夕焼け空に煙突が高くそびえてる。
ここ、”杜の湯”は昭和の面影をのこす昔ながらの銭湯だ。築40年の木造建築は年月を重ねていい風合い。入口のくすんだ紺の暖簾も風情があっていい感じ。大人も子どももここに来るとなんだか懐かしい、そんな場所だ。
まだお客も少ないこの時間に、如月 庚(きさらぎ こう)に引きずられ、御手洗 孝太郎(みたらい こうたろう)がやってきた。
「待て待て待て、ちょっと待て。こんなとこに連れてきてどーするつもりだ」
ずるずる引きずられながら、孝太郎は言った。
「どーするって、親睦会ですよぉ、親睦会」
答えたのは葛城 璃人(かずらき りひと)だ。
ツインテールに結んだ髪をるんるん左右に振って、スカートひらり、弾ける笑顔で孝太郎に微笑む。
「クラブの仲間と大きなお風呂に入って親睦を深めるのですっ。風呂上がりの牛乳で乾杯しましょう~」
3人は同じ美食クラブの仲間だ。
「それに御手洗、テメェはいい加減風呂に入るべきだ」
庚は眉をひそめた。
「……風呂はあんまり好きじゃないんだよな」
孝太郎は髪は伸びっぱなし、風呂にもほとんど入らない。近くによるとかなり臭いがやばい。
「葛城、コイツを連れてくるのに付き合ってもらって悪かったな。もう女子は先に銭湯に入ってるんだろ?」
「なんの話です?」
「いや、だから女子たちがもう集まってるのに、こっちに付き合わせちまって悪いな、と」
「えっとぉ、よくわからないんですけど?」
口元に人差し指を当てて、璃人はかわいく首を傾げた。
「……だから」
言いかけた庚の横を、猫たちが駆けていった。猫たちは馴染みの常連さんのように銭湯に入っていった。
なんだなんだ、と戸惑う庚と孝太郎に、璃人は言う。
「商店街の猫たちは変わってて、奇麗好きでお風呂に入りにくるんですよぉ。えらいですよねぇ」
それを聞いて、庚はコツンと孝太郎を小突いた。
「ほら、猫だって風呂ぐらいちゃんと入るんだぞ。お前もちゃんと風呂にだなぁ」
「おいおい、猫と人間を一緒にするなよ」
「猫以下だっつってんだよ」
庚はため息を吐いた。
「……しかしこいつら、なんか変なもんくわえてるな。なんだありゃ、紙……?」
「ははぁ、さては悪戯っ子な猫のボン太の一味ですねぇ」
「ん、ああ……名前は聞いたことがある。手癖の悪い猫だって話だよな」
「きっとまたどこからか盗んできたんでしょう。はやく持ち主に返してあげないとですねっ」
「……と言っても、女湯のほうにも入っていったみたいだぞ」
「け、けしからんのですっ」
璃人の顔がみるみる赤くなる。
「ほんとにな。ちょっと女湯の様子見て来たほうがいいんじゃないか、葛城?」
孝太郎が言った。
「どうしてです?」
「どうしてって……俺たちが入るわけにはいかんだろ!」
「りぃも入るわけにはいかんのですよぅ! だってりぃ”男の子”ですもん!」
「……は?」
女子制服を誰よりもキュートに着こなす璃人を前に、孝太郎と庚は顔を見合わせた。
「お前、冗談言うにしても、もうちょっと、なぁ如月?」
「ああ、そういうのは冗談とは言えない。まったく面白くない」
「そんなこと言われても……。あぅ……これで、信じていただけますか……?」
「え?」
シャツのボタンを開けて、胸元を二人に見せた。そこにはぺたんとした完全なる男子の胸があった。
「え? えっ男?」
「……馬鹿な」
庚は頭を抱え、まじまじと彼女……いや、彼を見た。
(どう見ても女にしか見えない。制服が似合っている。仕草も趣味も女の子らしいのに……)
「……女湯にドロボウ猫が?」
そう言ったのは加藤 信天翁(かとう あるばとろす)だった。
銭湯にやってきた彼は、美食クラブの彼らから事情を聞き、力強く頷いた。
「そう言う事なら、ここは僕の出番だ。僕に任せてほしい」
「随分な自信だな」
見た目によらず頼りがいのある彼に、孝太郎は少し驚いた。
信天翁はザッと入口の前に立ち、ゆらぐ暖簾に向かって、胸をはって声を張り上げた。
「女湯の皆さん、どうか僕を女湯に入れてほしい!」
「!?」
「やましい気持ちなんて欠片もないとは言わない。むしろやましい気持ちしかない。やましさ120%さ。だけど、信じて欲しい。ただ僕は、猫の捜索に託けて女湯に入って女の子のパイオツとツーケーが見たいだけなんだ。あわよくばむしゃぶりつきたいとも思ってる。ただ、それだけなんだ」
