COLORFUL CHRONICLE｜リアクション

COLORFUL CHRONICLE

●ひとり、感謝、君

　いつからこうして歩いているだろう。
　俺――八神修と、七夜あおいは。
　ふいに気恥ずかしくなり大きな風船の影にかくれる。
　けれどその風船に映っていたのは、ともに過ごした日の思い出たちだった。
　シネマカフェでのひとときや、クリスマスのネコジマスクエアでのすこし照れくさい瞬間、いっしょにパン作りをした日のこと――積み重ねた二年分の思い出が、次から次へと浮かび上がってくる風船の中に映り込む。
「これ全部私！？」
　あおいが驚いたような声を上げる。
　なんというか……俺にとっては、あおいとの思い出は忘れられないし、どの思い出も大切で、宝物みたいに心の中にコレクションしている自覚があるから、たくさんあるのも当然かと思うけれども、あおいはこれを見てどう思っただろう。
（不快にさせていないだろうか）
　ドキドキして、俺はあおいの横顔を伺う。
「はわ……なんか思った以上に私たち、一緒にいろいろやったんだね」
　あおいは不快というより感慨深いという雰囲気なので、俺は密かに胸を撫でおろす。
「二年分の思い出だからね」
　そう、二年。
　あおいと出逢ってたった二年なのだ。
　あおいと出逢ってからのほうが、出逢うまでの人生よりずっと短いというのに、思い出の数も煌めきもあおいと出逢ってからのほうがずっと多いと感じてしまう。
（まあ、そうだよな……）
　風船に映る思い出は、あおいとのものだけでは、もちろんない。
　八神という家は少々複雑だ。
　そのために、已むを得なかったこともあるし、納得いかなかったこともある。
　友の死に泣いたこともあったし、家出をしたこともあった。
「……修くん」　
　悲しい思い出の映る風船を前に言葉をなくす俺に、あおいがそっと寄り添っていてくれる。
「大丈夫。でも……今でも、胸が痛むよ。思い出とは印象あるもの。重いのが多くなるのも道理だけど……」
「でも、辛いね」
　辛い。
　そうだった。
　幼いころの自分は「辛い」と言ってはいけないと思っていたような気がする。
　八神の家の子。お金持ちで、衣食住に困らなくて、好きなだけ勉強させて貰える恵まれた子だから、辛いなんて言ったら罰当たりだという感覚を、幼いながらに握りしめていたような気がする。その環境は決して、小さかった自分が望んだものではなかったというのに。
「あ」
　すこし沈んだ俺の心に風を吹き込んでくれたのは、爽やかな草色の風船の中に映る光景だった。
「たしかこれは八歳のころ……愛馬ラファールとの出会いの日だ」
「わ、修くん、頬っぺたを赤くして興奮してる。可愛い」
「男として可愛いって言われるのは複雑だけど……名前を付けていいと言われて、本当に嬉しかったんだよ」

　――『お前はラファール、フランス語で『疾風』だよ！』

　風船の中の八歳の自分が、ラファールの栗毛の鼻面を優しく撫でている。
「子どもの頃の修くんに、いい思い出もあって良かった。悲しい思い出だけじゃ辛いもんね」
　それを聞いて俺は、この思い出をいっしょに見られたのがあおいで良かった、と、くすぐったい思いがした。
「ここにいるどの風船の俺もきっと君に感謝するよ」
　俺は伝える。
「彼等はきっと誰かに知って欲しかったんだ。１人だった……からね」

（心を繋いでこのまま君と歩いていきたい。
　君が与えてくれてるように、俺も君のこころの糧になれていたら嬉しいな）

　あおいは、大丈夫だよ、というように微笑んでいる。
　その微笑みがゆっくりと靄の中に消えてゆく。

「――ああ」
　我に返る。
　俺は馬の背に揺られている。
　星ヶ丘ホースクラブだ。
　すっかり成長して逞しくなった愛馬ラファールが、大丈夫かと呼び掛けるように小さく鼻を鳴らす。
「大丈夫。すこしいろいろなことを思い出していたんだ」
　俺はラファールの首筋をそっと撫でた。