錆びた配管が毛細血管の如く幾何学的に這い回る壁が、石化した怪物の胎内にいるような錯覚を引き起こす。
最上階の扉を無造作に扉を開け放てば、同時に強く吹きつける風がくわえ煙草の紫煙をさらう。
有刺鉄線で囲われてもない、今時珍しい吹きさらしの屋上。
コンクリ剥き出しの殺風景な地面はだだっ広く、靴裏で踏みしめるとざらついた質感が伝わる。
サイケデリックで悪趣味な柄シャツの裾をはためかせつつ、風化して搔き消えた白線の傍らを突っ切る。
もはや薄っすらと人型を留めるのみ、過去の記憶すら蒸発しシミと化した殺人現場の痕跡には眉一つ動かさず、なまぬるい夜風と戯れつつ屋上のへりに立つ。
心電図のごとく明滅するネオン。
ドロップスを撒き敷いたような夜景のその彼方に、夜を照らす灯台に見立てられ観覧車の骨格が浮上する。
ライトアップされた観覧車。
バブリーでチープなイミテーションの夜。
実の所、彼はこの夜景が嫌いではない。
眠れない夜が訪れるつどこうして長い長い階段をのぼり屋上にでて独り占めしたいと思う程度には好んでいるし、無自覚の内に漠然と愛着を持っている。
高所恐怖症の人間に致命的な酩酊誘う眺望を愉しみ、自殺志願者のスリルを追体験する。
薄い唇にひっかけた煙草から一筋立ち上る紫煙が夜風に乗じてたなびき、ネオンの照り返しによって濃紺の明るみから漆黒へ、淡く何層にも濾されたグラデーションの空へと還っていく。
「はあ……」
だりー。
唇から洩れた吐息は韜晦を含んでいた。
けだるく呟き、細い指先に預けた煙草を弾いて捨てる。
既に燃え尽きかけた穂先がジジジと小さく爆ぜ、虚空にオレンジの軌跡を点じていく。
くるくる回りながら闇へと落ちていく煙草からあっさりと視線を断ち切って身を翻す。
きらびやかに引き立つ観覧車の残像を瞼裏で追憶、皮肉げにひとりごつ。
「まるで誘蛾灯だな」
灯台より何よりその表現が似つかわしい。
馬鹿な羽虫をたからせ燃やし尽くす有毒水銀の灯、致死の危険信号。
この島に来て数か月経つがアレに乗る日は来るのだろうか。
ただ眺めるだけで十分。
あるいは此処に来たのも惰性に起因するのか。
愛着や憧れは後付けの理由、不眠症の言い訳に過ぎないのか。
廃墟から仰ぐ観覧車は蜘蛛の巣の蜘蛛が焦がれ仰ぐ空より遠い。
END