「ボン太ぁ、どこぉー! 出てきなさーい!」
野々 ののこは”参道商店街”で、黒崎先生の持ち物を盗んだボス猫の”ボン太”とその仲間のイタズラ猫たちを探していた。
夕暮れの商店街はとても賑やか。買い物してるお母さん、会社帰りのお父さん。おじいちゃん、おばあちゃん。バイトが終わったお姉さん、バイトに繰り出すお兄さん。それから寄り道してる学生がたくさん。
「私の答案返してよぉー! あとね、うーんと……先生の持ち物も! ボン太ぁどこにいるのー!」
「よう、大声あげて何の宣伝だ? なんかのイベントか?」
的場 カンタ(まとば かんた)はののこに声をかけた。
ちょうどお肉屋さんで買い食いしていたカンタの手にはほくほくのコロッケがあった。
「あー、買い食いしてるいいなー。いいなー」
ののこは目を輝かせる。
「どーしよう。私も買おうかなぁー」と言いかけて、はっと「違うよ、猫探してるんだよ!」
事情を説明するとカンタは興味無さそうに、へぇ、と言った。
「なんだ猫か」
「なんだじゃないよー。教頭先生困ってるんだよ。あと、私も困ってるんだから」
「やめときなよ、女子なのに危ないって。ひっかかれるよ。あいつらマジなめてたらやばいから。俺なんかこないだツナサンドぱくられたもん。そもそもここらへん猫だらけでどれだかわかんないでしょ」
「わかるもん。私、猫とはすぐ友達になれるんだから」
ほっぺを膨らませ、すたすた歩き始めた。
「ちょ……もーわかったよ、俺も手伝うってば」
「ほんと?」
「まぁつってもなぁ、食い物で釣るにも俺のは取られたくないし。君なんかもってない?」
「ええと」
ののこはポケットを漁る。ビスケットが出てきた。
「お、それいいじゃん」
カンタは店の軒先をうろうろしている猫にビスケットをちらつかせる。
「おーい、ちちち、こっちおいでー……」
とてとて近寄ってきた猫の首根っこを押さえようと手を伸ばす。ところが、猫はそれにすぐ気付き、ねこぱんちで反撃してきた。
「うぉねこぱんち!? あっぶね!」
「フーッ!!」
「こんにゃろ……、こうなったらろっこんの念力で取り押さえたる……!」
ろっこんの『念力』を発動させようと意識を集中させた。
「うおおおおおー……!」
「おお!」
ただならないカンタの気合いに、ののこの握った拳にも思わず力が入る。
「おおおおおお……!!」
「おおお!」
「おおおおおおおおおおおお……!!」
「おお……?」
けれども何も起こらなかった。
「……ダメだ。まだ上手くコツが掴めねぇ。今日はろっこん無理だわ」
「えー!」
「んじゃ俺、帰るわ」
「えー! 帰らないでよぉー! あきらめ早すぎるよ!」
「人間諦めが肝心だって。あ、電話番号だけおしえて。今度遊びに行こうよ」
「もう! 真面目に手伝って!」
「鯛が特売だったのはラッキーだったぜ。今日は久しぶりに煮付けでも作るか。あとは、明日の朝飯の分と……」
学校帰りの白川 勝也(しらかわ かつや)は買い物をしていた。
夕飯の材料を買って帰るのはいつものこと。高校生だけど、家では彼が家事全般を担当してるのだ。
「にしても、なんか今日は戦利品くわえた猫が多いな。どこのトンマだよ、猫にもの盗られるって」
流石に長年店を構えてるこの商店街じゃ、イタズラ猫の扱いも慣れたもので、ものを盗られることはそうない。
「どーやら盗まれたのは教頭先生らしいよ」
猫島 寝太郎(ねこじま ねたろう)は言った。
ねこじゃらしを手に路地裏や物陰を覗いている。先生の持ち物を取り返すため猫探しをしているところだ。
「教頭が?」
「うん、なんでも貴重品を片っ端から盗られちゃったらしくてねぇ」
「……あの先生、すげぇスマートな感じなのに意外だなぁ」
「あと入学してすぐやった学力テストの答案も持ってかれたらしいよ。出来の悪い答案を預かってたんだってさ」
「……は?」
「まぁ自分はそこそこ出来てると思うから関係ないんだけどねぇ」
眠そうな目を向けながら、屋根の上にいる猫にねこじゃらしを振る。
「大問題だろ! 俺、あのテスト全然自信がねぇんだよ!」
「あら……、そりゃ御愁傷様だねぇ」
「だねぇじゃねーよ。この商店街よく来るし、知り合いも多いんだから、答案バラまかれたら困るんだってば」
そこに猫を探してカンタとののこがやってきた。
「答案くわえた猫、こっちに来なかった?」
「お前らも答案を追って……?」
おたがいに事情を話すと、なんかシンパシーを感じちゃったのか、ののこと勝也はグッと拳を付き合わせた。
「絶対、答案取り戻そうねっ!」
「おう!」
「……めんどくせーけど、しょうがねぇ。早く捕まえて帰ろうぜ。ほら、向こうに逃げたぜ、行くぞ」
カンタはぽんぽんと皆の肩を叩いて急かす。するとその途端、どこからかドサリとものの落ちる音がした。
「ん?」
気が付けば、目の前に布団一式が敷かれている。
「……お布団?」
「なんでこんなとこに布団一式が? つか、いつの間に?」
「……あれ、あいつ何処行った?」
「どうしたの?」
首を傾げる勝也にののこも首を傾げた。
「さっきの、寝太郎だっけ……あいつどこ行った?」
(ここにいるよー!)
