここ……今サッカー部とかが……練習中みたいだから使えないけど……その時は門を出て学校の外周を走ったりしてる」
その頃ちょうど、サッカー部のところでわっと歓声が上がりました。誰かが凄いシュートでも決めたのでしょうか?(※2ページ前を参照して下さい)
さらに歩いて、拓郎は砂場の前で足を止めました。
「そして………ここが幅跳び用の砂場……少し跳んでみるか」
たたっ、と助走をはじめて、彼は、しまった、と思いました。
つい癖で、頬を両手で軽く叩いて走り出してしまったのです。彼がこの仕草をしてから五秒以内に助走開始すると、それは彼のろっこん『ハイヤードジャンパー』発動の条件を揃えることになるのです。今、まともに跳んでしますと、オリンピック級の超ジャンプが飛び出してしまうでしょう。
「ええっ、と……失敗失敗」
わざとらしく言うと拓郎は足を止めて頭をかきました。
「ん……タイミングがずれちゃった……な」
今度は普通に跳びました。そもそも、普通にやっても彼は優秀な選手です。いい飛距離を出してすとんと着地しました。
「すごいですね!」
ムムカが素直に手を叩きます。
「今度は女子がやってみて!」
鉄真が邪気たっぷりに手を叩きます。
そして、
「ギブギブ、ギブったら!」
にぐぐぐぐぐぐぐぐぐ。
……またもムムカにお仕置きされました。
本当は人前で話すのは苦手なのに頑張った拓郎を称え、つぎにトモエが話し始めました。
「うちは長距離が得意でハードル走が好きなんだ。せっかくだし得意な長距離のことでも教えちゃおうかな♪」
トモエは本当に走るのが大好きなのです。軽くステップしながら言います。
「長距離に大切なのはフォームと呼吸法の二点。これをつかめばマラソン大会で大活躍だよ♪ まずフォームの話だけど、手は軽く握るぐらいにして、体の上下移動が少なくなるようにを心がける。脚の使い方はかかとで着地してから体重を前に移動させ、最後につま先で地面から離れているかが大切だね」
なお、呼吸法については、二回息を吐いてから二回吸う、と教えるのでした。
「あえて吸うよりも吐くことを先に、意識の重点を息を吐く方に置いてほしいってかんじかな?」
えっへん、とレクチャーを終えると、
「じゃあみんな、ちょっと一緒に走ってみない?」
話しているうちにいてもたってもいられなくなったのでしょう、もうトモエは走り出していました。
「よーし、行こう! テツも走るぞ!」
「えー俺もー?」
ぶつくさ言いながらも、結局のところきちんとムムカに付いていく鉄真なのでした。
そんな鉄真に、ひょいと侑が並びました。
「ねーねー、鉄真君?」
今日が初対面ですが鉄真は、走っているせいかやや上気しています。軽い口調で応じました。
「おっと侑ちゃん、なんだい?」
「お願いがあるの」
「何でも聞いちゃうよ」
「マネージャーになってくれない? 陸上部の♪」
「……ちょっと考えさせて……」
「何でも聞く、って言ったじゃなーい」
しぱーっ、と逃げていく鉄真です。こういうときだけは本当に足が速い彼のようです。
その後は侑からハードル競技の説明を受け、充実した気分でムムカはグラウンドに座りました。
「はー。楽しかったぁ」
と深呼吸して彼女は言いました。
「入部届けしていいだろか」
「まあ、ムム助はそれでいいだろうな。けど、競技はどれにするか決めてないぞ」
「……色々迷うが長距離がいいな」
そうか、と鉄真は笑いました。ムム助が好きなものにしたらいい、と言い足します。
「それで、鉄真はどれにするのだ? 競技は」
「まずは入部の意志を訊いてくれよ~」
「テツの入部はムムカが決めてあげたからいいのだ。えっへん」
「えっへんじゃないだろ~」
言いながらも鉄真は思うのです。これはもう、入るしかなさそうだな、と。
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