講堂は、まるで夢の中の世界だった。
しんと静まりかえって、もやがかかったようになっている。時が止まったように固まっている人もいれば、ゆっくり辺りを見回しているボクのような人もいる。
静寂の中を活発に動いているのは、猫だけだ。
猫は盛んに駆け回ったかと思うと、1人の女子生徒の前で立ち止まった。
あれは……!
制服を着ていたからすぐにはわからなかったけど、時計塔に落ちてきた少女だと思う。
猫は前足で少女の頬をむぎゅーむぎゅーと押してみたり、頭をちょいちょいと引っ掻いたりしていたが、何をやっても反応がないので、やがてあきらめたようだ。
少女の肩にすっと乗ると、ボクらに向かって語りはじめた。
――俺の名はテオ。エライ神様だ
ここで固まってるのは、ののこ。もっとエライ神様だ
テオによると、ののこは力の源である“神魂”をばらまいてしまったらしい。この講堂を中心に、世界中に広がってしまったということだ。
神魂を失ったののこは、表向きはただの人間になってしまったという。
ちょっと待ってほしい。
ボクは動けるぞ?
「あーあーあー」
ボクは喋れるぞ?
じゃあ一体ボクは何?
――俺の声が聞こえるということは、お前らは今日から“もれいび”だ
飛び散った神魂が生き物と結びつくと、人間ではなく“もれいび”という存在になるんだそうだ。
もれいびは“ろっこん”という特殊能力を身につけていて、少しずつ開花して、少しずつ進化するらしい。
ボクも、まわりのみんなもなんとなく理解した。
テオは説明を終えると、少女から降りた。
でも、いちばん大切なことはまだ聞いてない。
今まさに落神伝説が現実のものとなっているのであれば、ボクたちが知りたいことはただひとつ。らっかみの願いとは何か、それだけだ。
でも、テオは何も話すことなく、夢の世界を閉じてしまった……。
もやが晴れて、時が動き始めた。
ののこの願いを聞くのは簡単だった。
新入生に成りきってしまった彼女は、黄色いリボンを付けていた。“新入生の誓い”で抱負や希望を語ろうとしていた。
席を立ってマイクを持ったとき、もれいびはその言葉に注目した。
「新入生の誓い。1年5組、野々ののこ。
わたしは寝子島高校で……
友だちと一緒にお弁当を食べます!」
口笛を吹いて茶化す上級生もいたけど、ののこは構わず話し続けた。
寝子高でやること、やりたいこと、まさに彼女の願いが湯水の如く垂れ流されていくのを、もれいびはただただ受け止めるしかなかった。
「屋上で昼寝します!
授業中にメモ回します!
友だちと登校します!
休み時間に購買室でパン買います!
あんパンです!
放課後、黒板に落書きします!
歌を歌います!
お腹壊して保健室に行きます!
図書室で喋って怒られます!
化学の実験失敗します!
調理実習も失敗します!
テストの前の日は一夜漬け!
するつもりで寝ちゃいます!
部活も何かやりたいです!
帰宅部やります!
学校帰りに駄菓子屋いきます!
夏はアイス食べたい!
冬は肉まん!
食べたいっ!
休みの日に、みんなで遊びに行きたい!
とにかくえっと、みんなと青春やりたいっ!
はっ!
青春、や、やりますっ!!!」
ののこの願いは、フツウの高校生活を楽しみたいということだった。
これなら、ボクにもできそうだ。一緒にフツウに楽しく暮らせばいいんだから。
でも、もれいびにはわかる。伝説が現実となっている今、このフツウの世界を脅かすような大変なことが起ころうとしている。
フツウの生活を楽しみながら、それを脅かす全てを取り除く――それがボクたちの使命だ。
ボクはののこの言葉を聞きながら、時計塔に激突するときの彼女の顔を思い出していた。
あのとき楽しそうな顔をしていたワケが、はっきりわかった気がした。
ボクも彼女と同じ気持ちだと気がついた。
寝子島での生活に、希望を抱いてたんだ。
ボクは心の中でマイクを握って、大きな声で“新入生の誓い”を宣言した。
「フツウを死守しますッ!」
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