木々の葉の間から温かな光が弱く差し込む。
心地よい静寂に満たされたその場所は、周辺の猫たちの集会場所になっているらしい。
猫好きな人なら、集う猫たちに誘われて、この場所を訪れることができるかもしれない――
(木陰の下、自由気ままに寛ぐ猫たちに混じり
白狼と白狐の縫いぐるみを抱いて微睡んでいる)
(無防備な寝姿を確認し、そっと安堵の息をつく。
彼女に身を寄せて鳴く猫に
言葉は分からずとも感じるところがあったのか
青い瞳を静かに伏せて)
唯のお節介だし、自己満足よ。
私が嫌だった。ただそれだけなの。
…有難う。
(所詮他人事と処理するのは容易なこと。
けれど、それは堪らなく嫌だった。
これは唯自分のエゴを押し付けただけに過ぎず
それを不快と感じ取るものも
この世にはごまんといるだろう。
だからこそ、それを受け入れてくれた彼女と猫に
有難う、とそう、感謝の言葉を口にした)
…いい場所ね、ここは。
優しい場所だわ。
(果たして効果はあったのか?
寝息は深く、
眠っても強張っていた体の力が、ふわりと抜けた)
………すぅ……か…ぅ…‥…
(ぽそりと小さく、寝言のようなものを漏らす。
泥のように眠ってしまったそんな姿を見れば
効果はおそらく、あったのだろう。)
(黒猫が一匹、静かに寄ってくると
眠ってしまった彼女の手に小さく頭を擦り寄せて
「ニャア」と一声、冴来に鳴いた。
それはこの辺りでは見たことのない猫で、
なにかを伝えたかったのだろうか。
ありがとう、とか)
…お休みなさい、可愛い子。
貴女の眠りは私が守るわ。
(糸が切れた様に眠り込む儚い少女の髪を撫で
「守る」とそう、柔らかな声に確固たる意志を込めて口にする。
「家においで」と、そう言ったけれど。
自分や義妹がそれを許そうと
彼女の心が彼女自身にそれを許すのは
容易いことではないだろう。
もしかすると彼女は今後も独りきり
恐怖に怯え、凍える様な生活を続ける道を選ぶのかもしれない。
だとしてもせめて、今だけは。)
ーー貴女に幸福が在ります様に。
(彼女の眠りを妨げぬよう、静かな声で口にして
自身の指に咲く青の薔薇へと口付ける。
その想いと行動は青薔薇の少女がその身に宿す
神魂の力を呼び起こすには十分なもので。
不可思議によって押し上げられた運気が何を招くか。
それは不確かなことではあるが
眠りに落ちた少女が幸福な夢を手繰り寄せる為の
手伝い程度にはなるだろう。)
………そう、ですか……
(いつか、誰かが
同じ言葉をかけてくれたような‥‥
気のせいだろうけれど、そんな気がして。
彼女の大切な勾玉を両手で包み抱きしめて
ふわりと暗くなる視界)
……
(相当疲れていたのだろうか
そのままふらりと倒れ込んで)
(戸惑う様子の彼女に優しく微笑み)
私のとっておきのお守り。
大切な人から貰ったものなの。
貴女にだけ特別に貸してあげる。
(他の人には内緒よ、と唇に人差し指を当て)
勾玉は厄災を退けると言うし
きっと悪い夢だって見やしないわ。
だから、安心してゆっくりお眠り。
(また冗談を言って笑う彼女の手から
何かペンダントのようなものを手渡される。
両手の上に乗せられた勾玉と彼女を交互に見比べて)
これは……
(身に着けているということは
彼女の大切なものなのだろう。
そんなものを私なんかが、
借りてしまってもいいのだろうか?)
ええ。少しと言わず、好きなだけどうぞ。
なんなら膝枕と子守唄をつけてもいいぐらいだわ。
(くすくすと笑いながらそう言って
「眠っている間貸してあげる」と
勾玉のペンダントを取り出して彼女の手に乗せようとする。
それは常ならば他者に貸し出そうなどと
一欠片も思わない程大切なもので。
けれど「彼女になら貸しても構わない」と
不思議と自然にそう思った。)
(彼女が見ていてくれるのなら
少しくらいなら寝ていても、大丈夫。
そう思えてしまう不思議な何かがあった)
少し、だけ……。
……少しだけ、お願い、できます、か……?
(指の間を少しだけ開けて
ちょっとだけ、のジェスチャーをしながら)
こんな山奥だもの。人が来ることは早々ないんじゃないかしら。
お守りだってあるし、怖いことはきっと起こらないわ。
(一緒にお昼寝とは言ったが、青薔薇の少女に眠る気はなく
彼女の眠りを守るつもりでいるらしい。
誰か来たら起こしてあげると、そう言って穏やかに微笑んだ。)
(数回の深呼吸で息を整えて
そよ風がふわりと頬を撫でる。
少し、落ち着いた)
え、っと……
(私は、そんなに疲れた顔をしていただろうか
確かに眠いのだけれど。
心配そうに気を使ってくれる彼女に、あまり心労はかけたくない
浅い眠りにも寝不足にも、もう慣れてしまったこともある)
誰も、来ません、か……?
