対の衣装を着た精巧な造りの双子人形と
人形サイズの調度品が置かれている。
誰かがここで1人遊びしているとかいないとか。
(ガチャン、と扉を開けながら)
こんなところで会うとはまたまた不思議な縁ですね、花風さん?
ああ別に貴女の後をつけてきたわけではありませんよ、私もシーサイド九龍に間借りさせてもらってましてね。
まあ用という程の用はありませんが……何かお喋りでもしときます?ふふふ
…!
(ノックに気付いて身を起こし、扉に顔を向け
クロウディア…?
いや、あの人はいつもノックなんかしないよね…。
…しっかりしなさい、冴来。
泣いている場合じゃないわよ。
(自分を叱咤した後
乱暴に涙を拭い、ぱしりと両手で頬を叩いて
そこにいるのは誰?
私に何か用でもあるのかしら。
(扉に向かって呼びかける
1号室、2号室、3号室……で、この部屋が4号室ですか。
住民票(自己紹介)を見る限りここのスペースを普段使っているようですね。
花風さんもシーサイド九龍の関係者とは、実に面白い縁ですよ。
(そのまま無造作にノックをする)
ごめんなさい…!もう、泣かない、から…!
ごめんなさい…!
(自分の寝言で目を覚まし
あ…あれ…?夢、か…。
嫌な夢、だったなあ…。
頭痛い…。
(ぼんやりとしながら顔をしかめ、頭に手を当て
…やっと寝付けたのに、あんな夢を見るなんて…。
でも…あのまま見続けていたら、由良さんに会えた、かな…。
夢でもいいから、会いたい、よ…。
…寂しい…。どこにいるの…?
(ぽつぽつと呟きながらはらはらと涙を零す
…ごめんなさい…。ごめんなさい…。ごめんなさい…。
(ぬいぐるみを抱き、ぐったりとした様子で眠り込んでいる。
瞑った目から涙が零れ
譫言で小さく謝罪の言葉を繰り返しており
どうやら夢を見ている様だ。)
(スケッチブックに色鉛筆で
厚い雨雲が覆う空の下
薄汚れた鳩が木にとまり羽根を休める姿が
繊細なタッチで描かれており
余白に
『雨雲覆う 荒れた空
木の枝 鳥が羽休め
白い羽は 黒く汚れて
行き先すらも 決められず
再び飛び立つ 意思すら持てず』
という詩のような言葉が添えられている。)
7月×日
本当なら、こんな風に引き止めるべきじゃないんだろう。
あの人が私を突き放せずにいるのなら
私の方から突き放すべきなんだろう。
そうしないと、あの人が道に迷ってしまう。
迷ったまま、何処にもいけなくなってしまう。
それでも私は、自分勝手な欲に勝てないでいる。
大好き。誰よりもあの人が好き。
ずっと一緒にいて欲しい。
私と一緒に生きて欲しい。
やっと見つけた理想の人。
手離すには勇気が足りない。
私は、弱い。
こんな風に人を惑わし、貶める私はまるで悪魔だ。
両親が私を愛してくれなかったのは
私のこんな本質を見抜いていたからなのだろうか。
ごめんなさい。ごめんなさい。
天使でなくて、ごめんなさい。
それでも私は愛されて生きていたかったの。
それでも私は愛されて生きていきたいの。
どうか、こんな私を許してください。
7月×日
商品だった頃を思い返す。
泣けば飛んでくる罵声と暴力。
怖くて悲しくて仕方がなかった。
他の子達のあげる悲鳴。
胸が痛くて、何度も耳を塞いだ。
由良さんの優しさが嬉しかった。
怯える私の名前を呼んで
抱きしめてくれた優しい人。
時々、他の人たちにばれない様
こっそりお菓子を食べさせてくれた。
由良さんがくれたピンク色の
丸くて可愛いマカロンは甘い苺の味がした。
檻の中は地獄で、天国だった。
由良さんとずっと居られるのなら
地獄の日々でも構わなかった。
ずっとあそこにいたかった。
ずっと一緒にいたかった。
ずっと一緒にいて欲しかった。
何処を探しても見つからない。
私はこんなにも会いたいのに。
ありがとうって言いたい。
大好きだって言いたい。
