●胸像前の攻防っ!●
「そっちに行ったぞ!」
追われるようにして、やたらとソウルフルになった鷹取先輩が駆けてきます。
その眼前に立ちふさがったのは綾辻綾花でした。
「落書きしたら綺麗に消しておかないといけないんですよ!」
綾花はタックルして先輩を止める所存でした。場合によってはぎゅっと抱きしめてでも……。
しかし両腕を拡げる彼女を、巧みに先輩は回避しました。
「ふははははははははは!」
ああ、その顔……あれがついさっきまで、親切に学内を案内してくれたあの人でしょうか。血走った目をして左手に握りしめた絵筆を振り回す彼が、あの鷹取先輩と同一人物とはどうしても綾花には思えません。
――先輩は一時的におかしくなっているだけなのでは……。
そう思いたい綾花なのです。
こんな騒ぎの中でも、皆、それぞれの思惑があるようです。
八城 昌也(はちじょう まさや)はこの意外性あふれる展開に、なんだかわくわくして仕方がありません
「まさか鷹取先輩が犯人だったとはねえ……。探偵が犯人、っていうどんでん返し?」
二年生三年生が怪しいとにらんで、昌也は弓道部の楓京介に聞き込みに行きましたし、テニス部の財前華蓮にも会いました。家庭科同好会の錦織彩とは話らしい話はできませんでしたが、軽音楽部の秋風透とは色々と盛り上がる会話ができました。このとき透には、犯人の『犯行作品』も見せてもらっています。
ですがその『犯行作品』を見たことで、ますます昌也の「らくがお仮面の電光石火の早ワザ芸術を見てみたいな~♪」という気持ちは昂ぶったということは申し上げなければなりますまい。犯人が誰かということは、昌也にとってはそれほど重要な意味をもちません。彼の超絶技法が見たいだけなのです。
その昌也同様に、いや、ある意味もっと激しく、胸を高鳴らせている少年がいました。
「RAKUGAOカメ! comeダヨ!!」
ハレルヤ・マイサン(はれるや・まいさん)です。
彼は、つねに着用している西洋甲冑のヘルメット(アーメットヘルム)を、キョーゾー(胸像)の陰からほんのりと出していました。胸像の立派な禿頭の上に、ヘルメットの立派な角が飛び出ています。そうです、ハレルヤは胸像のすぐ後ろにいるのです。
「こうやってキョーゾーの後ろから兜&頭だけ出してれバ、一周して逆に怪しくないかもしれないヨ!」
オブジェというか、胸像の上に設定された置物のように、勘違いしてもらえたら嬉しいなとハレルヤは思っているようです。
……さすがに、無理な話でしたか。
「なんていうか、君、怪しくない?」
花厳 望春(かざり みはる)が、そんなハレルヤの頭部を見上げながら言いました。
「白昼堂々&電光石火の早ワザで芸術を展開するなんて、らくがお仮面はよっぽど度胸と運動神経がある人だと思うし、実際、鷹取先輩を見ていたらそう思わざるをえないわけだけど」
でも、と改めて望春は、棒付きキャンディーの包み紙を解きながら言うのです。
「それでも君の甲冑ヘルメットを見たら、警戒して近寄ってこないんじゃ……」
「Wow! これ、怪しいことナイヨ! Coolね!」
「いやでもそれはいくらなんでも……」
望春が首をすくめたそのタイミングで、
「ああ、そうだろうよ!」
熱い熱い、それこそ溶鉱炉から出てきたばかりの鉄のように熱い断言とともに、金髪の青年が現れました。
「そのヘルメットにも魂(スピリット)は感じるがどこか足りない。やるのなら、これくらいやるんだな」
高校三年らしく風格の漂う姿です。彼は大股で闊歩しつつ胸像に近づきます。
「洋二……ヤツじゃ確かに役不足だ。だが、漆黒の堕天使にしてグラサンの天使である俺は別だ!」
なにがどう別なのか突っ込みたくなるような発言ですが、望春はもちろんハレルヤですら、言葉を失って立ち尽くしました。当然の反応といえましょうか。
「伊達ワル横綱は逃げも隠れもしない!」
と言い放つ彼は金髪にサングラス着用、それだけなら格好いいものの体はほぼ全裸、しかも全身ヒョウ柄のボディペインティングがなされ、しかも黒のふんどしをまわしがわりに巻いているという、個性的というにもエキセントリックすぎ、面白いというにしても何か異様な真剣味を帯びており笑うに笑えない……というすさまじいルックスなのでした。
「なぜ神は気づかなかったのか―――俺という至高の芸術に」
男は嫉妬しろ、女は酔いしれろ……そんなキャッチコピーじみた発言をしながら、彼は大股に歩む足を止めません。我威亜は手に絵画道具を持っていますが、なによりこんな格好ですから、胸像前の新入生たちはその行く手を阻むことはできず道を開けました。
「あ、あの、あなたは……」
彼のカリスマパワーに圧倒されつつも望春は問いかけました。
「寝子島高校の生きる伝説である俺を知らないとはな」
ぐいと親指を立て自分に向けると、彼は大声で告げたのです。
「覚えておくがいい。俺はX 我威亜(くろす がいあ)、シーンの最前線に立ち続ける覚悟のある男だ!」
我威亜、なかなかの唯我独尊です。ちなみに一年留年しているので、そういう意味でもかなり肝の据わった覚悟のある男なのです。
「らくがお仮面より先に、この胸像にペイントを決めるのはこの俺っ!」
ハレルヤのヘルメットを手で払いのけ、(このときハレルヤが「Ooooh!!」と叫びました)我威亜がその筆を胸像に叩きつけようとした、そのときです。
何かが我威亜の筆めがけて飛んできました。
