みんなでひとつの作品を作り上げるのだ!
学園もの、恋愛、バトル、SF、ホラー、コメディ……どんな展開になるかはみんな次第だよ!
連投にならない限り、自由に投稿してみよう!
なにか困ったことが出てきたら雑談掲示板で決めるのだ!
『人は、一度しか死ぬことが出来ない』
柔かな印象を抱かせる字体で紡がれたその言葉に、幸福な気持ちから一転、僕は全身の毛が逆立つような感覚に包まれる。
震える手で紙切れを矯めつ眇めつしてみるが、ノートの切れ端らしいそれには他に何の手がかりもない。
いつポケットに入ったのか、誰がこれを書いたのか……僕には全く思い当たる節が無かった。
そこに書かれていた文言は、否が応にも彼女のことを思い起こさせる。
言い知れぬ憂愁に心がかき乱され、浮かれていた先程の気分では思い付きもしなかった疑問が浮かんでくる。
そもそも、どうして彼女は猫になったのか。
チャリチャリと音がして、ビニールが手に触れた。
あの飴を食べた後残った包み紙だ。
そうだ、夢じゃなかったんだ。
何か他のものが指に触れた。
紙切れ・・・?
僕はそれをポケットから引っ張り出し、広げてみた。
見慣れぬ筆跡が目に飛び込んできた。
「……そうか、なら良かった」
電話越しに透の安堵の吐息が聞こえた。
「春奈先輩が亡くなったって聞いてさ、お前がヤケになってないか心配だったんだ」
春奈が死んだ。それを改めて人の口から聞いて、心の底がざわついてモヤモヤしていくのを感じた。
「ヤケにはなってないよ」
口では否定したが、思い返せばあの少年と白い猫に出会っていなかったら、今頃何をしていたかわからないなとも思った。
「ならいいんだ。そろそろ切るぞ」
「うん、ありがとう、おやすみ」
「おやすみー」
電話を切って、僕は天井をぼーっと見上げる。
……あの出来事ももヤケになった故に見てしまった幻想だったらどうしよう。
僕はあれが夢ではない確証が欲しくてポケットに手を突っ込んだ。
口ごもる僕の様子を知ってか知らずか、透は何気ない調子で話を始める。
最近夜が冷えるとか、明日の予定はどうとか、宿題はやったかとか、いつも学校でしているのと同じような何てことのない会話だ。
彼女のことを話していいのか考えていた僕も、いつの間にか透との雑談に興じていた。
30分程経って会話が途切れた頃、不意に気になったことを聞いてみる。
「そういえば急に電話なんてどうしたんだ? 何か俺に伝えることでもあったんじゃないのか?」
自分では何気ない言葉のつもりだったが、相手の様子が変わったのが電話越しにも分かった。
「……うんまあ、別に用事と言う程の用事はないぜ。ただちょっと、お前がどうしているか気になってさ」
そこから先を言うべきか否か迷っているらしい友人の深呼吸を聞いて、ようやく彼の意図を察することが出来た。
「……ありがとな。俺は大丈夫だよ。ちゃんと落ち着いている」
家に帰った僕は、気もそぞろに夕食を済ませ自分の部屋に戻った。
12時まで、まだ時間がある。
何をすべきなのか。
これから、何が待ち受けているというのか。
ベッドに寝転がってボーッと考えていると、携帯が鳴った。
『カズ、今大丈夫か?』
透だ。
「うん、大丈夫だけど……」
どこまで話そうか? 僕は迷った。
僕が葬儀場に戻ると、母は僕を心配していたらしく僕の姿を見るなり駆け寄ってきた。
どこへ行っていたの、何をしていたの。
母の質問を曖昧にはぐらかしながら、僕は白い猫のことをずっと考えていた。
猫になってしまったなんて、夢だったのだろうか。
それにしてはひどく現実的な、細部まではっきりと思い出せる夢だった。
