みんなでひとつの作品を作り上げるのだ!
学園もの、恋愛、バトル、SF、ホラー、コメディ……どんな展開になるかはみんな次第だよ!
連投にならない限り、自由に投稿してみよう!
なにか困ったことが出てきたら雑談掲示板で決めるのだ!
受話器を取りあげながら、不安になる。
もし、ここで番号を間違えたら?
違う時間軸に飛ばされてしまったりするのだろうか?
ことによると電話などない、戻ってこれない時代に……
「何ボーッとしてる。妙なことを考えるなよ」
レオの声で我に返り、深呼吸した。
後へは引けない。やり直しはきかない。
僕は震える指で、ひとつひとつ確実にプッシュボタンを押していった。
ごく普通に呼び出し音が聞こえる。5回、6回……7回。
つながった。
「もしもし」
受話器の向こうから声が聞こえ、僕は固まった。
と同時に、目の前が揺れた。
地震? いや違う……
何が起きたのかわからないまま、その揺れは一瞬で収まり、受話器からは何も聞こえなくなった。
電話をかけるだけで時間をこえることが出来るというのはちょっと拍子抜けであった。
僕はてっきり魔法陣だのと、大層なものを使うのかと思っていたからだ。
ただ、今から行うことは時間軸の移動だ。
やること自体は大層ではとても言い足りないぐらいなのだ。
何となく自覚をすると、緊張のせいか口の中が乾いてきて、僕はゴクリとつばを飲み込んだ。
「じゃ、頑張ってね」
それだけ言い残して少年は電話ボックスから出て、ボックスの引き戸を閉めた。
僕は再びつばを飲み込み、震える手で公衆電話に銀貨を投入した。
向かった先は、公園の裏手に面した細い道にある公衆電話のボックスだった。
「時間を超える方法っていうのは一つに限らない……いや、もっと正確に言うなら、具体的な行動の差異は問題じゃない、といったところかな? 時間軸を変える力があるかどうかが重要で、その手段はあくまで儀式的なものに過ぎないんだ」
少年は語りつつ、僕にボックスの中へと入るよう促した。
携帯情報端末が普及した現代、もうほとんど誰も使わないだろうボックスは薄汚れ、微かな錆と埃の匂いが鼻孔を刺激する。
ガラリと引き戸を開けると、レオがさっさと中に入っていく。
「さて、中に入ったらこの銀貨を入れて、今から伝える番号に電話をかけてほしい。繋がった瞬間、電話ボックスの外は過去の時間軸へと切り替わるから、後は電話を切ってレオの指示に従ってほしい」
少年はそう言って、僕の手の中に先程弄んでいた銀貨を渡し、すらすらとどこかの電話番号を口にした。
「……その番号ってどこに繋がるんだ?」
「この公衆電話自体の番号さ。7日前の電話にかけることで過去と繋がりを持たせる……といった感じかな?」
虹色の猫とやらも気になるが、まずは彼女のことだ。
「それで……過去って、どのくらい前に戻るの? 虹色の猫も過去で探さなきゃならないの?」
「だいたい7日前だな。それくらいあれば十分だろう? 猫探しにも」
事故を防ぐには十分……なのかもしれないが、猫のほうは見当がつかない。
「準備できたよ」
いつの間にか少年が戻ってきていた。
「さあ、行こう」
僕はもう一度彼女のほうを見た。
「約束、守ってね……」
心細げにか細くつぶやく彼女の姿はさっきより薄くなっていて、胸がつまった。
僕しか彼女を救うことはできないんだ。
僕は泣きたい気持ちを我慢して、彼女に微笑んでみせ、レオと少年に導かれるまま歩き出した。
「手がかりはある。三色の猫のヒゲの持ち主は、虹色の猫だ。おまえは、そいつが落としていったひげを見つけるか、虹色の猫を見つけて説得すればいい。なに、場所はわかってるんだ。不可能ではない」
レオはそういう。
しかし、言葉裏に無事に見つけることは容易ではないことも指していた。
「虹色の猫…? そんな猫がいるっていうのか?」
「一般人が見たら、とうの昔に大騒ぎだな」
「ええっと、いや勿論、僕も協力するのは吝かではないけど……力になれるかな?」
確かにレオの言う通り、猫の髭は髪の毛よりずっと太い。
だがそれはあくまで相対的な話で、このサイズのものを探し出せというのはいささか現実味を欠いた話であるような気がする。
「はなから望みが無いのに頼みごとをする程、俺の性格は悪くない……とだけ言っておこう」
相変わらず威圧的な口調からは、言外に「見つかるまで探させる」といったニュアンスが伝わってきた。
「捜し物……?」
彼女を助けるだけでも大仕事だと思うが、捜し物まであるのか。
