「はぁ!? 嘘だろ!」
梅影 裕樹(うめかげ ゆうき)は携帯に届いたメールに声を上げた。
裕樹はちょうど部活終わりでバスケ部の仲間と商店街に来ているところだった。
「どないしたんや、ユウ。けったいな声だして?」
お昼に購買で買った寝子島パンをもぐもぐ食べながら、綿会 日華(わたらい にっか)は尋ねた。
「クラスの奴からメールが来たんだけど、黒崎先生がボス猫のボン太にカバンの中身を盗られたって」
「うわぁ最悪やな……」
「あの先生、持ち物にこだわってそうだし、結構被害は馬鹿にならなそうだな。可哀想に」
神条 誠一(かみじょう せいいち)は言った。
「いやいや、他人事じゃないぞお前ら」
「へ?」
「先生のカバンには学力テストの”赤点答案”も入っていたらしい」
「!?」
ピシッと空気が凍り付いた。運動部にとって答案は、陽のあたる場所に出してはならない禁忌中の禁忌。
「あ、あかん。あれを見られたらあかんわ……」
「お、おい。しっかりしろ、日華!」
よろめく日華を誠一は支えた。
「なぁ誠一、お前、テストは……」
「やばいに決まってるだろ!」
裕樹が言うなり、食い気味に誠一は答えた。
「だよな……」
「そう言うお前は?」
「俺のあだ名は知ってるだろ。誰が呼んだか”メガネ詐欺”。勉強してたから目が悪いんじゃない、ただ目が悪いだけだ……!」
絶望的な3人だった。
「と、とにかく答案を取り戻すんや!」
日華の言葉に、ふたりは頷く。それから裕樹がポンと手を叩いた。
「そうだ、俺にいい考えがある」
裕樹はサンマさんパンに紐を括り付けて商店街の真ん中に放置すると、日華と誠一と一緒に物陰に隠れた。
「闇雲に追いかけても、猫相手じゃ勝ち目はないからな。やっぱり頭使わないと」
「なるほど。コイツをエサにおびき出すって寸法か」
「ああ、見ろよあの大きさ、そしてあのフォルム。完全にサンマだ。あれで騙されない猫はいねぇ……!」
「すごいな、ユウ。そんなこと思いつくなんて、実は頭いいんとちゃうん?」
「よせよ。あんまり褒めるな」
どこからか、にゃあにゃあ鳴く声が聞こえてきた。裕樹の目論見通り、猫たちが集まってきた。
「へへっ、流石俺!」
「にゃー」「にゃー」「ニャー」「にゃー」「にゃー」「ニャー」「にゃー」
「どんどん集まってきているぞ、裕樹」
「にゃー」「ニャー」「にゃー」「にゃー」「にゃー」「にゃー」「ニャー」
「ひゃー、こんなたくさん隠れとったんか」
「ニャー」「にゃー」「にゃー」「ニャー」「にゃー」「にゃー」「にゃー」
「……てか、多過ぎじゃね?」
完全に需要と供給が釣り合ってない。パンひとつに30匹ぐらいが群がってる。
一気に猫たちがパンにかじり付くと、紐を握っていた裕樹は勢いに負けて、ずるずる引きずり出された。
「うわああーーっ!!」
「ユウ!」
「裕樹!」
ひとかけらの肉片に集まるピラニアのごとく、猫たちはにゃあにゃあ裕樹に飛びかかった。
「あかん、助けな!」
昼の残りの寝子島パンを両手に掲げ、日華は猫たちを誘う。一方、誠一もビーフジャーキーをちらつかせて、猫たちを誘った。
すると猫は日華のほうに群がってきた。どうやらジャーキーより寝子島パンのほうがお気に召したようだ。
「うわわわわっ! そんながっつかんといて!」
日華はあっという間に猫まみれに。手からすっぽぬけたパンが宙をくるくる舞う。
「パンが!」
慌てて手を伸ばしたその時、彼女の掌からまばゆい光線が発射された。
「!?」
パンは爆発。中身の釜揚げしらすが派手に飛び散った。
「な、なんや今の……?」
しらすを追って身体から離れていく猫をよそに、日華は自分の手をまじまじと見つめた。
誠一は唖然とした顔でその光景を見つめていた。
「今のってもしかして……、まさか日華ももれいびに……?」
ろっこん『ソーラーフラッシュ』それが彼女の目覚めた力の名前だった。
「ぬおおおおおおおおーーーっ!!」
裕樹は気合いの叫びをあげた。20匹ぐらいの猫を肩に担いだまま、彼は立ち上がった。
「えええーっ!?」
とんでもなくワイルドなその光景に、誠一も思わず叫んでしまった。
「な、な、なんだそれ? どーなってんだよ? そんな大量の猫担いで、重くないのかよ?」
「ああ、不思議な事にむしろパワーが湧いてくるぜ!」
