慎ましくも誠実な父の心、花の顔と謳われた母の美貌を継いだ僕の姉妹たちは贔屓目を除いたって愛らしかった。誰もが褒めそやし、或いは妬んだ。 彼女たちには彼女たちの努力がある。姉がかつて僕を身代わりにし…
『あなたなんて産まなきゃよかった』 「おい!」 飽和量を超す悪意を口に詰め込まれ溺れ死ぬ寸前に悪夢から息を吹き返す。 叩かれて腫れた頬がじんと痺れる。 緩慢に数回瞬き、薄膜が張ったように鈍く虚ろ…
「…ふぅ、これで今日の仕事はお終いですね」 人の少なくなった真夜中、ふと公園の木の上で一人の少女がぽつりと呟いた。 彼女の名前は常闇月。どこか猫のような雰囲気を持たせる女の子だが、彼女は周りのよ…
「……レ、……グレ、シグレったら!僕の話、聞いてる?」 「え、ああ、すまん、ぼーっとしてた」 幼馴染のレイが怒るでも呆れるでもなく、きょとんと不思議そうな顔で俺を見つめてくる。 母国から体の弱…
―ガシャン 早朝の古ぼけたアパートの一室に、ドアの音が響いた その振動でうず高く積まれたゴミ袋が雪崩を起こし、驚いた小さな虫が逃走を始め 舞った埃が、薄く開いたカーテンから差し込む朝日にキラキラ…
縁側の床板が軋む音が聞こえたような気がして、鈴野直次郎はゆっくりと起き上がり、隣の布団がもぬけの殻になっているのを見て溜息を吐いた。 自由気ままに今を生きろと孫に言い聞かせてきた成果として、孫の鈴…
枝ぶりの良い松や楓、桜や百日紅が生い茂る日本庭園。錦鯉が優雅に泳ぐ池の端に少年が蹲っている。 「背中が煤けてますぜ、坊ちゃん」 砂利を踏む音に小さな背中が強張る。 「外は冷えます。そろそろ中に入り…
やや薄暗い程度の内装は蝋燭のシャンデリアを模した電灯で照らされ、ゴシック調の内装の中に無数の等身大の球体関節人形や、ゴシックドレスを始めとする様々な衣装、調度品が並ぶ。そんな店内に、今二人がいた…
ザザー……ザザー・・・・・・ザザザー……。 (あ、また聞こえる……) 昔一度だけ行ったことのある海辺で聞いたことがある波の声、潮騒の音。 それが今頭の奥で聞こえる。 (……また、行きたいな…
手に持った手榴弾の硬さ。 鼓膜を破きそうなほどの爆発音。 吹き上げる焔の熱さ。 人を焼く火薬の匂い。 体中に弾が刺さる衝撃。 それは実際に起きた事であって、けれども現実ではない。 他の人から見れ…
何度も何度も嘘をつく。 「世界は私の為にある。」 「何処だって私には楽園だから。」 そうでないことなどわかっている。 本当にそうであるならば 私の心は今よりもっと安らかであるはずなのだから。 …
ジェームズ・ブレイク一等兵曹はその日、防弾装備の施されたSUVの助手席に座っていた。 中身のくり抜かれたダッシュボードにはドイツ製のサブマシンガンのMP7A1が、手元にはゴテゴテと装備品が取り付け…
小さい娘が背中で安らかな寝息をたてている。 規則正しい寝息と子供特有の高い体温に自然と笑みが零れる。吐息がかかるうなじのくすぐったさを我慢しおぶい直せば、首に回した腕の締め付けを強めむずがる。 「…
個々の続きにそのまま書いてもいいけど、SSとは別に存分に語りたい人向けのトピ。 広場に投下したSSの裏話やあとがき、シチュや心情の補足があればどうぞ。 読んだ人の反応が気になる、感想が欲しいって人…
錆びた配管が毛細血管の如く幾何学的に這い回る壁が、石化した怪物の胎内にいるような錯覚を引き起こす。 最上階の扉を無造作に扉を開け放てば、同時に強く吹きつける風がくわえ煙草の紫煙をさらう。 有刺鉄線…
1 深い深い闇に空が覆われた、深夜の猫鳴館。 この寮に住む個性的な面々も今夜は眠りについたのか 猫鳴館は一時の静寂に包まれている。 花風冴来はその寮にある自室で独り、 カーペットが敷かれた床に座り…
寝子高の夏休み明け。 宿題を友人の答案丸写しでなんとか切り抜け、担任と各教科の先生からの呼び出しをなんとか回避し、やる気のない不良たちが学校から去った、まだ夏の香りの残る頃。 九夜山まで苦労して…
月が逃げたあの夜……ひふみは意を決してとある部屋の前にいた。 実の父親にして、神無月組というヤクザの組長をしている神無月 文貴の書斎だった。 いきなりノックをせずに開ける娘に驚き、読んでいた本を…
「おかあさっ・・・!」 自分の声で目が覚める。 目に映る光景はかつてのアパートの一室ではなく、いつもの自分の部屋だ 何かを掴もうと伸ばした手はしかし空気だけを掴み、重力に従ってベットに落ちる 昔か…
【1】 「久しいですね。三年ぶり位になりますか」 「その流暢な日本語を聞く限り、そっちの生活は特に問題ないようだな」 ――珍しい相手からの電話があったものだ、とエレノアは陰鬱な笑みを浮かべながら…