●剣道部、見参●
校内で鷹取先輩が、らくがお仮面の話を一年生たちに持ちかけたのはご存じの通りですが、もう一組、胸像の付近で人集めをしている人たちがいました。
剣道部です。
「やーやーやー、そこの君! 一緒に剣道始めてみない? 初めてでもだーいじょうぶっ! あたしなんて剣道はおろか運動すらろくにしてないからね! やっははー!」
なんともはや元気な呼び声、その主はと見ればセミロング髪で童顔、いくらか中学生風ですがなかなかの美少女、目 鏡子(さがん きょうこ)なのでありました。彼女は一年生なのですが、既に入部しているのです。剣道着に袴ばき、胴と垂だけ防具を身につけ、巣立ったばかりの雀がさえずるような、なんとも溌剌たる表情をしています。
「胸像のところに人が集まっていますけれど、あれは何なのかな?」
そんな鏡子に身を寄せて、仲良しの七種 蛍火(さいくさ けいか)が訊きました。らくがお仮面については彼女はまだ、なにも聞いてはいないのでした。
「そういや、なんだろう?」
鏡子が首をかしげたので、
「あれか? なんか『落書きマスク』だかなんだか、そんなやつが出没するとかしないとか、そういう話らしいな。まあ、俺たちには無関係だろう」
と御剣 刀(みつるき かたな)が答えます。
「そういうこと。今はとにかく、一人でも多く部員を集めないとね。それが先決っ!」
伊藤 佳奈(いとう かな)がうなずきました。
「や、そこ行くお前さんちっと良いかい。部活は決まった?」
貫埼 遥人(つらぬき はると)もやる気は満タン、強そうな生徒、あるいは元気そうな生徒、でなきゃ運動できそう、それもなければ押しに弱そう、えーいそれもないならヒマそうな生徒っ! ……という基準で道行く生徒たちに声をかけていくのです。
ところで最初に、鏡子が一年生であることを明かしましたが、何を隠そう実はこの五人、全員が一年生なのです。なんとこの寝子島高校剣道部は、公認クラブなのにどういうわけか、新入生ばかりで先輩がいないという状況なのでした。けれどもこのことをマイナスに思っている人はいません。蛍火はその事実を正直に明らかにした上で呼びかけるのでした。
「しかし逆に考えれば、新入生だけで自由にこれからの剣道部を作っていけるという意味でもあります! みんなで剣道部を盛り上げて行きませんか」
皆で楽しく、というのが、島岡先生が提唱した部のテーマです。それを蛍火は気に入っています。だから元気に言うのです。
「あたしも剣道は全然やったことない初心者だけど大丈夫よ! 一からでもやっていけるって確信してるわ!」
「新しく剣道をはじめたい人は今がチャンスということ! こんなチャンスもうないかもよ? やっははー!」
鏡子がすかさず応じました。
高校剣道デビュー、というのも変な言い方ですが、はじめるのが一人じゃ不安でも、こうしてみんな集まればきっと上手くいく――佳奈もそう信じています。
はっ、と夢宮 瑠奈(ゆめみや るな)は気がつきました。
「あれ……あたし……?」
目覚めてびっくり、といったところでしょうか。瑠奈はたしか、像が見える噴水の縁に腰掛けて、ゆったりとお茶を楽しんでいたはずです。らくがお仮面の騒ぎについては、それなら見守ろうかしらぁ……、という反応を示しただけでした。ぽかぽかな春の暖かさがまどろみを誘い、ついうとうとしてしまった彼女は、気がつけば剣道部一同の前に立っていたのです。
眠っている間に歩いたのか、それとも、夢うつつの状態でぼんやりと来てしまったのでしょうか。
ともかく、足を止めた彼女に、片眉を上げて遥人は話しかけました。
「や、そこ行くお前さんちっと良いかい? 部活は決まった?」
「いえ……」
「OKOKそれじゃ少し話さないかい? なーに、時間はそんな取らせやしねえからさ。な!」
「う~ん、でも~」
なにせ寝起きですから瑠奈は、イエスともノーとも言えず、ポヤーっと戸惑うだけです。すると遥人は、何とも魅力的な笑みを見せて畳みかけます。