(不安げに左右を見回して。
今のところは誰の気配も感じないが)
そう?ならいいのだけど…。
今の貴女、顔色があまり良くないし
辛いようなら無理しちゃだめよ?
(日陰にいる関係でそう見えるだけか、と考えつつも
どうもそれだけでは無いように思える。
体調の問題でないなら精神的なものだろうか…。)
…ああ、そうだ。もしかして眠い?
初めて来た場所だけれど此処は中々居心地がいいし
一緒にのんびりお昼寝でもする?
だい、じょうっ……ぶ、です…っ………
(こくこくと頷きつつ肩で息をして
呼吸を整えながら、か細い声を絞り出すようにそう言った。
顔色は、元の眠たそうな表情と相まってかなり悪く見えるのだけれど)
ああ、いいのよ。大丈夫?
何処か具合でも悪い?
(離れようとするなら無理に止めることはしない。
心配そうに少女の顔色を伺う。)
(こんな場所までは、おそらく誰も来ないだろう。
ずっと張りつめていた緊張が少しだけ緩んだらしい
気が遠くなったかと思えば
ふわりと暖かいものに受け止められる感覚)
……?
………わ、わ……!
(慌てたように、
パタパタと離れようとする)
…似てるの。私も人が怖いから。
毎日怯えながら生きているから。
(何度も優しく繰り返し、恐怖を宥めるように髪を撫でる。
彼女を怯えさせる原因がなにかまではわからない。
なにせ、先程知り合ったばかりなのだ。
抱える恐怖の色にしても、ただ似ているというだけで
同じものではないのだろうけど。)
っと…?
(突如バランスを失い傾ぐ小さな身体を
少々驚きつつ抱き止め支えようと)
…………
(いつまで経っても痛みは無く
むしろ優しく触れる感触に目を開ける。
髪に触れる手には、汚れて乾いた、
パサパサとした髪の感触が伝わる)
い、いえ……そう、でしょうか…?
(少し似ている気がする。そう言われて
彼女のことなんて何も知らない私は、小さく首を傾げた。
静かに髪を撫でる手に
目の前には自身の言葉に苦笑を浮かべる、
ひとつ年上の少女。
撫でる手は心地よくて、
彼女が本心からそう言っているのだと。
少なくとも痛みを与える存在ではないと、理解できた)
……
(突然ふらり、と傾いで)
そうよねー…。
今日初めて会ったばかりだものね…。
(怯えた様子に一度手を止めて。
けれど引き戻すことはせず
怖がる必要はないという様にそっと
小さな生き物を撫でることに慣れた
優しい手付きで汚れた銀の毛並みを撫で)
突然言われても困ってしまうわよね…。
お節介でごめんなさい。
なんだか他人の気がしなくて、つい。
貴女は少し、私に似ている気がするわ。
(そんな言葉と共に小さく苦笑する。
もし彼女が手を振り払わないのであれば
そのまま静かに髪を撫で続ける事だろう)
なに、も……
(困ったような表情を見ると、ふるふると首を振る
何か困らせてしまったらしい
そんなつもりは、なかったのだが
他の人の心の内を読むのは、苦手なのだ)
え…?
(その後に紡がれた言葉に、呆けたような声が漏れた)
…い、いえ……そんな……
(仲のいい友人ならいざしらず
今日、それもついさっき初めて会った彼女にそんな迷惑はかけられない。
――友達なんて、いないのだけれど)
っ……
(ふと頭に伸びてきた手に
怯えたように目を閉じて縮こまる)
あら……?
(彼女の表情が悲しげに曇るのを見れば
どうしたものかと少し困った顔をする。
何か傷付ける様な言葉を口にしてしまっただろうか。)
そう、一年も…。
(生い茂る木々のカーテンを潜り
薄く差し込む陽光に照らされる少女の様子を伺えば
その銀色の髪についた幾つかの汚れに気がつく。
…野宿をしているというこの少女は
満足に身を浄める事も出来ない生活をしているのではないか。
そんな考えが頭に浮かび、胸の奥がチクリと痛んだ)
…ねぇ。
もし貴女さえ良ければだけど、私の家で寝泊まりする?
妹と二人で暮らしている家なのだけど
私、今は他の人のお家でお世話になっていて
丁度部屋が余っているし。
妹も、とっても優しい良い子だわ。
だから、もし良かったら。
(そんな提案と共に、彼女の髪を撫でようと手を伸ばす。)