「んだよ、先に行っちゃったのか?」
わけがわからないと言った様子で、ののこ達は先に行ってしまった。
(いるってばー!)
しかし寝太郎の言葉は届かなかった。何故ならば、彼は今布団になっているからだ。
それは彼のろっこん『憧れの超高級羽毛布団』によるものだった。寝不足の人物に肩を二回叩かれる事で発動するそれは、運悪く昨晩夜更かししてたカンタに叩かれた事で発動してしまったのだ。もっとも、本人はまだ自分がもれいびである事も、こんななんか意味のわからないろっこんの使い手だとは気付いてもいなかったが。
(身体が動かないんですけど……!? やけに地面が近いし、アスファルトから熱が伝わってくるし……。あ、だんだん身体がほかほかしてきた……! なにこれ、なにこれ、どういう状況……!!)
自分の状態すらわからず途方に暮れていると、どこからか猫たちが集まってきた。
「にゃ~~~」
「!?」
猫と言えば、丸くなるのが主な仕事。特にふかふかした布団の上は丸くなるには絶好のスポットだ。
(もしかしてこれはチャンス……?)寝太郎は捕まえようと手を伸ば(……って、手ぇどこだよ!)
誰もが知ってると思うけど、布団に手はない。
(誰かー! ここに猫がいるよー!)
「にゃ~~~」
「くっそ、逃げ足の速い猫だな……こうなったら!」
すばしっこい猫たちに追いつくのはむずかしい。勝也はさっき買ったばかりの鯛に目を落とした。
「もったいない。もったいないけど、答案を取り戻すため……!」
今晩のメインになるはずだった鯛を、むんずと掴むや名残惜しくも放り投げた。ぺちゃっと目の前に落ちてきたご馳走に、猫はくわえてたものを捨ててぱくぱく食らいついた。
「今だ!」
3人は慌てて盗まれたものを拾う。答案、答案、答案、先生の万年筆、答案、答案、答案時々先生のハンカチ。
「うわ~~ん、私の答案がないよぉ~!」
「俺のもだ! どこだ!」
「あ……、別の猫グループがこっちに来るぞ!」
カンタは立ち上がった。
「今度こそ……! うおおおおおおおおお……!!」
意識を集中する。今度はさっきと違って感触があった。見えない何かが猫を空中に引っぱりあげたのだ。
「よっしゃー!」
そのまま猫はカンタの腕の中に。くわえていた答案を取り返すと、カンタはおもしろがってそれを読んだ。
「どれどれ、おっ白川勝也……、出ました、20点! うはは、バッカでー!」
「どっせぇーーーーいっ!」
勝也は慌てて答案をひったくった。
「バカじゃねぇの! なんで今読み上げた! 読み上げる必要なくない? ねぇ、今必要ないよな!?」
「ひひひ、いやー立派な点数だから世間に知らしめないとと思って」
「うるせーバカ! ほんとバカ!」
「わわっ、ふたりとも喧嘩してる場合じゃないよー!」
「ん?」
ののこの言葉に振り返ると、猫たちが一斉に突っ込んでくるのが目に入った。
「わわわわっ!!」
猫たちは足元をすり抜けて、商店街を走っていく。
「追いかけないと!」
ところが、勝也は腕時計を見ていきなり足を止めた。
「げげっ! もうこんな時間じゃねぇか!」
「どうしたの?」
「わりぃが先に抜けさせてもらうぜ。俺には晩メシを作るってそれは重要な仕事があるんだ。あとは頼んだ」
「えぇー!?」
「お前、自分の答案だけ回収して……ズルくね、それ?」
「しょうがねーだろ。うちにはイタズラ猫の百倍めんどくせー姉ちゃんがいるんだよ!」
勝也はじゃあな、と踵を返した。
「……でも鯛無くなっちまったし、晩メシどうしよ。また姉ちゃんに愚痴られるのは嫌だな……。はぁ」
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