「猫ってのは細い路地。特に袋小路になってて人があんまり来ない場所を好むんだよな……」
握 利平(にぎ りへい)はそっと路地裏を覗き込んだ。
予想どおり、答案をくわえた猫たちがうろうろしている。
「おお、いたいた。よーし、俺の能力でビックリさせて、一気に大量ゲットだにゃ!」
そう言ってはっとする。
「うおっ、やべー”にゃ”とか言っちゃったよ。誰も聞いてなかっただろうな……」
利平は猫缶の側面に穴を空けて、紐を括り付けると、物音で驚かさないよう静かに路地裏に缶を転がした。ころころ転がる拍子に中身がこぼれ、猫たちはエサに集まってきた。
「食ってる食ってる……」
次の行動に移ろうとしたその時、利平は誤って足元の空き缶を蹴ってしまった。
「やべっ……!」
けれども猫たちは気にせず、猫缶をむしゃむしゃ。随分人間に慣れてる。いや人間を舐めてる。
「……わかるぜ、俺なんかには捕まらないってそう思ってるんだろ。でもな、お前らが相手にしてきたのは普通の人間だ。見せてやるぜ、最近身に付けた俺の力をな」
利平は拳にはぁ~と息を吹きかけ、それから全力で拳を握りしめた。先ほど食べたにんにくラーメンにんにくマシマシの地獄の淵を覗かんばかりの激臭が、みるみるその手の中に圧縮されていく。
そして猫たちに近付くと一気に拳を解放した。
「喰らえ、これが俺のろっこん”にぎりっぺ”だぁ!」
「ぎにゃあ~~~!!」
不意打ちで飛び出した臭いに、猫たちはたまらず悶え苦しむ。
「よっしゃあ! 上手くいった!」
ぴくぴく白目を剥いてる猫たちから、答案を取り戻し、名前をあらためる。
「……どーやら俺の答案はここにはないみたいだな。でもおっそろしーよな、答案くわえた猫が商店街うろついてるなんて」
答案を一枚何気なく見た。
「的場カンタ……12点。うへぇ、ひでぇ点数だな、おい」
と不意に、答案を拾い集める彼の横を、また数匹の猫が通り過ぎていった。
「あ、待て、こらー!」
「成績が芳しくなかった生徒の答案、か」
風峰 恵(かざみね けい)は横にいる友人、納 十一(をさめ といち)に視線を向けた。
十一は春に引っ越してきてから仲良くなった友達だ。予想では奪われた答案の中に彼の答案もあるはず。
「心配するな、十一。答案は必ず取り戻せるからな」
「んー、別にどうでもいいぞ。どうせ2、3点だし」
「2、3点だからこそ取り戻さなけりゃいけない気がするんだが……」
心配する恵とは反対に、何一つ気にしてなかった。
「でも猫が紙くわえてるのは危ないよな。間違って飲み込んだら大変だ」
恵が家から持ってきたイワシを。十一はまたたびの実を。地面に置いたそれに、恵は指を銃の形にして向けた。
「行くぞ!」
恵の指先から風が発射された。彼のろっこん『疾風』の力だ。
全部吹き飛ばさないよう威力を加減して、匂いを商店街に撒き散らかす。しばらくして匂いに誘われた猫たちがこっちに来た。
イワシとまたたび。これはもう人間で言ったら、肴と酒みたいなもんである。あっという間にまたたびが回って、猫たちはべろべろに酔っぱらってしまった。
「にゃ~♪ にゃんにゃんにゃ~~♪」
「おお、ご機嫌だなこいつらー」
「十一、今のうちに持ち物を回収してくれ」
「まかしとけー」
そこに滝原 レオン(たきはら れおん)もやってきた。
「さ、魚くさ……ん? おおーっ!!」
一網打尽にされてる猫たちを見付け、声を上げた。
「マジかよすげぇな、こんなにたくさん。お前ら、見かけによらずやるなー」
「ま、やり方次第さ」
恵は言った。レオンは十一を手伝い、答案を拾い集める。
「俺の答案あったらおしえてくれよ。すぐに隠滅しとかねぇとな」
「おー、あったぞ。たきはられおん。これだろー?」
「まじか!」
