「さすが寝子島、猫の数が半端じゃないねぇ……」
雨寺 凛(あまでら りん)は猫を探して駅前通りを歩いていた。
道を歩けば猫に当たると言うほど、猫の姿はよく見かける。イタズラ猫に普通の野良猫、そして家猫。けれども凛のお目当てはボス猫のボン太だ。
「……ん?」
杜の湯の前に栖来 衣夢(すくる いむ)を見付けた。
電柱の影にこそこそ隠れて、銭湯の入口をじっと見ている。
「……何してるの?」
「張り込み」
「張り込み……って何の?」
「ボン太のよ。彼らの縄張りのひとつがこの杜の湯なら、ここに姿を見せる確率は高いでしょ?」
「なるほどぉ。凄い作戦だね。で、ボン太は来たの?」
「ええ、すこし前に中に入っていったわ」
「それなら……!」
凛は腕まくりした。
「……あなた、何してるの?」
「何って、乗り込んでって捕まえようかなぁって」
「それはあまりよくないと思うわ。大切なのは住処をおさえることよ」
「ボン太のねぐらってこと?」
コクリと衣夢は頷いた。ちょうどその時、銭湯からボン太が出てきた。
「ぶにゃ~~~ご!」
ぼてぼてと走り、商店街のほうに向かう。
「追いかけましょう」
衣夢はコンビニの袋からトマトジュースを出して飲み始めた。するとすぐに異変があった。
「!?」
彼女のろっこんは『夜の皇女(ナイトメア・ヴァンピーラ)』、赤い液体を飲むと吸血蝙蝠人間に変身すると言うものだった。口には牙が、背中には蝙蝠の羽根が出てきた。
「な、な、なにそれ!?」
「これが私のろっこんよ。狙った獲物は絶対に逃がさないわ」
牙の覗く唇をぺろりと舐め、衣夢は飛び立った。
「……あっちね」
「わー、そんなのズルい! 待ってよー!」
商店街の一角にあるとある民家。ここの屋根の上がボン太のねぐらだった。
ぽかぽかと暖かな瓦屋根、商店街を見下ろせるこの場所がボン太や猫たちのお気に入りなのだ。
ところが、戻ってきたボン太たちの前に、見知らぬ先客の姿があった。
緑の瞳を持つ猫、テオドロス・バルツァだ。
ボン太たちは、自分たちのねぐらで寛ぐ見慣れない客に、うーうー唸った。
「フーッ! フーッ!」
「ぶにゃ~~~ご!!」
テオは顔を上げ、じろりと睨みを利かせた。
「……にゃ!?」
骨の髄から凍てつくような迫力に、ぴんと立っていたボン太の尻尾も、しおしおふにゃりとしおれた。
「……ぶにゃッス」
「……にゃッス」
テオはまたもぞもぞとまるまり眠りに就いた。
「……あれ、いなくなった」
ねぐらに戻るなり、すぐに移動したボン太達に驚きながらも、衣夢は屋根に降り立った。
屋根にはくしゃくしゃになった答案用紙が何枚か落ちていた。梅影裕樹、綿会日華、神条誠一、握利平、納十一……それぞれのやばい答案だ。
「……奇麗なねこ」
衣夢は寝ているテオを見付けた。なんだか不思議な雰囲気の猫におそるおそる近付く。
「ね、猫はー?」
屋根の下に息を切らせた凛が走ってきた。衣夢は足を止め、凛に目を向けた。
「もういなくなったわ」
「そ、そんなー……」
ガックリ肩を落とす彼女の頭の上、屋根の上を走る小さな足音が聞こえる。
「もう追いかけてても埒があかないわ。こうなったら……」
凛は右の耳に触れて口を開いた。
『ぶにゃ~~~~ご!』
ボン太そっくりの鳴き声が町内に響いた。
一度聞いた音を自分の声の代わりに出せると言う凛のろっこん『虚偽声楽(フェイク・ショウ)』だ。
彼女の真似たボン太の声は完璧。ボスの呼び声に釣られて猫たちが集まってきた。
「よしよしよく来たわね。みんなまとめて一網打尽にして……」
きょろきょろ周りを見回した。気が付けば、逃げ場なく囲まれていた。そして気持ち猫たちの鳴き声が荒い。
それもそうだろう。ボスの声がして行ってみたら、ボスはいなくて人間がいる。猫でも何かあったと思う。
「あのー、もしかして私……ボスになんかしたって思われてる……?」
「フーッ!!」
「わわわわ、ヤバイ襲われる!」
一斉に飛びかかられ、あっという間に猫まみれになった。
「た、助けてー!」
「ボーボーボン太ーこーい。こっちの蕎麦は美味しいですよー」
薄野 五月(すすきの ごがつ)は蕎麦を手に商店街を歩いていた。
「おう、五月ちゃん、出前かい?」
魚屋のおじさんが声をかけてきた。
五月の家は商店街の『蕎麦屋すすきの』、商店街の人たちとは小さい頃からの付き合いだ。
「どうも、おじさん。ボン太を探しとるんですけど、知りません?」
「ああ、あのデブ猫か。今日は一段と商店街が賑やかだと思ったら、またなんかやらかしたのかい?」
「うちの学校の先生がもの盗られたらしいんです」
「学校の先生が? はぁそりゃ大変だ」
「大人しくしとると可愛いんですけど。いえ、大人しくしとらんくても可愛いんですけども。でも駄目な時は駄目と、ちゃんと言ってやらんとあかんですね。ボン太達も同じ商店街の仲間ですから、商店街の子がやった事は商店街の人が何とかせんとあかんでしょう」
「はぁえらいねぇ、五月ちゃんは。それで蕎麦で誘き出そうってわけかい」
出汁用の鰹節をどっさり盛ったかけそばはたまらない薫りを漂わせていた。
「おじさん、今夜は蕎麦にしたくなっちゃったよ」
「そしたら、是非うちにどうぞ」
「あっはっはっ、五月ちゃんは商売上手だねぇ。あ、そうだ、そこの坊主も猫探ししてるって言ってたぜ」
「?」
店と店の間の隙間に白鳥 悠生(しらとり ゆうせい)が座っていた。
「何しとるんです?」
「猫……待ってる……」
悠生はスケッチブックに猫の絵を描いていた。
「いたずら猫には……お仕置きしないと……。猫……魚好きだから……きっと魚屋さんの前で……待ってたら……猫来るかも……」
横には網が立てかけられていた。
「猫はまだ来ませんか?」
「うん……たぶん……」
視線をまったく動かさず、悠生は猫の絵を描くのに夢中になっていた。
その時「た、助けてー!」と凛の悲鳴がすぐ近くで聞こえた。
「あの今、悲鳴が……」
「うん……」
悠生は黙々と絵を描いている。
「……じゃ、ちょっと見に行ってきます。猫来たらおしえて下さい」
「うん……」
五月は悲鳴のしたほうへ。猫まみれの物体を見付けると、蕎麦を向けて猫たちを誘った。
「こっちのほうが美味しいですよ」
「にゃ~~~」
猫たちは凛から離れ、五月の蕎麦に集まった。山盛りの鰹節を美味しそうにはむはむしている。
「た、助かった……」
ぼろぼろの凛は身体を起こして、ボサボサになった髪を押さえた。
「……どうやらボン太はおらんようですね。猫さん、あんた達もあんまやんちゃしたらダメですよ」
「にゃんにゃん~~」
五月は猫の頭を優しく撫でた。
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