「ふっふっふ、追い詰めたぜ、ボン太! 覚悟ーーーーッ!!」
「わー、ダメだ! 落ち着け!」
脱衣所に雪崩れ込んだ透は女湯のガラス戸に手をかけた。大福が取り押さえようとしたが、時既に遅かった。
ガラッと開いてしまった戸の向こう。石像のように固まる女子達と目が合ってしまった。
「きゃああああああああああーーっ!!」
「うわああああああああーー!! 女湯だぁ!!!」
乗り込んで来たゾンビに座敷童子(は別に怖くないけど)、ミイラ男にパニックになる女子たち。
そして一気に我に返ったホラー愛好会も自分たちの置かれた状況にパニックだ。
「ふぅ……」
女湯と言う名の楽園のあまりの刺激に、大福は真っ赤になって気を失った。
「だ、大福!?」
慌てて荒太郎が支える。しかし次の瞬間、無数の洗面器が飛んで来た。
「わー! わー! こっち来んな! 悪霊退散悪霊退散!!」
「うわわわわっ!!」
英子は真っ青になって洗面器を投げまくる。こう見えて彼女、超常現象の類いが大の苦手なのだ。
「キャー! お化けはこんといてー!」
かなえも悲鳴を上げて、滅茶苦茶にその辺のものを放り投げた。その中には自前の豆腐もまじっていた。
「ぶっ!?」
荒太郎の顔面にべちゃっと弾ける豆腐。すると彼はあっさりとその場に崩れた。
「荒太郎!? ど、どーしたんだ、しっかりしろ?」
慌てて駆け寄る透だったが、彼は完全に伸びていた。
「……え、ええー? と、豆腐で??」
まだかなえも気が付いていなかったが、それは彼女の目覚めたろっこん『とうふの角に頭ぶつけて死なす』の力だった。名前こそ物騒だが、”死なす”だけの力はないのか、幸い荒太郎は気を失うだけで済んだ。
「なんかとんでもない騒ぎになってるなぁ……」
遅れて脱衣所に入ってきた幽霊ことイチカは、浴場をふてぶてしく闊歩するボン太を発見した。
「あっ、見つけたぞボン太」
飛び交う洗面器をくぐり抜けて、イチカはボン太に迫った。白装束に天冠と目立つ格好の彼女だが、女子もホラー愛好会もパニック状態のため、湯気に紛れて入ってきた彼女には気付いていないようだった。
イチカは抱きかかえようとボン太に手を伸ばす。
「それ捕まえ……ってうわあっ!」
またしても着物のすそを踏ん付け、彼女の小さな身体は宙を舞った。どっぼーん、と湯船に落ちる。
「な、なに……?」
突然上がった水柱に、日菜は驚いて振り返った。
「ううう、せっかく仮装してきたのにズブ濡れ……」
湯の中から現れたのは、髪も服もじっとり濡れ、幽霊度が赤丸急上昇したイチカ。
「きゃあああああ!! 幽霊!!」
「ふえ?」
イチカはきょとんとして、悲鳴を上げる日菜を見た。
「ゆ、幽霊って織田のこと?」
日菜はシャワー台に走ると、曇った鏡に指先を滑らせ、鷲の絵を描いた。それからパンと手を叩いて、絵に触れる。すると、一羽の白頭鷲が鏡から飛び出して来た。
「ルーくん、あの幽霊を追い出して!」
彼女のろっこん『とりのおうさま』だ。
召還された白頭鷲のルーくんは、猛禽類特有の恐ろしげな目で獲物を定めると飛びかかった。
「うわあああーっ! た、助けてー!!」
ギャーギャー突き刺すような声を上げながら、鋭いクチバシで白装束をびりびりについばむ。
「……ん? あれ、同じクラスの織田さん?」
日菜は目を細めた。ルーくんから逃げ惑う小柄な女の子に見覚えがある。と言うことは……。
「あーっ! お化けじゃないよ、男子だよ!」
「はぁ、男だぁ?」
ひたすら洗面器を投げていた英子の手が止まる。
「お、男だと……」
祭はつとめて冷静に表情こそ崩さなかったが、その顔はみるみる耳まで真っ赤になっていった。
「おまえら、集団で乗り込んでくるなんてどーゆーつもりだ!」
英子はギラリと迫力のある目で透を睨み付けた。
「ち、違う! これは違うんだ!」
後ずさりする透だったが、何かにつまづいて転がった。それは先ほどうっかり女湯に足を踏み入れた行忠だった。何をされたのかはあまり想像したくないが、ボッコボコにされて血まみれで倒れている。
「ひえええええええっ!」
「……もう我慢の限界だわ!」
方円が怒りをあらわに湯船から立ち上がった。
