●決着は鮮やかに●
――らくがお仮面さん、かぁ。
一体その人は、何を考えてそんなことをしているのでしょう……今、北校舎屋上、春空の下で、天禰 薫(あまね かおる)が思うのはそんなことでした。
彼女は屋上に並べられたフェンスに背を預け、その下のブロックに腰を下ろしています。ぽかぽか暖かい陽差し、青くて青くてたまらないほどの空。屋上で風に吹かれているだけで、こんなに充実した気持ちになれるとは思っていませんでした。
薫の膝の上には広げたノートがあります。これは彼女の創作ノート、小説というよりは『物語』を、彼女が思うままに紡いでいる創造の宝箱です。本当にたくさんのものが書かれていますが内容は未整理。プロットだけのものもあれば書きかけのものもあり、断片的に言葉や綿密な人物設定が書き込まれているページもありました。これらはすべて素材です。いつか、薫だけの『物語』を編むための準備。ちらばったこれらのものはいつしか、一つの流れとなり川へ、海へと成長していく日を待っているのです。
――らくがお仮面さんの正体は誰ですか? どうしてらくがおをするのですか?
ふと浮かんだ言葉を薫は口にし、つれづれなるままに雑感をノートに綴りました。これはこれで今日の記録として、いつか物語のパーツへと化けるかもしれません。
書いたものを声に出して読み返してみましょう。
「らくがお仮面さんの正体は誰ですか? どうしてらくがおを……」
このとき騒々しい音を立て、
「らくがお仮面、参上!」
ふはははははー、と笑って、鷹取先輩が屋上に飛び込んで来ました。そして薫の眼前に立ちます。
「そのノート、らくがおできそうな顔が載っているかい?」
「えっ!? 鷹取先輩……! 先輩が『らくがお仮面』って……?」
ずっと屋上にいた薫はこれまでのことを知りません。ただ、立ち上がって呆然としていました。そこに、
「そう。悲しいけど、それが真相だったんだよねー」
やはり階段を駆け昇り、獅堂雅輝が姿を見せました。ヘッドフォンを外して魅力的な笑みを見せます。
「というわけだ鷹取先輩、もとい、らくがお仮面! この雅輝様の魔の手から逃れようなんざ、百万年早いってのな」
「そういうこと!」
雅輝に唱和する声がありました。それは一口楠葉、ぜいぜい言いながら上がってきたのです。
追っ手の登場は続きます。
「オー、イエース! やっと会えまシタミスターらくがお仮面! ワタシの写真にも描いてプリーズ! サーセン♪」
と、大きな胸をぷるぷる揺らして笑うミラ・オルダースンや、
「さあ、初の大スクープ、題して『らくがお仮面衝撃の正体! そしてその逮捕!』を記事にさせてもらうわよ!」
気色ばむ春日野日向の姿もありました。
さらに二人、狭い入口から現れた人物に注目しましょう。
「コラー!!!」
と叫んで鷹取先輩を驚かせてから、雪原 真白(ゆきはら ましろ)が乗り込んできました。鷹取先輩の姿を見ると、真白は声の調子を一変させて、
「わたしは嫌いじゃないんだけどね。らくがおを楽しむって生き方……。あ、でも、迷惑を受けている人がいるんだから、捕まえることは捕まえるから。ごめんっ」
と、頭を下げるのでした。実をいうと真白はずっと胸像の付近で張り込んでいたのですが、我威亜の騒ぎでは出そびれ、その後の追走では市橋誉の鍵盤トラップを踏んでしまうなどして活躍らしい活躍ができなかったのです。ですが根性、なんとか食らいついてこのクライマックスに参入したというわけでした。
乗り込んだもう一人は倉井 恵美(くらい えみ)です。
「芸術科としては、そいつの行為は見過ごせないからね。肖像画や彫像は立派な芸術なんだ」
フッ、と微笑して両手を腰に当て、芸術の代弁者たらんとする恵美なのです。恵美はここまで、らくがお仮面の作品をつぶさに調べて回りました。そこまで熱心に調べたのは、正義感から……と言いたいところですがそれは半分建前です。
――面白そうだし。
という本音は、ちゃっかり隠しております。
「ああ、ちょっとゴメンなさいませ、はい、ごめんなさいませ」
そんな声を上げ、さらに一名、登場人物が追加されました。
階段を上がってきた少女は、寝ぐせでピンとはねた頭をなでつけもせず、眼鏡をキンキラに光らせて前に出ます。彼女は千子 茶々丸(せんじ ちゃちゃまる)、最初に断っておきますと、彼女が大好きなものはお金です。
「そこのあなた!」
うふふと笑み浮かべて茶々丸は薫に言いました。
「絶好の位置にいますわね……その場所、おいくらほど払えば替わっていただけるかしら?」
「ええと……言ってる意味がわからないんだけど」
「その鷹取先輩が、らくがお仮面だからくがきお面だかの正体ということはもうご理解いただいておりますわね? そいつをブッ飛ばして警察なりなんなりと、きちんとした場所に突き出せば、礼金とか迷惑料とかそういうのがもらえると思われます。ですのでこれは先行投資ですわ。さあ、その絶好の場所……パンチが当てやすそうなその場所をお譲り下さいな。安価で。そうすれば私は謝礼金をがっぽり、というわけです」
「……いや、謝礼金なんて出ないと思うよ」
と薫が言いますが、
「もらえない……? またまた、そんなご冗談を」
茶々丸は笑って聞き流そうとしました。
けれど、
「うん、お金は出ないと思う」楠葉も同感のようです。
「有名にはなれると思うけどね」雅輝も言いました。
「ピューリッツァー賞ならもらえるかも」と言うのは日向で、
「イエース! 必要なのはマネーじゃなくラブデース!」ミラもなにやら納得しています。
「さよう。得られるのはカタチあるものには限らないでござるよ」忍者も言いました。
「だからね、お金のことなんか考えず、捕まえるのに協力してよ」真白が言って、
「そう。捕まえてから遊ぼうね」フフフ、と恵美は謎めいた笑いで締めくくったのです。
……おや?