また名前を呼んで、抱きしめて欲しい。
このままだと私は由良さんを忘れてしまう。
寂しい。寂しい。寂しい。
時間なんて止まってしまえ。
こんな世界は大嫌い。
これ以上、私の中から
由良さんを連れていかないで欲しいのに
時間が少しも止まってくれない。
…。
(ごそごそと袋を漁り、マカロンを取り出して一口齧り
…美味しくない。
甘いのに…。
私、マカロン大好きなのに…。
全然、美味しくない…。
はぁ…。
(溜息をついて、緩慢にマカロンを食べ
…私も帰ろう…。
家にも、そろそろ帰ってあげないといけないけど…。
…ごめんね、もも…。
姉様、今はちょっと、お姉ちゃんでいたくないの…。
ルナ、エトワール、またね。
ここにいてくれる蜘蛛にも
今度名前をつけてあげなくちゃ…。
(双子の人形をそっと床に下ろし
部屋の片隅にある蜘蛛の巣をみつめてから
静かに部屋をでていく。
…クロウディア、なんだか辛そうだったな…。
私のせい、だよね…。
ごめんね…。
…。(双子の人形を引き寄せ、抱き締めて
ルナ、エトワール…。
クロウディアも、本当は明るい世界で
生きたいんじゃないかなって、私…。
それなら、迷っていられる今のうちに
少しでも楽しい思い出をって、思うけど…。
私…間違っているかな…。
私には、無理だよ…。
クロウディアを突き放すことなんて…。
無理だよ…。できないよ…。
…お菓子、食べよう…。
和哉が言う様に、一緒に食べれば、よかったかなあ…。
…クロウディア…?
…うん。またね。
(静かに笑って見送って
・・・(抱き締めて
・・・ごめんな・・・弱くて・・・
さてと、長居し過ぎたか!
そろそろ行くわ。じゃあな!(静かに離れて出ていく
ううん、そんなことない。
私にとっては、それが一番の慰めだよ。
(嬉しそうに笑って
本当は、貴方はもう私といては駄目だっていうつもりで…。
貴方を迷わせたままにするぐらいなら
私の方から貴方を突き放そうって
そういうつもり、だったんだけど…。
駄目。やっぱり、敵わない…。
私には貴方が誰よりも必要だ…。
貴方がいなくちゃ、私は安心できないよ…。
ね、もっと抱きしめて。優しくして。
貴方にならどれだけ優しくされても
怖いと思わずにいられるの。
だから…。
安心しろ。
お前が正気を失って戻らないようなら俺が直々に居なかったことにしてやる。
いや、それって安心出来ねぇな・・・。
ふふ、ごめんなさい。
…でも、言ったことは殆どが嘘じゃないよ。
正気を失って人を殺そうとしたことも
狂っていく自分が怖いことも
人の心を失いたくないと思ってることも
全部、本当のこと…。
神魂の影響を受けたもののせいとはいえ
二度もあんなことをしようとするなんて…。
次正気を失ったら、私はどうなってしまうんだろう…。
考えたくないなぁ…。
ちょっと心配した俺に謝れ(頭を小突いて
…なんて、嘘泣きなんだけどね。
(涙を払い、けろっとした顔で
…やっぱり、言わなければよかった…。
私だって、嫌だよぅ…。
したく、ないよ…。
誰も、傷つけたく、ない…。
なのに、どうして、あんなこと…。
私、もう、狂ってしまっているんだよ…。
皆、死んでしまえばいいんだって
頭がくらくらして、簡単に正気を、失って…。
もう、嫌…。怖い…。
何よりも自分が、一番怖い…。
私、このままじゃ、人で無くなってしまうよぅ…。
そんな風に、なりたく、ない…。
はぁ・・・(少し離れて
おいおい・・・それは止めとけって。
あー・・・お前が何を考えて何を求めて何に基づいてそんなことをするのかは知らんが、
殺人鬼とか狂人でもない限り後々罪悪感に苛まれるだけだ、やめとけ。
私…また人を、殺そうと…。
怖い…。もう、嫌なのに…。
私もう、誰も、殺したくない…。
それなのに、悪い考えが、少しも消えてくれないよ…。
(小さく震えて