……夢であってほしくない。彼女が、彼女が生き返るためなら僕はなんだって……。
小言を浴びせても上の空の僕に、母はため息をついて後は黙って僕を連れ帰った。
それじゃあ、また後で。
そう言って静かに去っていく彼女。
その背を追いかけたくなる気持ちをぐっと堪え、僕は辺りを見回して人がいないことを確かめると、人間に戻りたいと心の中で念じた。
すると直ぐに小さな猫の体に膨らむような感覚が走り、僕の肉体はあっという間に人間のものへと戻る。
手首の腕時計へと目をやると、丁度8時を周った位の時刻だった。
もうとっくに通夜は終わって、参列者が帰り支度を始める頃合いだ。
「……取り敢えず、戻るか」
いなくなった僕を探している母の事を考え、葬儀場へと足を向ける。
幸いなことに、公園は自宅からそう遠くない距離にあった。
「ひとつだけ約束して」
彼女は言った。
「死なないで。私が生き返っても、あなたが死んでしまっては意味がないから」
いや、と反論しようとする僕の口を、不意に近寄った彼女の口が塞いだ。
「まだ人目があるわ。今夜12時に、公園に来て」
ボーッとしている僕からすぐに離れて、彼女は言った。
「人間に戻っても大丈夫よ。彼が、また来てくれるから」
「ありがとう」
僕がようやく、言葉を切った時、彼女はそう言って儚い笑みを浮かべて微笑んだ。
「和樹くんの気持ちはとても嬉しい」
猫になった僕は、無意識のうちに鼻と鼻がくっつきそうなほど接近していたらしい。
「でもね」
言葉を区切って、彼女は一歩身を引いた。
「死を生にするには、とてつもなく大きな代償がいるのよ」
彼女は、すぐにでも消えてしまいそうな、やはり儚い笑みを浮かべていた。
いや、消えてしまいそうなのは彼女の存在自体だったのかもしれない。
一瞬でも目を離せば、消えてしまいそうな、不安定な白いシルエットを僕は一心に見つめていた。
直ぐには返事をすることが出来なかった。
耳にした言葉が心にじっくりと染み入るに従って、激しい感情の波にのまれて体がぶるぶると震えだす。
「それは、それはどういう……」
上ずった声で口にしたのは何の意味も無い言葉だったけれど、一度舌を動かしてしまえば後は早い。
僕の口は堰を切ったように言葉を紡ぎ始めた。
あなたが蘇ってくれるなら、何をするのも厭わず、何を犠牲にしても構わない。
溢れるような熱情に浮かされて、長い時間をかけてそのような旨の事を延々と喋り続けた。
取りとめも無く彼女への感情を告白し続ける僕とは対照的に、白い猫は終始穏やかな表情を浮かべていた。
目の前に白い猫の顔があった……
大きすぎる?
違和感を感じる間もなく、顔を寄せなめられた。
ゴロゴロゴロ……喉を鳴らす音が耳元で聞こえ。
その心地よさに僕は陶然となった。
「やっと、会えた……」
僕は尻尾を動かした。尻尾?
そうだ。
僕は猫になっていたのだ。
「ねえ、私、生き返ることができるかもしれないの」
甘味が僕の口をいっぱいに広がった時、僕の身に異変が起きた。
僕の視界は徐々に白く染まり、同時に強烈なめまいに襲われる。
――世界が回ってる?
白と世界がぐるぐると渦巻きを作り、その渦の中心に僕の頭が吸い込まれていく錯覚を覚える。
その感覚に恐怖を覚えた僕は、飴玉を舐めてしまったことを後悔した。
そんな僕にはお構いなしで、世界は溶ける。白と世界が溶け合って、白に染められていく。
僕は思わず目を塞ぎ―――
「一樹……くん?」
聞こえたのは、馴染みのある、あの声。
ああ、僕は大切な人を亡くしてどうかしてしまったのだろうか?