いや、もちろん彼女のためならどんなことでもするつもりだ。
ただで助けてもらおうなんて思うべきではないだろう。
しかし、一体何を……
「おまえに見つけてもらいたいのは……三色の猫のヒゲだ」
目が点になった、と思う。
「それっていったい……」
「人間に価値がわかるようなもんじゃねえ。大体の場所は向こうに行ってから説明する。
猫のヒゲはさわったことあるか? 固くて、根元は太くなってるから人の髪の毛とは全然違う」
僕はレオのヒゲをしげしげと眺めた。
レオに言われると、少年は帽子を目深にかぶり直して深呼吸をした。
そして僕の方を見て
「途中でやめる、っていうのはなしだよ。準備だって楽じゃないんだから」
と言い残して僕に背を向けた。
彼はポケットから銀光りするコインらしきものを取り出し、手の上でいじりながら、公園から出て行った。
少年の姿が夜の闇に溶けてなくなると、レオが大きく背伸びをした。
そして少年の顔を見て偉そうに口を開く。
「今回お前にとっての目的は、例のお譲ちゃんの死を未然に防ぐ事だったな。そして俺たちもただで動くわけじゃねぇ。お前にある捜し物をして欲しいんだ」
僕のこの言葉は決して強がりではない。
彼女を蘇らせるチャンス……この数日間、ただそれだけを渇望してきたのだから。
それで僕が消滅することになっても、後悔なんてあるわけがない。
「覚悟は決まっているようだな。重畳だ」
重々しく頷くと、レオは少年の方へと向き直る。
「じゃあ早速準備を始めてくれ。その間にもう少し具体的なことをこいつに話しておくから」
簡単だ、と言われても……
過去には過去の僕がいて、鉢合わせしないよう行動しなくてはならない。
猫になれば回避できるだろうが、猫にできることがそうあるとは思えない。
しかも飴がひとつだけなら、都合よく猫から人間に戻るわけにはいかないのだ。
僕は彼女のほうを振り返った。
心配そうに僕のほうを見ている。
「不安ならやめていいのよ? 今なら間に合うわ」
僕は拳を握り締めた。
「行くよ」
少年が薄い笑みを浮かべ言った言葉に、体が総毛立つ感覚を覚えた。
この感覚は最近、味わったばかりだ。
自分の間近に死が訪れた時の感覚だ。
「……もし過去の時間軸の住民になってしまったら?」
恐る恐る僕は尋ねる。
「消える。君の存在も、“ミライ”の君に関わった存在もね。本来は同じ時間軸に同一人物は1人しか存在することが出来ないんだ。そのための“修正”が働いてもおかしくないだろう?」
少年は淡々と、これが事実だと言わんばかりに僕に告げた。
少年に続いて虎猫が言う。
「やること自体は簡単だ、例のお譲ちゃんが死なないようにすればいいだけだ」
「それは……現在から過去へは簡単に行けても、過去から現在へ戻ってくるのは難しい、ということかい?」
……時間の許す限り質問に答える、と言った癖になぜゆっくりしていられない等と急かすのか、という疑問をぐっと堪えて、当たり障りのない確認に留める。
話題を変えようとした時、少年は若干早口になっていた。
追及を逸らそうとする人間にありがちな態度だ。
自分でも意味のよく分からないあの問いかけに固執し続けられるのは、少年にとって喜ばしくないことらしい。
ただ、それを突っ込んだところで僕にメリットがあるわけでもない。少年を怒らせてしまったらそれまでだ。だから口にはしなかった。
「そういうこと。詳しい話は省くけど、現在から過去へ向かうには僕の『力』を使う。でも過去から現在へ戻る時には僕は手助け出来ない。当然だよね? 過去の僕は君のことを知らないんだから。だから一緒に飛んでもらうレオの『力』を使うことになるんだけど、レオが時間軸を超えさせることが出来るのは同じ猫だけだ。だから戻ってきてもらうにはこの飴玉を舐めてもらって、猫に変身してもらう」
手の中で飴玉を転がしながら、少年は目を細めて最後の言葉を紡ぐ。
「渡せる飴は一個だけ……無くしたら君はそのまま過去の時間軸の住人になってしまう」
「ええっと……現実的に考えると本当のこととは思えない。普通に死ぬもの……」
何か言わなくては、と僕はあたりさわりのない返事をした。
というか、他に答えられない。
「猫は人に体を貸すことがある。そういう意味なら命が複数あるとも言えるな」
さらっと虎猫が答える。
それって……
「さて、ゆっくりしてはいられないよ。夜とはいえ、人に見つかると面倒だ」
猫の言葉の意味を考える暇もなく、少年がポケットから飴を取り出した。