「わー10点だって! すごいいい点数だな! おれも見習わないと!」
「バカ! デカイ声で宣伝すんな!」
レオンは慌てて答案を奪い返した。
とその時、どたばたと走る音が聞こえた。利平に追われ、猫がこっちにまっすぐ向かってくるのが見えた。
「おっと新手がきたぞ」
「おれにまかせろー!」
十一は両手に抱えたまたたびの実を放り投げた。そこに恵が風を巻き起こす。ぐるぐる回る小さな竜巻はまたたびを乗せて周囲を巻き込んだ。
しかしタイミングが悪かった。ちょうど恵が風を起こしたその時、地獄を濃縮した利平の手が解放されたのだ。
「おらーっ! もう一発喰らえ!」
「!?」
その瞬間、撒き散らされた凶悪なにんにく臭が空間を浸食した。
「うええええええええええっ!!」
「げほっ! げほっ!」
「な、なんだこの臭い!?」
一瞬で恵、十一、レオンは気分が悪くなった。
「くっはああああああっ!!」
利平もカウンター気味に己のにんにく砲を喰らって悶絶した。
「……こりゃあたしにツキが回ってきたねぇ」
桜崎 巴(さくらざき ともえ)は電柱の影から様子を窺っていた。
利平のにぎりっぺの誤爆をこれ幸いと飛び出し、苦しむ彼らを尻目に、集めた答案をひったくった。
「ひひひ、回収ご苦労さーん」
「げほっげほっ……な、何しやがる!」
「こいつはあたしが責任もって学校の掲示板に貼っといてやるよ。明日の朝を楽しみにしてな、ひひひ!」
「な、なんてひでぇことを思いつく奴なんだ……!」
にんにくに目を回しながらも、レオンは彼女のあとを追いかける。
「く、くそ……なんて逃げ足が速ぇ性格ブスだ。こうなったら……!」
鞄からうさぎのぬいぐるみを取り出した。
「”ましろ”あの女を捕まえろ! 逃がすな!」
レオンのろっこん『おとぎの軍勢』だ。ましろ、と名付けられたぬいぐるみは生きているかのように動きだし、ぴょんぴょん跳ねて巴に追いついた。
「何だい、このぬいぐるみは! こりゃ、もしやアイツのろっこんかい? 邪魔だから離れな! しっしっ!」
しかしましろは巴にしがみついて離さない。そうこうしてる間にレオンが追いついた。
「喰らえ性格ブス! 男女平等キーーック!!」
女子だろうと、んなもん知るかのますらお精神で、ドロップキックを巴に叩き込む。
吹っ飛ばされた彼女は地面に顔面からダイブ。轢かれたカエルのようにびだーんと叩き付けられた。
「いでででで……、やってくれるじゃないかい!」
「うるせぇ、答案ドロボー、とっととそいつをよこ……ぶほっ!?」
今度は巴の鉄拳がレオンの顔面に突き刺さった。女子らしくないキレのあるパンチだった。
「や、やりやがったな、このブス!」
「こっちのセリフだよ、クソ外人!」
巴はレオンの頬をつねり上げ、レオンは巴の髪を引っ掴み、なんとも不毛な戦いは続いた。
「……くっやるじゃないか、この外人。こっちも片手で戦ってちゃ不利だねぇ」
巴は抱えていた答案用紙を放り投げた。
「あ! 何してんだ、てめぇ!」
「今は邪魔なんでねぇ。あんたをボコしたあとで回収すりゃいいさ」
「……ちっ、ましろ、その答案を拾え!」
ところが、ドタドタと勢いよくボン太が仲間を引き連れて現れた。
「あ!」
あっという間に答案をくわえるとまたあっという間に逃げていってしまった。
「……っておい!? 泥棒猫! 折角手に入れた答案を、勝手に持っていくんじゃないよ!!」
「このやろ、なんてことしてくれてんだ! 俺の苦労台無しじゃねえか!」
二人は猫を追いかけて走り出した。
「あーあ、また振り出しに戻っちまったじゃないかい……」
「こんの、待ちやがれクソ猫ぉぉ!!」
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