「何を言ってるんだ、お前は!」
「大丈夫、僕は彼女たちを信じている。誠心誠意話せばわかってくれるよ」
「わかるか!」
思春期の男子が誰でもそうであるように、信天翁も女体に並々ならぬ関心を持っている。しかし変なところ律儀な彼は、覗きやおさわりなどは事前に許可なく行わないと言うポリシーを貫いているのだ。
それから信天翁は大きな声で女湯に入れろと叫び出した。
「頼む、お願いだ! パイオツとツーケーを見せてくれ! なんならお金も払う!」
「げげげっ!」
その声はバカみたいに大きく、近所の人がなんだなんだと、軒先から怪訝な顔を向けてきた。
「や、やめろ! 俺たちを巻き込むな!」
庚は慌てて信天翁を押さえつけた。
「何をするんだ! 君達だって入りたいんだろ、女湯に! 女湯と言う名の”エデン”に!」
「だから声がでけぇんだよ!」
「……なんだか表が騒がしいでござるな」
稲田 義吾(いなだ よしあ)は暖簾の隙間から外を窺った。
ほこほこ湯気の上がる風呂上がりの義吾は、コーヒー牛乳を買おうと財布を出しているところだ。やはり風呂上がりと言えば牛乳だ。それが譲れない銭湯のスタンダード。ハンバーガーにはコーラぐらいのスタンダード。
ところが外の様子に気をとられ、うっかり財布を落としてしまった。
「やや!」
小銭はころころころころと転がり、外にいる生徒たちの靴に当たって止まった。
「はい、五円玉。落としましたよ」
「す、すまぬでござる」
璃人に笑顔で渡され、義吾の胸はどきんと高鳴った。
「……あれ? あまり見かけない顔ですけれど、島の外から来た方です?」
「う、うむ……拙者、最近この町に来た『忍者サーカス』の団員でござる」
「ほええぇぇ、サーカスなんて凄いですねぇ~」
「見れば君達、寝子島高校の生徒のようでござるな。この島で長期公演するゆえ、拙者も寝子島高校に通うことになったでござる。どうかよろしく頼むでござるよ」
「わぁい、こちらこそよろしくですぅ」
天使のような微笑みに、義吾はドギマギ……。どっから見ても美少女にしか見えない。男だけど。
とその時、何の前触れもなく璃人は義吾の胸にいきなり飛び込んだ。
「なっなっなっなっ!」
義吾の顔がゆであがったタコのように真っ赤になる。
「と、都会の娘は積極的でござる! こんな過激なスキンシップ初めてでござる!」
「はうはう~~」
「も、もしやこれが一目惚れと言う奴でござるか! 拙者、男女交際には意欲的でござる!」
「ち、違いますよぅ。身体が勝手に……」
次の瞬間、孝太郎と庚、そして二人に捕まってる信天翁も、義吾に突っ込んだ。
「ぐえっ! な、何をするでござるか!」
「し、知らねぇよ、身体が勝手に……って、おい、御手洗。あんまりこっちに近付くな、とんでもなく臭う!」
「く、くさい……?」
それを聞いて、孝太郎ははにかんだ。
「言っておくが、褒めてねぇ!」
五人の身体はピッタリとくっ付き、まるで身動きが出来なくなった。
「……何がどうなってるでござる?」
それは義吾自身も気が付いていなかったが、彼の持つろっこんによるものだった。
ろっこん『縁結び』、五円玉に接触した対象を磁石に変えてしまう能力に、今この瞬間、彼は目覚めたのだ。
「皆で引っ付いて、新しい遊びか、それ?」
そこに、白鷺 行忠(しらさぎ ゆきただ)がやってきた。
小脇に抱えた洗面器にはタオルとアヒル。行忠は銭湯に入りにきた。
「元気なのは結構だが、店先で騒ぐなよ。銭湯は皆の憩いの場なんだからな。先輩として一言言っておくぜ」
「先輩たってあんた、俺と同じクラスじゃねぇかよ」
孝太郎の言うとおり、白鷺行忠、ただいま絶賛留年中である。
「と言うか、なんだか知らないけど身体が離れないんだ、なんとかしてくれ」
「はぁ? んなことあるわけねーだろ。あんまり人をからかうもんじゃねぇぜ」
この異常事態を持ち前の鈍感力でスルーして、行忠は銭湯に入っていった。
「……あ、ちょっと待て! そっちは女湯だっつーの!」
「ババンババンバンバン♪」
「ま、待て!」
孝太郎は追いかけようとするが、四人も背負っていては身動きがとれない。ベシャッと潰れた。
はじめての方へ
遊び方
世界設定
検索
ヘルプ