COLORFUL CHRONICLE｜リアクション

COLORFUL CHRONICLE

●魂、体、交換日記

「虹色の靄……これも神魂の影響なのかな」
　立ち止まっていてもどこにも着かない気がして、僕――恵御納夏朝は慎重に靄の中を一歩踏み出す。
　生まれ出る色とりどりの風船たち。今更不思議だという思いも起こらず、ただそういうものなのだろうと受け止めて、一番近くの赤をひとつ引き寄せてみる。
　するとそこには、自分によく似た女の子と、自分の知らない景色が映り込んでいた。
「これは……夏夜ちゃんの、記憶……？」
　ひとつの身体を共有する、もうひとつの意識――夏夜ちゃん。
　真っ赤な提灯の街での冒険も、青の幽玄と呼ばれる村での奇怪な出来事も、緑の茨に覆われた千年茨の遺跡で戦いのことも、北の海に浮かぶ北極で湖に沈む女の人を見つけた話も、寝子暦零年の鈴島近海で過去を見てきた話も、お互いの経験を共有するためにつけている交換日記で読んだことがある。
「……あ、他にもＲ＆Ｒで活動してる所の風船がある。Ｒ＆Ｒ以外で動いてる時のも、寝子高龍さん達や僕と一緒に遊んでる時のも……」
　僕は気付く。
　この風船たちが見せてくれているのは、僕自身の思い出じゃない。

「ああ、これは……『夏夜ちゃんが過ごした時』なんだね」

　僕と夏夜ちゃんの記憶には、奇妙な特徴がある。夏夜ちゃんは僕が過ごしてる時の事も思い出せるけど、僕は夏夜ちゃんが表に出て行動している間の事を思い出す事ができない。神魂の影響で一部を知ることができた事もあるけど、普段は思い出そうとしても思い出せないのだ。
　夏夜ちゃんは、僕のことを記憶として――脳内で映像的に――思い出せるけれど、僕は交換日記に記してくれた内容を読んで、間接的に知り、想像するだけ……。
　夏夜ちゃんは記憶について、『自分は夏朝の記憶を思い出せるのに逆ができないのは何でなのか』って日記に書いていたけれど、その時の様子すら、きっと首をひねってたんじゃないかなって想像するだけで思い出せる感覚はない。
　だから、風船に映る夏夜ちゃんの姿は僕には新鮮だ。
　戦っているところも、ほかの人と協力し合って謎を解いているところも、怒っていたり、はにかんでいる顔すら、僕は知らなかったから。
　ちょうど、小説で読んだ物語を映画で改めて観ているような感じ、と言えば分かってもらえるだろうか。
「けど、こうやって風船に映っていて、僕がそれを見ることができるってことは……」
　僕は呟いて、夏夜ちゃんが映る風船たちに手当たり次第に触れてみる。
「僕等の体には……魂には、あるいは過ごして過ぎ去っていく『時』には、夏夜ちゃんが過ごした時も記憶されているっていうことなんだろうな……」
　その考えは、僕をほんのすこし強くしてくれる気がした。
　そのときどこからか幽き声がした。

『ありがとう』

　それが夏夜ちゃんの声なのか虹色の靄や風船を作り出した存在の声なのかはわからなかった。
　けれどどちらでもいい。
　僕が伝えたいのは、ただただ……感謝の言葉だけ。

　――両手を重ねてうつ伏せていた体勢で、ゆっくりと瞬きをする。
　ああそうか。交換日記を書きながら、うたたねをしてしまっていたみたい。
　目を擦って意識を現世に引き上げる。
　ふいに、交換日記に書かれた文字が目に入る。
『ありがとう』
　虹色の靄の世界で聞いた言葉が、そこにある。
「うん……本当に、ありがとう」
　文字を撫で、僕も伝える。
　胸のあたりに両手を重ねてみれば、ふたつの魂が喜んでいるのが感じられる。
「夏夜ちゃん――ここに、いるよね」