「どんな理由があろうと、男子が女湯に入ることは許されないわ! せいぜい許されるのは幼稚園児まで! 覗きをするような不届き者には罰が必要よ、罰が!」
風呂の水がひとりでに起き上がり、鎖鎌のような形状になった。方円のろっこん『水鎖鎌舞』だ。ぶんぶんと振り回される鎖鎌は湯船に浸かる猫たちも吹き飛ばした。
「ふにゃあああ~~!」
「って言うかね、大体猫がこんなとこにいるのもおかしいのよ! 皆出て行けーーっ!」
英子は吹き飛ばされる猫を、次々に空中で受け止めた。
「おっと、危ないなー。にゃんこども、大丈夫か?」
「ふにゃ~ん」
猫は彼女の胸に頭を埋めて可愛く鳴いた。
「こうしてると可愛い猫なんだけどな……おっと、こいつは返してもらうぞ」
猫の口から答案を取り返す。
「ぶにゃ~~~~!!」
「ん?」
ふと上を見ると、鎖鎌に吹き飛ばされたボン太が、脱衣所のほうに弾き出されるのが見えた。
「うおおおおおおおおっ!!」
飛んでくる鎖鎌を右に避け、左に避け、透は逃げ惑う。
「お前たちは誤解してる! 俺たちホラー愛好会は覗きをするような淫らな活動はしていないっ!」
「だったら何故、こんなところに来てるのよ!」
「俺たちはただ伝説の猫ボン太を追って……」
「嘘言いなさい! そんな猫ほんとはいないんでしょ! 覗きをするための口実なんでしょう!!」
方円は問答無用で鎖鎌を放つ。乱れる水の鎖が、ぐるぐると透の身体に巻き付いた。
「!?」
そして同時に、女湯の戸が勢いよく吹っ飛んだ。
「見付けたぞ、このドスケベゾンビ!」
乗り込んできたのは、四人も背負った孝太郎。その荒ぶる鉄拳がガラス戸を吹き飛ばしたのだ。
ちょうどその時、縁結びの効果が切れた。四人が孝太郎の背中からずるりと落ちる。
身軽になった彼は飛翔し、透に鉄拳を見舞う。
「おりゃあああああ!!」
「うおぅ!?」
間一髪、避けることが出来たが、鼻先をかすめ壁に叩き付けられた拳は壁にビシィと亀裂を入れた。
「うおおおいっ! 殺す気か!」
「……ん、ああ、なんか凄いな俺。どっからこんなパワー出てくんだろ。なんだろうな、これ」
溢れ出す力に彼自身も困惑していた。
「それに何か、身体も奇麗になってるような……。これなら今日は風呂はいいかな……」
「風呂には入れ!」
孝太郎の影から庚が素早く飛び出し、透の腕をとるとそのまま倒して締め上げた。
「いででででっ!」
「捕まえたぞ。大人しくしろ」
「するする! と言うか、はなっから暴れてねーっての! 誤解だってば!」
そんな彼らの傍らで、璃人はむくりと起き上がり、硬くなった身体をぽきぽき鳴らした。
「ふぃ……、なんだか疲れました」
それから、浴場の隅で震えてる猫たちに目を向ける。皆が暴れていたのですっかり怯えてしまったようだ。
「巻き込んでしまってごめんなさいね……”メットル・ユヌ・ヴォレー”」
呪文を唱えると、光るステッキが目の前に現れた。彼のろっこん『魔法少女(ソルシエール)☆りぃ』だ。
するとキラキラ光るものに目がない猫たちは、璃人のステッキに集まってきた。
「にゃ~~~~」
「あはっ、良い子なのです♪」
驚かさないよう抱き上げて、小さな身体をナデナデ。猫たちは気持ち良さそうに鳴いた。
「葛城くんに、御手洗くんに、如月くん? もしかして助けに……?」
日菜は目をぱちくり。他の美食クラブ女子も、勢いよく乗り込んできた男子たちに目をぱちくりしている。
しかしその時、解き放たれた淫獣、信天翁が声を大にして叫んだ。
「来た! ついに辿りついたぞ、エデンに! 皆、協力ありがとう。これで思い残すことなくパイオツやツーケーをじっくり堪能することが出来るよ。ありがとう。もう一度言う、連れてきてくれてありがとう!」
きらきら目を輝かせ、信天翁は美食クラブ男子を見回した。
「……お、おい、誤解されるだろ」
「もう、遅いようだぞ、御手洗……」
美食クラブ女子はめらめらと目に炎を燃やし、こっちを睨み付けていた。
「あんたたち、ドサクサに紛れて覗きにきたのね……! サイテー……!!」
「ご、誤解だーーーッ!!」
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