本人はあまり自覚していないようだが、これはろっこんによるものだった。その名も『にゃんにゃん強化』。猫が肩の上に乗る事で腕力が倍増する不思議な能力だ。
猫たちの身柄を押さえ、盗まれた答案を回収する。けれどもバスケ部の面々の名前は見つからなかった。
「もしかして今回は赤点免れた、とか?」
「甘い。甘いで、セイ! うちらがそう簡単にマシな点とれる思ったら大間違いやで!」
「……そんな胸を張って言うなよ。泣けてくるから」
「あ、でも携帯見つけたぞ。これ黒崎先生のだよな」
裕樹は先生の携帯電話を取り戻した。
「さて、あとは……」
屋根の上で様子を窺っている猫たちに目を向ける。
「ぶにゃ~~~ご」
屋根のてっぺんではボン太が鳴いていた。
「出たな、デブ猫……!」
誠一は肩を鳴らし、筋を伸ばすと、壁に向かってダッシュした。壁を蹴り上げた反動で、屋根のへりに指先を引っかける。そこから身体を持ち上げて、一階の屋根に乗り上がった。
「バスケ部を舐めるなよ。ジャンプ力には自信があるんだ」
「おーい、気を付けろよー!」
「落ちたらあかんで!」
下のふたりに手を振り、誠一は猫たちに近寄る。逃げる猫を二階の屋根に追い込み、自分も上に上がった。
「よし、そこまでだ。逃げ場はないぜ。大人しく口にくわえてるものを返してもらお……うおっ!?」
ところが、ボン太は逃げるどころか向かってきた。怒濤のねこぱんちがべしべし顔面を打つ。
「うわあっ!」
「あ、危ないっ!」
誠一はバランスを崩し、屋根から足を踏み外した。
その瞬間、屋根の上を素早く横切った謎の影が、空に投げ出されそうになる誠一の肩をがっしと支えた。
「気を付けな、坊や。屋根に上がっていいのは頂点を知る雄だけだ」
「が、ガイア先輩!?」
颯爽と現れたのは寝子島高校の三年生、プリンス・オブ・伊達ワルことX 我威亜(くろす がいあ)だった。
衝撃のあまり誠一は言葉を失った。けれどもそれは我威亜が伊達ワルで、黒に祝福された野獣だったからではない。
「な、なんで服着てないんスか!」
「ん?」
我威亜は裸だった。裸に猫缶(鮪味)を塗りたくり、股間のマグナムボーイは缶で隠していた。
「野生の血を滾らせるには、素肌で敵意を感じなきゃいけない」
「意味わかんないッス!」
あまりにも伊達ワルな我威亜の有り様に、屋根の下の日華から悲鳴が上がった。
「きゃああああああー!!」
目を両手で覆った。それから指を開いてチラチラと見た。
「ストリートに君臨する俺のエロティックに、今日もメス猫が鳴いてやがる」
我威亜は日華を指差す。
「後でいくらでもキスをしてやるから、今は黙ってな。男の戦いの最中だ」
上質な男、我威亜はボン太に視線を向けた。
「いつかお前とは雌雄を決する日が来ると思っていたぜ。どっちがこの町の帝王か、勝負だ!」
瓦屋根に手をつきワイルドな四足歩行に。
「フシャー!!」
宿敵の位置にまで自分を下げる。それは我威亜にだけ許された正解。
猫缶食べたさに飛びかかってくる雑魚猫を、フシャーフシャーと蹴散らし、ボン太に一気に迫る。
「ぶにゃ~~~ご!!」
ボン太のねこぱんちに耐え、まるまる太ったその身体に噛み付いた。
「ぶにゃ~~~~!!!」
「今日の俺は400%だ」
そのままもつれ合い、一人と一匹は普通に屋根から落ちた。
「が、ガイア先輩!?」
誠一は屋根のへりに駆け寄った。
しかし我威亜レベルともなれば、二階から落ちたぐらいで根をあげることはない。
「フニャアア……! フニャアアア……!!」
「ぶにゃあああ~~~!!」
いきり立つ両雄は、商店街のストリートで決着を付けようと拮抗する。
「す、すごい。すごい戦いや……!」
「ああ、人ってここまでレベルを下げられるんだな……!」
裕樹と日華はゴクリと息を飲んだ。
「フシャー!!」
我威亜が動く……その時、黒崎 俊介先生がモーレツな勢いで迫った。
「あ、黒崎先生……」
先生は背後から我威亜にタックルし、彼の加速するモードを取り押さえた。
「X君! こんなところで裸になって何をしてるんだ! やめなさい!」
「フシャー!」
「猫の真似はやめなさい! そんな事ばっかしてるから卒業出来なかったんだぞ!」
ふたりがもつれ合う間に、もうボン太はいなくなっていた。
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