春真っ盛りのこの季節。商店街の近くにある公園にも桜の木が花を咲かせている。
寝子島高校の『ホラー愛好会』は桜の木の下にレジャーシートを敷いて、放課後のお花見を楽しんでいた。
今日は平日なので宴会をしてる人たちはいない。近所のおじいちゃんおばあちゃんとか、小さな子を連れたお母さんがお散歩がてら桜を楽しんでるぐらい……なのだけど、今、公園の皆さんの関心は桜よりもホラー愛好会のほうに注がれている。それもそのはず、花見は花見でも、彼らの花見は”仮装”花見会なのだ。
「やー、学校帰りにお花見ってのもオツなもんだねぇ」
座敷童子の格好の雨崎 荒太郎(あまさき こうたろう)が言った。
「ほんとに。平日にゆったり花見が出来るのは学生の特権だよなー」
部長の秋風 透(あきかぜ とおる)が答える。
こちらはゾンビの格好。”スーパーコワインデスくん3号”と名付けられた片目がえぐれたゾンビマスクが、ほんとにスーパーコワイ。衣装は継ぎはぎだらけだし、肌も特殊メイクで血だらけだ。リアルすぎて引くレベル。
「うーん……すごいな、このメイク。本物っぽい。本物知らないけど」
織田 イチカ(おだ いちか)は部長の衣装を触った。
イチカはジャパニーズトラディショナルな幽霊衣装。白装束に天冠と呼ばれる三角頭巾を付けている。
「見た目は本格的だけど、実は結構安くこういうのも作れるんだぜ。材料も簡単に手に入ったりするし」
「へぇー。やーでも、ここまで立派なのはなかなか作れないだろ。やっぱ部長は手先が器用なんだよなー」
「はぁ」
ミイラ男の雪見 大福(ゆきみ はるとし)はため息を吐いた。
「なぁなにもわざわざこんな格好で花見に来なくてもよかったんじゃないのか?」
「なにを言う、俺たちはホラー愛好会だぞ。普通に花見してもつまらんじゃないか」
「だって、ベンチに座ってるおじいちゃんおばあちゃん、凄い目でこっち見てるぞ?」
「……あ、ほんとだ。へへっ頑張って正装で来た甲斐があったな」
「喜んでる場合じゃないでしょ。通報しかねないよ、あの人たち!」
「まーまー、心配すんなよー。老人は適度に刺激を与えたほうがボケなくていいんだってさー」
荒太郎は若干無礼に大福をなだめた。
大福と荒太郎は小学校からの幼なじみ。大福がこの部活に入ったのも、荒太郎に誘われたからだった。
「そんなことより、大福が作ってくれた弁当でも食べようぜー」
そう言って、お弁当を広げた。しょうがの香る唐揚げ、大葉の入った出し巻き玉子に刻んだ蓮根入りの肉団子、それから季節の野菜の胡麻あえとよく染みた根菜の煮物。それから奇麗なかたちのおいなりさん。どれもこれも彩り美しく、見てるだけで楽しくなるお弁当だ。
「おおっ、凄い豪華だな!」
「これ、ほんとに雪見の手作りなのか?」
「ま、まぁな……」
あまりにも見事なお弁当に、透とイチカは驚いた。
「……どれどれ」
透は唐揚げをほうばる。
「うおー、なんだこれ、店の唐揚げみたいじゃん!」
「わわわ、部長! この肉団子も食べてみ、めっちゃ美味いよ! サクサクしてる!」
「だろだろー。大福は料理は昔っからすごいんだよー。お、このおいなりさんもウマイなー」
「にゃー」
「よ、よせよ」
褒められるのが苦手な大福は顔が真っ赤になった。もっともミイラなので、その顔は見えないけども。
「……って、にゃー?」
ふと気が付けば、いつの間にか猫たちに包囲されている。その中にはボン太の姿もあった。
「お、ボン太じゃん。そう言えば、こいつには一個都市伝説があったな。知ってるか?」
「都市伝説? なんだそれは?」
透の言葉に、大福は首を振った。
「なんだ、寝子島の都市伝説も知らないのか。ボン太と言えば”幸せの尻尾伝説”だろ」
「あ、俺聞いたことあるぞ。ボン太の尻尾を掴むと幸せが訪れるって言うやつだろー?」
荒太郎が言うと、イチカは目を輝かせた。
「おお、なんだか夢のある伝説だな」
「よーし、せっかくだからボン太の伝説にあやかっておこうぜ!」
透は捕まえようと手を伸ばしたものの、ボン太の素早い身のこなしの前に、むなしく空をかすめた。
「あ、待て!」
荒太郎も前に立ちはだかるが、さらりと足元をくぐられてしまう。
「あやかりたいーっ!」
イチカも飛び出す……がしかし、ボン太のすばしっこさと関係なく、着物のすそを踏ん付けてぶっ倒れた。
「痛ぇーっ!」
イタズラ猫たちは適当に弁当を食い荒らすと一目散に逃げていった。
「待てー、ボン太! 尻尾に触らせろー!」
「その都市伝説、僕たちが正しいかどうか検証してやるー!」
透と荒太郎があとを追う。
「わ、何してんだ、公園から出るな! そんな格好で町中歩いたら、絶対に通報されるってば!」
大福が慌ててそのあとを追いかける。
「うう……」
潰れたカエルのように突っ伏していたイチカが起き上がった。きょろきょろ周りを見る。
「誰もいない……って、ま、待ってくれよー!」
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