小さい娘が背中で安らかな寝息をたてている。
規則正しい寝息と子供特有の高い体温に自然と笑みが零れる。吐息がかかるうなじのくすぐったさを我慢しおぶい直せば、首に回した腕の締め付けを強めむずがる。
「しょうがねえな」
今日のひふみは生まれて初めて乗る観覧車に大はしゃぎ。
そのテンションは自分達を乗せたカゴの上昇と比例し高まり、頂点に至ると同時に最高潮に達した。
シーサイドタウンのみならず旧市街と星ヶ丘、遠景に九夜山までも含む大パノラマに頬紅潮させ大興奮する微笑ましい情景を反芻する。
ひふみは窓にべったりとへばりつき、頬と鼻の頭をぐりぐり潰して窓からの光景に見入っていた。
アトラクションの安全性を信頼していても、一生懸命爪先立つ後ろ姿にひやひやしてしまうのが面倒くさい親心というもので、じれて引き離そうとすれば「やっ!」「やっ!」とかぶりを振って拒否された。頑固は父親譲りだと茶化して笑う松崎の顔が瞼に浮かび苦笑が深まる。
「ったく、誰に似たんだか……」
愚痴とものろけともつかぬ呟きをもらす父親の心を知ってか知らずか、娘がううんと唸り、自らを軽々と負うその広い背中に顔をすりつける。
「なんだ、おめざか」
軽く揺すり立てあやす仕草も堂に入ったもの、すっかり一人前の父親だ。首も据わらぬ赤ん坊の頃は抱き方が危なっかしいと妻にさんざん怒られた上取り合いになったものだが、今では自分がおぶう方がよく泣きやむ。
さらりと揺れて流れる黒髪から匂い立つひなたの香り、乳臭い肌。むにゃむにゃとゴムのように伸び縮みする口元に耳を近付ければ、ふにゃりと幸せそうに笑み崩れて。
「ひー、パパのおよめさんになるの……」
他愛ない寝言にぎくりとする。
「ひーちゃん……気持ちは嬉しいが俺にはお前のママという心に決めた女が」
「なるう」
「だめだ」
「なるのー」
「だめだって。重婚になっちまうだろ」
「じゃ、あいじん」
「意味分かって言ってんのか……てかだれだひーちゃんにこんな言葉教えた奴。ぶっ殺す」
再びすーすーと気持ちよさげな寝息。娘の寝顔を見守るうちに胸のしこりが溶けて消えていく。
こんな穏やかな気持ちで帰り道につけるなんて昔は思いもしなかった。
いつかひふみが忘れてしまっても、俺だけは覚えていよう。
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