その立ち振る舞いや鳴き声に彼女の面影を見たような気がしても、目の前の猫が『そう』だと考えてしまうなんて、そんなの馬鹿げている。
だと言うのに、握られた掌には固くて丸い物の感触が返ってきて……。
貰った飴玉を口に入れることにはあまり躊躇いは無かった。
その滑らかな表面に舌先が触れた途端、体中を温かい液体が駆け巡るような感覚に包まれる。
何か信じられない物を見たような、とても人間らしい驚きの表情を浮かべて、純白の猫がピンと背筋を伸ばす。
どれくらい時間がたったろうか。
葬儀場を出て、僕は周囲を見回した。
いた。
樹の根元にちょこんと座った白猫は、僕を待っていたかのように近づいてきた。
「君は……?」
問いかけに返事はない。だが逃げようともしない。
僕は無意識にポケットに手を突っ込んでいた。
僕のすぐ横に立っていた女性は、少し腰を屈めて、手で猫を追い払うようなしぐさをとった。
猫はにゃぁんと彼女に向かって一鳴きして、僕の足元をぐるりと一周した。
普通の猫の鳴き声に、僕は安心感と落胆を当時に覚えた。
それでも僕の心はこの美しい白猫にすっかり魅了されていた。
「母さん、やめてよ」
「だってカズくん、ここ、動物は連れてきちゃいけないのよ?」
母が言うとネコはにゃん、ともう一鳴きして僕から離れるようにかけ出した。
視線を落とすと、そこには抜けるような純白の猫がちょこんと座りこんでいた。
聞き違い、だろうか。
理性的に考えればそうに決まっている。視線の先には猫しかいなかったのだから。
でも幻聴にしては……いや、だからこそ、なのだろうか。その声はあまりにも彼女に似ていて、魅せられた僕は吸い寄せられるように猫へと指先を伸ばしていき……。
「あら、この猫、どこから入ってきたのかしら」
直ぐ横に立っていた人の呟きで、僕ははっと顔を上げた。
逃げ出したい気持ちを抑えて、うつむいたまま僕は彼女の遺影を見た。
いつもの明るい笑顔だった。
目をそらしても頭の中に焼き付いている。
涙があふれた。
焼香のこともお坊さんの挨拶も覚えていない。
彼女のお父さんが「ありがとう」と言ってくれたけど。
僕は返事を返すことができなかった。
「もう、泣かないで」
また、声が聞こえた。
だが、今度は足元で。
気がつけば僕は白と黒で構成された世界の一部になっていた。
公園を出たその足で葬儀場に向かっていたのだ。
「遅いじゃない、なにやってるの」
そう僕をたしなめる声が聞こえた気がした。
思わず振り返って声の主を探すが、しばらくすると僕はあることに気づいてしまった。
その結果、僕は自分の表情を隠すようにうなだるしかなかった。
……その声の持ち主はもうこの世界にいないのだ。
僕は手の上の飴玉を何とはなしに転がしながら考える。
少年の言っていた「やり直し」が何を意味しているのか、とか。
その言葉が救いとなる段階はとっくに過ぎ去ってしまったはずだ。
行かなかったところで、僕の大切な人がああなってしまった事実が無くなるわけではない。
それが理解できる程度には、僕の心は落ち着いている。
ならばどうしてこんなにも、少年の言葉に心惹かれるのか。
「下らない」
そう呟きつつも、僕はその飴玉を捨てることなく、ポケットに突っ込んで公園を後にする。
その場を去る僕の背中に、猫が別れを告げるような鳴き声を投げかけてきた……ような気がした。
おずおずと僕は飴玉を受け取った。
「それを食べれば、猫になれる」
少年の一言に僕は目を見開いた。
「大丈夫、戻ろうと思えばすぐ戻れるから」
「気になるなら、行ってみたらどうだい?」
手の上の飴玉を凝視した隙に、その言葉だけ残して少年の姿は消えていた。
いつの間にか猫が現れ、何事もなかったようにあくびをしていた。