「ブリリアントな罠で俺を篭絡する気か? フッ、百億光年早えんだよ」
光年は距離の単位のような気がしますがツッコんだら負けです。我威亜は簡単に腕を引いてその物体を避けたのです。結局、彼に届いたのは風圧だけとなります。飛来してきたのはブーメランのようでした。
ところがブーメランはなかなかどうして、一筋縄ではいかないものなのでした。だしぬけにそのボディに、人間のような右腕が生えたのです。腕は手刀を作るや鋭い空手チョップを見舞いました。ずん、という手応え。我威亜は首筋を一撃されてよろめきます。
揺れる視界に我威亜は捉えました。
『だめなの』
と書かれた文字を。
真っ白なスケッチブックに、女の子らしく可愛らしい文字で描かれたメッセージです。スケッチブックを両手で掲げて、上気した顔をうつむき加減にしているのは一年生、小山内 海(おさない うみ)なのです。
「何が駄目だって!?」
我威亜が鋭い視線を向けると、海はまるで、紙やすりで背筋を撫でられたような顔をしましたが、スケッチブックをめくり、震えながら必死でペンを走らせました。
『らくがきしたら、だめなの』
さらに彼女はスケッチブックをめくりました。
『げいじゅつかとして、みとめられないわ』
「大胆不敵なその物言い……さっきのブーメランはテメェか!」
まなじりを吊り上げ、我威亜は海に近づこうとしましたが、彼女の返答はこれでした。
『ちがう』
「そうだよ。俺だもん」
別の声がしてまたもやブーメランが襲ってきます。我威亜はとっさにガード姿勢を取り、再びチョップに来たブーメランを叩き落としました。
「どうだ! 二度も同じ手は通用しない!」
と叫んだ瞬間、すごい勢いで飛んできた画板がバコンと頭部に命中し、彼を昏倒させたのでした。
「やった!」
茂みから現れたのはブーメランを投じた少年、マウル・赤城・スティック(まうる・あかぎ・すてぃっく)です。期せずして即席のタッグを組んだ海を彼が見ますと、
『うん……』
と海はこれまた筆談で返事したのです。
「驚いたかな先輩? らくがお仮面じゃないのはわかってるけど、胸像を守るためには仕方なく……ね?」
マウルはとっておきの笑顔を浮かべました。
種明かしをしておきましょう。マウルはただでさえブーメランの名手なのに、その上、息を止めている間だけ、念じるとブーメランから右手を生やすことができるという『ろっこん』の持ち主なのです。
同じく海にも『ろっこん』がありました。それは、筆記具で描いた線の軌道に沿って物体を加速させるというものです。今回は、空中に描いた軌道で画板を加速させ高速で撃ち出したのでした。
「おーっと、動かないでね先輩ー。いや、動いてもいいといえばいいけどー」
初島 優(はつしま ゆう)が駆けつけました。彼はホラー愛好会の部室に行く途中だったのですが、この騒ぎを聞きつけて興味津々でやってきたのです。彼の首には、トレードマークたるゴーグルがかけられています。
「写真じゃなくて動画撮影してるからー」
と言う優の手には、ムービーデジカメが握られているのでした。バッテリーも十分、実は彼はここまで、我威亜登場後の一部始終をずっと撮影していたのです。
もう一人、撮影者が登場しました。
「我威亜先輩、だっけか?」
手にはスマートフォン、彼は草薙 龍八(くさなぎ りゅうや)です。
「未遂だったけどそれ、成立してたら立派な犯罪だぜ。刑法第40章第261条、器物損壊に該当……なかなかやるじゃねーか」
龍八は人工甘味料まみれのガムでも噛んでいるように、毒のある笑みを浮かべて言うのです。
「先輩の目的、考えてみたぜ。らくがきが一部で評価されることによって自尊心を満たすため……なんてわけねーよな。そんなんで満たされるような、ちっぽけな自尊心なはずがない。だから自尊心を満たすのを俺が手伝ってやるぜ……断りもなくな。名前が広がるんだ、ありがたいだろ?」
龍八は言いました。このスマフォは某有名動画サイトにつながっている、と。
「あとワンクリックで投稿は完了する。よけいな親切心だが刑法に関する情報も併記しておいた。これが世に出ればたちまち有名人だ。犯罪するなら、それなりの覚悟とリスクを背負ってもらうぜ……」
ケケケと彼は笑ったのです。ちなみに龍八が使っている投稿時のハンドルネームは、『オットー・スコルツェニー』、ヨーロッパで最も危険な男にあやかっているとのことでした。
「さあ、どうしても落書きしたきゃ止めないぜ。ただ、ここにカメラが二台」
「しっかり撮ってるよ。現在進行形で」
優が言いました。
龍八はうなずいて締めくくります。
「世界的に犯罪者デビューの道は整ってる。……やめたほうがいいと思うがなあ」
なるほど、と言って我威亜は立ち上がりました。
「……してやられた、というわけか。今回ばかりは素直に退くとしよう」
ですが彼はみじめな逃亡はしません。雄獅子のように胸を張り、堂々と退場するのでした。
一部始終を見届け、望春は安堵の溜息をつきました。
――鷹の出番はなかったな、今回。
彼が手を掲げると、その伸ばした部分に一羽の鷹が、すっと舞い降りて停止したのです。これは望春の『ろっこん』、飴を舐めている間だけ鷹を召喚し、操ることができるというものです。
この鷹、何か名前を付けてあげたほうがいいかもしれません。
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