●われらサッカー部●
一年生ですが工藤 耀(くどう あかる)は、入学早々サッカー部に入部届を提出し、すでにその一員として練習に参加しています。
入部にあたってまったく迷うことはありませんでした。小中とサッカー部、地元クラブにも所属していたという耀は、高校でもサッカー部に入ること以外考えられなかったからです。
アップルパイの袋をくしゃくしゃと丸め、耀はこれをゴミ箱に蹴り入れました。ふわっと袋は風に乗り、吸い込まれるようにゴミ箱に……落ちそうになったもののその縁に当たってこぼれています。
「まあボールのようには行かないか……」
苦笑いしてこれを拾ってゴミ箱に投げ込むと、耀はグラウンドを目にしました。
「昨日よりずっと人が多いような……?」
運動部は春休みも活動中ですが、今日はひときわ賑やかです。知らない顔、それも、ちょっと前まで中学生だったような顔(まあ自分もそうなのですが)が多いのを見て耀はピンときました。どうやら仮入部や見学がたくさん来ているようです。
「校門前の勧誘が今頃効いてんのかな……?」
ふと、つい最近の『黒歴史』な記憶が彼の脳裏に蘇りました。
「まさか……俺が猫耳付けて勧誘したの覚えてるやついないよな……っ」
今日は練習はいいから新入生勧誘を手伝え、と言われてその日一日、耀は新入生を片っ端から勧誘したのですが、「目立ったほうがいい」「似合う」などとおだてられて、つい黒猫の耳型カチューシャなんて付けて盛り上がってしまったのでした。一部女子には好評だったようですが、あとから写真を見て、そこはちょっと、反省しております。
「お、やってるなーサッカー部」
耀が着替えてグラウンドに上がると、制服姿の少年が話しかけてきました。彼は的場 カンタ(まとば かんた)というそうです。爽やかな外見ですが、なんとなく少し軽薄そうなところもあります。
「俺も一年で工藤耀ってんだ。ちょっと難しい漢字使う名前だけど、読み方注意ってことでひとつ」
仮入部かい? と耀が訊くと、カンタは首を振りました。
「え? 仮入部じゃないよ、みてるだけー」
「サッカーは見てるだけじゃ面白くないだろ。ちょっとやってかないか?」
耀はそう呼びかけるのですがカンタのほうは、
「まあちょっと人を探してる、ってのもあってな……」
などとお茶を濁します。このとき、
「おっ、あそこに知り合いがいた。おーい汐崎~」
カンタが出し抜けに言って手を振りました。
汐崎というのは汐崎 キミ(しおさき きみ)のことです。耀と前後して入部した一年生で、日本生まれフィンランド育ちという経歴の持ち主です。日本人の父とフィンランド人の母を持ち、父の故郷である日本には、高校入学と同時に戻ってきたといいます。
「もい!」
キミはそう言って片手を上げました。これはフィンランド語(スオミ)の挨拶です。彼は日本語もかなりできますが、咄嗟のことだとついフィンランド語のクセが出てしまうということです。
キミはドリブルの練習中らしく、流麗にボールを操りスイスイと駆けていました。かなりの速度のようです。その証拠に彼の背を、仮入部と思わしき一年生がドリブルで追っているのですがどんどん距離が離されているのです。そればかりか、平然としているキミに比べると皆、ゼイゼイと荒い息をしているようでもあります。
「ああ、汐崎と知り合いなのな」
「まあねー。にしても汐崎の奴、上手いからか目立つな……見つけやすくていいや」
ふとカンタはグラウンドの隅に眼を向けました。このときその場所には、姫神 絵梨菜(ひめがみ えりな)の姿がありました。彼女はマネージャーとして仮入部し、サッカー部に潜入しているのです。
絵梨菜はグラウンド脇の水場で洗濯を手伝っていました。仮入部でそこまでしなくてもいいとは言われたのですが、彼女は部室を見るなり、
「やーん、きったなーい! みんな汚しすぎだよー!」
と、その内部のあまりの汚さに仰天して、率先して掃除洗濯を申し出たのでした。
潜入、と書いたことからもわかるかと思いますが、絵梨菜がサッカー部のマネージャー志願をしたのは、らくがお仮面らしき人物がこの部活にいないか調べるためなのです。制服のミニスカート姿のままで、グラウンドの脇の水場で洗濯しながら周囲をきょろきょろ見渡し、彼女はらくがお仮面らしき人を探しています。
このとき突風が吹きました。
「きゃ! 旗がーっ!」
彼女はサッカー部の旗(ちなみに、数ヶ月はそのままであったと予測できるドロドロだったもの)を洗って干していたのですが、これが煽られて洗濯ばさみを弾き飛ばし、ぺろりと物干し台から落ちました。
物干し台の下はグラウンドです。せっかく洗ったのに元の木阿弥ドロだらけ……と、思われたものが、
「おっと、セーフ♪」
カンタが歌うように言うと、まるでそれに合わせるように、旗は落ちる寸前でまた風に跳ね上げられもちこたえました。
「……目の錯覚かな?」
耀は思わず目を擦りました。旗はまるで、自分から身を捩ったようにして物干し台に戻ったのです。少なくともそういう風に見えました。
「おおっと、これはラッキーなこともあるもんだなあ~」
カンタがそう言って口笛を吹いたりしています。
皆さんにはもうおわかりでしょう。カンタは念力という『ろっこん』を使って旗を戻したのです。いや、実のところを言いますと、旗が落ちそうになったこと自体、彼のしわざでした。それほど強い風ではなかったのです。
「それはそうと」
と、耀はカンタに問いました。
「さっき汐崎のことについて言っていたけど……?」
「うん、彼って顔も格好いいしサッカーも上手いし最高だよねー」
カンタのその発言はちょっとばかり、耀をむっとさせました。
「そうは言うけど、俺だってそれなりにやるよ」
「本当~?」
少し面白くなってきて、カンタはややからかうような口調になりました。
「だったらそこで見ててくれ。おい汐崎」
耀はキミに呼びかけます。
「仮入部者にうちのレベルを見せておこう。ワン・オン・ワンで勝負しないか?」
「いいね、イイネー」
小さなゴールを二つ用意し、これを互いに守りあい攻めあうという練習を申し込んだのです。
一進一退、烈しい攻防の末、一瞬の隙を突いてボールを奪った耀がシュートを放つと、その場にいた全員が息を呑みました。
助走して大きく振りあげたあと腱のバネを使うように、全身を使うように、インステップキックで鋭く打ちこむ……という理想的なシュートだったのですが、そのフォームが目を奪ったのではありません。
蹴られたボールは極端に逸れたかと思いきや、ぐんぐん、ありえないほどの急カーブを描きゴールに突き刺さったのです。それも、ネットが破けそうなほど激しく。ゴールの瞬間には、ぶわっと土埃が立ちました。
「おほっ!?」
これにはキミも仰天です。ぴょんぴょん跳ね回るようにして声を上げます。まるで自分が得点したかのような、いや、それ以上の喜びようです。
「スゲーシュートじゃン!! ねえ工藤君、その蹴り方教えテ! 教えテ!」
「え!? いや、これは、俺も……驚いてる」
自分のなしたことでありながら、呆然と耀は立ち尽くしています。まさか必殺技を習得してしまったとか――と、内心胸はドキドキなのです。
ですがもちろん、これもカンタの念力だということは言うまでもありません。
――くくっろっこん楽しー、癖になりそう。
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