●弓道部に候●
弓道場の入口で、三崎 楚良(みさき そら)と夏上 翔太(なつかみ しょうた)はばったり出会いました。
「先、どうぞ」
青い目の楚良が道を譲ろうとすると、
「いや、お前のほうが早かった。先に通ってくれ」
侍を彷彿とさせる容姿の翔太は、むしろ一歩下がりました。
「俺は体験入部のために来たんだ。後でいいよ」
「それなら同じだ。俺も体験入部希望だ」
「ああ、じゃあもしかして目的も同じ? らくがお……」
「仮面」
ぴたりと言葉が一致して、二人は少し、表情が和みました。
歩きながら名乗りあい、ここに至った過程を話します。
「いい機会だから弓道部に仮入部してみるか……と思ってな。弓道に関してはまったくの素人なので、ほとんど興味本位だが」
と楚良が言うと翔太も頷いて、
「俺もできるのは空手くらいだから……同じ武道ということで弓道部を希望しただけで、いわば興味本位だ。精神を研ぎ澄ますにはちょうどいいかもしれない、とは思っているが」
と答えます。
「仮入部の希望者かな?」
白筒袖、紺の袴の上級生が出てきました。たるみ一つない服装、手にした弓もよく手入れされているように見えます。表情は柔和で、エーゲ海のように澄んだ蒼い瞳をしています。彼は二年生、楓 京介(かえで きょうすけ)と言うそうです。
「はい。体力には自信は無いが、集中力だけはあると思う」
「己を鍛える事に興味があって来させてもらった」
どことなく無骨な二人の名乗りですが、京介は笑顔で頷いて振り返りました。
「稲葉君、君と同じ一年生だよ。ごく簡単な基本を教えてあげてくれないか。仮入部なんだけど、二人とも残ってくれたら嬉しいな」
できれば、弓道の楽しさが伝わるようにね、と京介は穏やかに言うのです。
そんな柔和な京介とは趣が違って、きりり凛然たる目をした少女が、楚良と翔太を迎えました。彼女は稲場 舞(いなば まい)というそうです。
「現在はオリエンテーション期間ですが、一足速く弓道部として活動させてもらっています」
と言う彼女は、なるほど古武術が似合いそうな和風の美人です。もっと愛想良くしてもよさそうなものですが、きっ、と口を結んで怒ったような顔をしています。
「あなたたち聞いた? らくがお仮面という不埒者の話を」
「ああ」
楚良は頷き、翔太も言いました。
「実をいうとその調査を兼ねて仮入部したという経緯がある。もちろん、弓道に興味があるのは事実だが」
「本当?」
と言うと舞は少し相好を崩しました。どうやら彼女も、らくがお仮面に警戒していたもののようです。種明かしすれば、二人のどちらかがそうかもしれない、とすら考えていたのでした。
舞は思うところを告げました。
「先輩方にもよくしてもらっていますし、弓道そのものにも誇りがあります。だからこそ、悪意のある輩が紛れ込んでいるかもしれないという事態は許せません!」
ただ、と舞は言うのです。
「そもそも弓道とは一朝一夕でできるようなものではないので、忍び込んだといっても必ずどこかでボロが出るでしょう……どうも、そんな学生はいないようです。今日来ている一年生は、私の他はお二人だけですし」
それでは、お教えしましょう、と彼女は二人の手を取って基本中の基本をレクチャーしてくれます。無論、最初から矢を撃つのは危ないので構えかた等がメインになります。
「弓道に重要なのは心構えです。気持ちを落ち着かせ、精神を集中することが一番大事なのです」
「なるほど……」
ぴたりと構えてみて、不思議とこれが落ち着くことに楚良は気がつきました。初めてなのですが、弓の握り具合も手に馴染みます。楚良は祖母がドイツ人のいわゆるクォーター、自分のルーツについてこれまで、あまり考えたことがなかったのですが、ひょっとすると先祖が弓矢で戦っていたことがあるのかもしれません。日本の先祖とは限りません。それはドイツの話なのかも……。
一方で、舞に手を取られて翔太はいくらか、緊張してしまう自分に気がつきました。元々、人と接するのが苦手なところもあります。肉親以外の女性と、これほど近い距離にあることは滅多になかったということもあるでしょう。ともかく、なんだか心臓が高鳴るのです。
――ええい!
己の心臓に斜め四十五度からチョップを入れたい、と彼は思いました。そうすれば故障したテレビみたいに、ぴたりと直るかもしれませんから。
そんな一年生たちを眺めながら、京介は悠然たる笑みを浮かべていました。なにやら怪しい人が出没しているという噂は彼も聞いています。けれど、この神聖なる弓道の学舎に、入ってくるとは思えないのです。
けれど、けれどです。
――もしいたとしたら……勧誘でもしようかな?
そんなお茶目なことも考えてしまう。そんな京介なのでした。
けれど二秒後にはそんな雑念は消えています。
さあ、考え事はこの辺にして、そろそろ後輩たちに、お手本を見せてあげるとしましょうか。
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