(よく知らない先生のために全力だして猫探しは気乗りしねぇ。かといって何もしないのも感じ悪いし……)
目付きの悪さと八重歯から、不良と誤解されがちの坂井 浩哉(さかい こうや)だが、中身は意外となんでもない事で悩んだりする普通の奴だったりする。
猫探しを手伝うか、無視するか、悩むほどのことじゃないけど悩んだ結果、出した答えは。
(まぁ俺が銭湯に行くついでにだったらいいか。あくまでついでにな)
自分の中で納得して折り合いをつけた彼だったが、入口でくっ付いてる生徒達を見付けてすこし後悔する。
(くそ、あいつら同じ学校の奴らじゃないか、気まずいな……)
とかく誤解され易い彼は、人付き合いがすごく苦手だ。
そして中に入ると、今度は女湯から学校の女子らしき声が聞こえる。来るんじゃなかったと後悔は倍増した。
(じょ、女子まで……。む、無理だ。女子なんて。気まずいにもほどがある。早いとこ猫捕まえて出よう)
浩哉はそそくさと男湯に入った。こちらにも女湯同様、猫がちらほらいる。
「よし、いい子だから、こっちに来い」
ぽてぽて走る猫を追いかけて行くと、猫はじゃぼんと湯船に飛び込んだ。飛び込んだ先を見て、浩哉はげげげっと顔面を硬直させた。
湯船で平田 恵一(ひらた けいいち)が鼻歌を歌っていた。
(しまった! 同じ学校の奴だ!)
「ん、猫?」
恵一は猫を見つめ、それから浩哉を見た。
(う、しかもコイツ、凄いガタイしてるじゃないか。めちゃくちゃ強そうだし、顔もこええじゃねぇか……)
しかしそれは浩哉を見た恵一も同じだった。
(な、なんだコイツ、なんて凶悪なツラしてやがる……! こりゃ法の一つや二つ犯してるツラだぜ、やべぇ)
おたがいゴクリと息を飲む。先に動いたのは浩哉だった。
「(とりあえず猫だ。湯船に入らないと)……お前、同じ学校の奴だよな。隣り、いいか?」
「(え、なんで隣り!? 意味わかんねーけどでも、断ったら絶対ヤバいよな……)あ、ああ……、いいぜ」
ふたりは肩を並べて風呂に浸かった。
「………………」
「………………」
(き、気まずい……。会話が続かない。会話ってどうやるんだっけ!?)
(なんだコイツ。自分から隣りに来たのになんで無言なんだよ。しかも、湯船に入る前に身体流してねぇし)
(あ、と言うか、湯船に入る前に身体流してねぇ! し、しまった……! は、恥ずかしい……!)
(うわ、みるみる顔が真っ赤になってきたぞ。怒ってんのかなぁ、こえーよ。なんなんだよー)
埒があかない沈黙に、意を決し、恵一はおそるおそる探りを入れる。
「ええと、俺になんか用でも……?」
「用? いや、俺はその、そこにいる猫を捕まえたくて……」
「え、猫? ああ、さっきから泳いでるこいつらか……?」
見た目に似合わない答えに、恵一は、あれそんな悪い奴じゃないのかな、と思った。
「猫と風呂ってのも風情があるけど、まぁちょっと危なっかしい泳ぎだよな」
「言われてみれば……、そうかもな」
犬かき、ならぬ猫かきで泳ぐ猫たちだが、浮いたり沈んだりおぼつかない泳ぎだ。
恵一は猫を摘まみ上げて湯船のへりに乗せる。じっとりぺたんと毛並みの濡れたその姿に首を振った。
「うーん、情けない姿だ。溺れる前に湯船から出してやるか」
そう言うと洗面器の中からマスクを取り出し、おもむろにそれを装着した。秋刀魚をモチーフにしたレスラーマスクだ。恵一は普段は学生をしてるが、休日は覆面を付けてリングに上がる高校生レスラーなのだ。
「な、何してんだ、お前……?」
「これ被んないと気合いが入らないんでな。それから、俺の事は『魚神サンマーマスク』って呼んでくんな」
「……は?」
「とう!」
湯船から飛び出した恵一……いやさ、サンマーマスクは大きな身体を広げて、猫たちを入口のほうに追いやる。
「さあさ、猫ちゃんたち、こんなところで遊んでると溺れちまうぞ、いい子だからおうちに帰んな」
「ふーっ!!」
ところが、得体の知れないマスクに興奮したのか、猫たちは一斉に襲いかかって来た。
「うわわわわっ!!」
まさかの襲撃に、サンマーマスクは脚を滑らせた。倒れたところに猫たちがねこぱんちで襲いかかる。
「痛い痛い! おい、見てないで助けろ!」
「あ、ああ……!!」
浩哉は猫をはぎ取った。
「これが盗まれた答案か」
口にくわえていた答案を取り戻した……が、湯船に浸かっていたため、誰の答案だか判別不能になっている。
「……持ち主にとっては幸運かもな」
「まだまだぁ!」
サンマーマスクは立ち上がり、今度は勢いよく湯船にダイブした。フライングボディプレスで飛び込んだため、おもくそお湯が跳ね上がった。波打つ湯が、一日の疲れを癒していたアレックス・ロジック(あれっくす・ろじっく)の頭にざぶんとかかった。
「……騒がしいな」
アレックスは眉をひそめた。
「どこの国も文化は異なるものだが、日本の公衆浴場では湯に飛び込む文化があるとは知らなかった」
「わ、わりぃつい闘魂が燃え上がっちまって……あ、こら待て!」
猫たちはじゃぶじゃぶアレックスのほうに泳いできた。その口にくわえられてるものに、彼は状況を察した。
「……なるほど。これが件のドロボウ猫一派か」
「すまねぇ、そいつらを捕まえるの手伝ってくれ!」
「……いいだろう」
アレックスは湯船から出た。
「おいおい、何出てるんだよ。そっちに猫行ったろ」
「追いかけ回して無駄に体力を消耗することもない。まぁ見ていろ」
壁に左手で触れ、右手をお湯に入れた。するとどうだろう。ただでさえアツアツのお湯が、更に温度を上げた。
「”Law of Balance”」
これこそ彼の持つろっこん。左手で触れた物の熱量を一定量減らして冷却させ、右手で触れた物に移して熱くする。まだ大きく熱量を変換させることは出来ないが、ただでさえ熱いお湯にはこの程度でも十分効果があった。
「ふにゃ~~~~!!」
飛び出してくる猫たちを素早くキャッチ。ついでにサンマーマスクも飛び出した。
「あっち! あっち! お、おいっ! 何しやがった!」
「猫を湯船から出しただけだ」
茹でサンマはさておき、猫からくわえていたものを取り戻す。濡れた答案にまじって、立派な財布を見付けた。中を確認すると、紛れもなく黒崎先生のものだった。
「しかし、びしょぬれになってしまったな。紙幣も……やれやれ、どうしたものか」
はじめての方へ
遊び方
世界設定
検索
ヘルプ