やや薄暗い程度の内装は蝋燭のシャンデリアを模した電灯で照らされ、ゴシック調の内装の中に無数の等身大の球体関節人形や、ゴシックドレスを始めとする様々な衣装、調度品が並ぶ。そんな店内に、今二人がいた。
「なんかアダルティーな名前からして、如何わしいお店と思ったけど……」
「へぇ、なんというか変わってやすねぇお嬢」
「ゴスロリっていうのかしらね。これ」
ひふみと松崎は月が住んでいるという【Hollow Ataraxia】へとやってきていた。
そんな薄暗い店内から、浮き出るように現れたのは一人の女性だった。
20代前半の若々しさに、仄暗い影を纏っているかのようだった。
妖艶で懶惰。毒気のある美貌の女性の唇はまるで柘榴の様。
そしてその眼は……深淵を想起させるほどの昏い色をしていた。
「ようこそ、【Hollow Ataraxia】へ」
女性はニッコリと笑みを浮かべつつ二人を見ている。
「貴方がこの店の店主さんかしら?」
「はい♪ この店の店主をしている常闇虚よ……渋いおじ様に可愛らしいお嬢ちゃん♪」
その声色こそ普通であったが、どことなく肉食獣が草食獣を舐るような悍ましさが孕んでいる。そんな猫撫で声にゾクリ、と背筋を凍らせながらも、ひふみは目を背けずにいった。
「私は神無月ひふみよ」
「あら、……もしかして旦那様の?」
「……旦那様?」
「ええ、文貴さんのことね♪」
あのバカ親父!? とこの場にいない人物に罵声を浴びせるひふみに松崎はあちゃーっとばかりに禿げ上がった頭に手を当てていた。
そういえば……舎弟が最近新しい愛人をこさえたと言ってたのを思い出していたひふみは帰ったらぶちのめす!と心に決め、本来の目的を思い出しては頭を降った。
「それより……月は何処よ」
「ふふふ……それは、貴方達の後ろにいる子のこと?」
その言葉に、飛び跳ねるように振り返る。
月はいつの間にか二人の背後に立っていた。全身を暗色系で固めた服装に、口元を覆い隠すマフラー。影がそそり立ったかのような印象を与える。
そして目があった。
あの時と同じ……冷たい刃のような、瞳が二人を見ていた。
「月……」
「私の秘密を知ってしまったようですね。そうなら」
腰に差してたコンバットナイフを抜き、身構えながら。
月は冷たい目でひふみを見つめる。
彼女は……ひふみを、殺すつもりのようだ。
「消さなくてはいけません。暗殺者は……自らを知ってしまった存在を消さなくては」
「月、貴方……」
「お嬢、どうしやす?」
「どうって」
松崎はひふみに訪ねた。
「相手が相手だぁ、
本来ならあっしが前に出てお嬢さんのみをお守りするべきなんでしょうが……。
これまた相手が相手だぁ、お嬢さんがどうするかが大事ですぜ」
友達、なんでしょう? という松崎の言葉が、恐怖に萎えていた心に喝をいれる。
そうだとひふみは思い出したのだ。どうして、自分がここにいるのかを。
「そうよ。ここで逃げたら女が廃るわ!
友達にびびって逃げ帰るのはごめんよ、親父に笑われちゃう!」
「……」
月からは返答の代わりに、より前傾姿勢を取ることで意思を示す。
上等!とひふみは半身になって空手の構えを取る。松崎は二人の意思を汲んでゆっくりと距離をとった。直接手を下さない……それはどれだけ辛いことか。それだけ彼はひふみのことを信じているという証なのだから。
こうなった以上、月を止めて、それから謝ろう……。
しばしの静寂が周囲を過ぎり、──張り詰めた糸が切れた。
体を発条のように縮めては、爆ぜるように一息に距離を詰める月に対し、咄嗟に正拳突きを打ち込む。しかしそれは月を通り抜け──残像を殴ったようだ──空降る。
「お嬢!」
傍からみていた松崎には見えていた。月はひふみの攻撃の直前にすごい勢いでさらに屈んだのだった。それ故にひふみからは消えたように見え、
タックルの要領で押し倒された。
衝撃で咽るのも惜しんで見上げる。馬乗りになった月がその凶暴な牙──コンバットナイフを今まさに顔めがけてふり下ろそうとしていた。
ひふみは死を予感する。
これほど人間はあっけなく死ぬものなんだと、どことなく他人事のように月の手の軌道を見上げている。
目と目が合った。
その瞬間、刃は振り下ろされ──