「お前さん芸術科か? いや、言わなくても分かる。どうだい、暇してんだよな? そんなお前さんにうってつけの部活動が有るZE」
さらに駄目押し、佳奈がにっこり微笑みかけました。
「剣道は楽しいよ~、カッコイイよ~。ダイエットにも最適だよ~」
佳奈は剣道経験者です。いえ、『経験』どころか、素質・実力とも申し分なく、練習に限れば無敵の強さなのです。ただ、舞台度胸がないというか、試合では緊張しすぎて普段の半分も力が出せないのでいまだに無冠ですが……。いつか試合でも実力が出せるようになれば全国も狙える逸材といえます。
とにかく、『楽しい』は強調したい佳奈でした。家の道場での練習も好きですが、学校の部活の楽しい雰囲気も大好きだからです。
「じゃあ、見るだけ……」
まあいいか、と瑠奈は、首をこくりと倒しました。正直、剣道にそこまで興味が出てきたかはわからないのですが、この人たちには少し、興味が出てきたのです。
瑠奈以外にも新入生が数人集まったのを見ると、
「少しは人が集まったな」
刀がうなずき、
「それじゃあ、頼んだよ~」
佳奈が言いました。
「うっし任せた! 俺たちはもっとどんどん新入生を集めてそっちに送らあ!」
遥人がゴーサインを出したので、刀と佳奈は武道場に移動しました。
「では、体験会をしたいと思う」
刀が言いました。道場には、紺色の剣道着を着て防具を付けた人形が立てかけてあります。
「俺は竹刀の芯を食った時の感触からくる気持ちよさが剣道の楽しさの一つだと思う、それを体験してもらいたい」
言いながら、集まった新入生たちに説明します。
何人かチャレンジしましたが、どうも上手く行かないようです。それはそうでしょう、これは刀自身、わかっていました。ただ竹刀を振って面を打てば芯を食うわけではないのです。振り下ろすときの手首の返し、腰や足の動きなどがかみ合う事で芯を食う面打ちができるのですから。
けれど悪くない――との感慨を彼は抱きました。ちらほら成功する人もいましたし、上手く行かずとも、和気あいあいとした賑わいが実現したからです。
瑠奈も恐る恐るですが、ぺちっ、と竹刀で一撃して不思議そうな顔をしていました。
「続いては模擬戦よ。見ててね」
手早く佳奈は面を付けました。既に刀も装備を終えて立っています。
審判はいないので互いでタイミングをはかり、一礼。蹲踞の姿勢から互いの構えに入りました。
刀は剣道というよりは剣術家なのですが、さすが、竹刀を構えると威風堂々たる姿勢になります。ですがそれに負けずとも劣らない佳奈も素晴らしい。立っているだけで、彼との身長差をまるで感じさせない気迫を感じさせました。
いつしか新入生たちは固唾を呑んでこの対面を見守っていました。
短時間、息詰まるような沈黙があり、突然、
「セイッ!」
刀が打ちかかりました。紫電一閃、凄まじい面打ち。
――伊藤、面が空いてるよ、もらった!
と、思ったは刹那、彼はバァン、と目に星が散るような一撃を浴びていました。
これぞ佳奈の得意技、奥義『切り落とし』です。いわゆる面打ち落とし面に近い技で、上級者が繰り出す様は芸術作品のように美しいと言われています。
「浅い……引き分けだね」
ところが佳奈は一礼すると、面を取って言ったのです。大勢の人の視線に緊張したのか、わずかに手元が狂ったと言います。
「そうかな……?」
「そうだよ」
佳奈が微笑したので、刀もつられて笑いました。
そして彼らを包んだのは、惜しみない拍手でした。
さあ、これを見て、何人が剣道部に入部届を出してくれるでしょう? そして今日は一体、何人集めることができるでしょう?
生まれたばかりの剣道部、その挑戦ははじまったばかりです。興味がある人は、入部届を出してみませんか。
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