「おかあさっ・・・!」
自分の声で目が覚める。
目に映る光景はかつてのアパートの一室ではなく、いつもの自分の部屋だ
何かを掴もうと伸ばした手はしかし空気だけを掴み、重力に従ってベットに落ちる
昔から幾度と無く繰り返し見てきた夢だった
「・・・・・・あかんのぅ」
目の縁に付いた水滴を乱暴にパジャマで拭い、体を起こすと
サイドテーブルに置かれた飲みかけのペットボトルの蓋を空け、ぬるい紅茶を喉に流し込む
あの日から・・いや、始めの頃はそれでも母を信じていた
きっと迎えに来てくれる、また一緒に暮らせると
信じて信じて待って祈って縋って・・・そして.....裏切られた
幼心にもそう認識出来た頃だろうか、決して掴めない母を夢見るようになったのは
(ボフン..)
『寝てしまおう』
それが幾度と無く繰り返された経験から学んだ、最も効果的な解決法だった
毛布を頭から被り、足を抱え込むように丸まって
じっと眠気が来るのを待つ
・
・・
しかし、眠気は一向にやって来ない
規則的な時計の音が、今日は嫌に耳に障る
自分に与えられた広い部屋、立派なベッドに温かい布団
それに今は恐怖さえ感じる
自分の周りに誰も居ないのが酷く心細い、寂しい、悲しい
体温に触れたい、安心したい、私は一人じゃないんだよって、ここに居てもいいんだよって
言って欲しい、抱きしめて欲しい、信じさせて欲しい
・・ちら、と見上げた時計の針は午前3時を指している
義両親はきっと寝ている、今行ったら迷惑になってしまう
・・・・かつてはそう考え、足をキツく抱き朝が来るのをひたすら待った夜もあった
しかし、朝食堂に現れた私の顔を見た義母は涙を流しながら私を抱きしめ、何度も謝るのだ
『ごめんね、ごめんね』と何度も何度も
引き取られて間もない頃の苦い思い出、だけど大切な思い出に胸が暖かくなる
あの後数年は義母と義父と一緒に寝てたんだっけ、と
義両親は施設から引き取った私を愛してくれた
義両親はこれまで子供ができなかったし、私も一般的な子供じゃなかった
最初はお互い手探り状態だった
だけど地面に雨が染みこむように、少しずつ・・私の乾いた心は潤って
私達は少しずつ家族になって行った
今日も二人の部屋に行こう、きっと起こしてしまう
でも「お母さんとお父さん」はきっと笑顔で私を迎えてくれる、そう私は「信じている」
かつて伸ばし掴まれなかった手は、しかと掴まれ
今も私の傍に在る
──了──