「彼女を助けるには、過去に遡る必要がある」
鈴を転がすような声で彼は言った。
「だがそのままでは、君は現在に戻ってこれない」
「わからないけど……なんとなく、だよ」
僕は曖昧に言い訳するように答えた。
詮索してはいけないような、そんな雰囲気を少年と虎猫が出していたからだ。
決して気にならない訳ではないが、危険な領域に足を踏み込んでしまいそうで、僕は躊躇してしまった。
……もう既に戻れない所には来てしまっている気もするが。
好奇心と、迷いがないまぜになっている様子の僕を見て、虎猫は一言だけ答えた。
「猫の命は9つあるって言うが、それは本当だと思うか?」
またもや抽象的な返答で、僕はさらに混乱した。
「あ、ああ……よろしく」
相手のどこか威厳を感じさせる声に、僕は相手が猫であることも忘れ会釈を返してしまう。
月明かりの下相対した寅猫は、よくよく見れば毛並みや佇まいに気品を漂わせており、その姿は愛玩用のペットというよりは、むしろ虎やライオンといった孤高の野生動物に近いものを感じさせた。
「さて、こうして舞台に役者が揃った。まずは『プロローグ』だね。君も色々と聞きたいことがあると思うし、時間の許す限り答えていくよ」
さ、どうぞ、といきなり話を振られて僕は反射的に口を開く。
「人は二度も死ぬことが出来るのかい?」
どうしてこんなセリフが出てきたのか自分でも分からない。
こんな抽象的な問い掛けをする前に、もっと他に聞くべきことがあるはずだった。
差出人不明の手紙が気になって舌が迷子になった……と言う他ない下らない質問は、しかし思った以上に重要な意味を持つ問い掛けであるようだった。
「……どういう意味かな、それは?」
一瞬、少年の表情に困惑が走るのを見逃さなかった。
寅猫がじろりと視線を巡らせ、咎めるように少年の顔をねめつける。
「待って」
彼女の言葉にも止まらず、力強く抱きしめようとした手は空を切った。
触れ、ない……?
「これは仮の姿なのよ。今のままでは触れることはできないわ」
「やあ、来ていたんだね」
少年がこちらを向く。
気づかれてしまった。
というより、その何もかも見透かすような視線は、もとより僕の存在に気づいているのに知らんぷりをしていたかのようにも思えた。
「紹介するするよ、君と一緒に行動するパートナーだ。名前は……」
「レオと呼んでくれ」
寅縞の猫が、人の言葉でしゃべった。
いや、僕の頭に直接語り掛けたのか。
僕の背後から声が聞こえた。
振り返ると、彼女の姿があった。
それは人間のまま、生前のままの姿だった。
その姿に、僕は息をのんだ。
一気に心拍数が急上昇し、同時に息が詰まる様な感覚に襲われた。
僕は彼女を抱きしめようと手を伸ばした。
一人の少年と一匹の猫……この距離だと分かりづらいが、寅縞だろうか……は僕の姿に気が付いていないのか、何かしら顔を突きあわせてやりとりしていた。
声をかけようかと思ったが、不意に気になってその位置で少年の言葉に耳を傾ける。
「うん、まあそうだね。実際のところそう難しいことではないよ」
「大丈夫じゃないかな? 彼はまだ気が付いていないみたいだし」
……今の僕には猫の言葉は分からないが、少年の話し方は何となく不穏な物を感じさせた。
もしかしたら少年の目的を知ることが出来るかもしれない、とそのまま会話を盗み聞きしようとした矢先。
「こんばんは、一樹くん」
そして時間がやってきた。
僕は寝たふりをして、そっと家を抜け出した。
何を持っていけばいいかわからなかったので、携帯や財布を適当に持って。
いつ、帰れるのだろう?
人気ない公園につくと、猫がニ匹いた。
あの白猫ではない。
一匹が、みるみるうちに人の姿になった。
あの少年だ。
僕が猫になったのは、あの少年からもらった飴を口に含んだからだ。
彼女も僕と同じように飴を飲んだのか?
そのまま、人間に戻らずに猫の姿で在り続けたのか?
しかし、彼女はすでに死んでいるはず。
僕は彼女の体が宙へ飛び、地面にぶつかり転がる様を見てしまっている。
あれは決して、幻などではない。
では、幻だったのはあの白い猫だとでも言うのか?
しかし、このメモ書きもこのビニールも、今こうして僕の手の中にあるじゃないか。
そもそもこのメモは一体誰が書いて、どうして僕がもっているのか。
この言葉の意味は一体なんだろうか。
頭の中でぐるぐると考えを巡らせるが、いつしか同じ疑問の繰り返しになってしまうだけで答えは出なかった。