誰か、見知らぬ人が混じっていませんでしたか? さっき?
それではここで、この数十秒間の発言者を確認してみましょう。
薫、茶々丸、楠葉、雅輝、日向、ミラ、忍者、真白、恵美……彼らは互いの顔を見ました。
………………あれ? 忍者?
「あんた誰ーっ!」
わかった瞬間、薫、茶々丸はもちろん、鷹取先輩まで含めたほぼ全員が、何食わぬ顔をして混じっていた忍者こと、深く帽子を被った宗愛・マジカ・ベントス(むねちか・まじか・べんとす)に顔を向けました。
「あいや! 我輩、怪しいものではござらん。新入生にござる。らくがお仮面を捕まえるために皆がんばっているでござるな……と、しみじみ感じ入り、ならばそれをねぎらおうと思い、こうして参上した次第にござる。ほら、皆がらくがお仮面を求め奔走していた間に、これらのものを用意したでござるよ」
と、彼が広げた風呂敷づつみには、購買で購入したとおぼしきパンや飲み物が大量に詰めてあるのでした。
「まあ、賞味期限切れのもの中心でござるが、おかげでほぼ無料で手に入ったもの。ささ、これで疲れを癒すでござる」
なかなかやりくり上手の宗愛なのです。これには茶々丸も、
「やりますわね」
と称賛を惜しみません。
「さあさ、遠慮せず飲み食いしてほしいでござるよ!」
「うわあ、それはいいね」
鷹取先輩が真っ先に、はっはっはと笑ってパンを取ろうとしました。
その瞬間、カツーンと音を立て、鷹取先輩の頭部にタンバリンが命中したのです。
「いや……らくがお仮面さん、事件まだ解決してないから」
薫が投げつけたものでした。タンバリンは落ちて、シャラリシャラリと鳴りました。
場が一瞬、水を打ったように静まり返ります。
振り向いた先輩は、傷ついたと言わんばかりの顔をしていました。
「……ひ、ひどいじゃないか、せっかくいい雰囲気なのにっ!」
じわと涙を浮かべると先輩は、やにわにフェンスに向かって駆け出しました。
「こうなったらここから脱出してやり直しだっ! らくがお仮面は不滅なりィ!」
「ちょ……いくら先輩が身軽でも、屋上から飛び降りたらただじゃすまないよ!」
楠葉は『KEEP OUT』を発動しようとするも間に合いません。
「大人しく捕まって! そしてその顔に落書きさせてー!」
恵美も追いますが届きそうもありません。
「先輩、無茶は駄目だ!」
雅輝も血相を変えヘッドフォンを頭につけようとしますが、あまりに急だったのできちんと装着できないのです。
「謝礼金が!」
「ピューリッツァー賞が!」
「ノー! いけまセーン!」
「早まってはいかんでござる、いかんでござるよー!」
この辺はどれが誰の発言か当ててみてください。
さすが速い。あっという間に先輩はフェンスに手をかけよじ登りはじめました。
――いけないっ!
真白は口を開けますが叫び声は出ません。寝子島高校の最初の日々が、最悪なかたちで幕を開けることになりそうです。そんなの嫌です。絶対に。
――先輩の頭上まで一瞬でいけたら、
彼女は祈るように念を込めました。
――のしかかって取り押さえられるのにっ……!
そのときでした。
真白が『ろっこん』に目覚めたのは。
本当に、真白は鷹取先輩の頭上、正しくは斜め上方にテレポートしていました。
どすんと落下し、彼にのしかかります。
むぎゅうというような間抜けな声を上げ先輩は、ずるずるとフェンスを滑り落ち、真白を前後逆に肩車したような格好で、油の切れたロボットのようなダンスを演じて両膝を付いた上、そのままばったりと仰向けに倒れました。
そうです。真白は鷹取先輩を取り押さえたのです。
全裸で!
……状況を説明いたしましょう。一糸まとわぬ姿で彼女は、股で鷹取先輩の顔を挟むようにして座り込んでいました。先輩はといえば、とっくに気絶しています。
真白の『ろっこん』こと『テレポーテーション』は、彼女の視界に入っており意識を集中させられる地点であれば、たやすく瞬間移動できるという強力な性質のものでした。しかしそこには一つ、大きな大きな欠点がありました。それは、衣服など、身に付けている物は一緒に転移できないということです。
だから彼女は身一つ、生まれたままの姿で瞬間移動を終え、大声を上げているわけです。
「い~や~!!!」
つまり……全裸で!(大事なことなので二回書きました)
彼女の名誉のために、楠葉が飛びついて即座に雅輝の視界を覆ったこと、ならびに、忍者宗愛が、盛大に鼻血を噴いて失神したことを記しておきます。
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