白霧のその向こう｜リアクション

白霧のその向こう

　霧に眼を凝らす。
　周りの気配を探るため、神経を張り巡らせる。
（心を、凍らせる……）
　ともすれば沸き立ちそうな心を冷たく静かに落ち着かせる。入り口の鳥居で翁面の男から借り受け腰に差した刀の重みを感じながら、白霧に歩を進める。
　音さえ吸ってゆらゆらとたゆとう霧の先、知った声を聞いて、御剣刀は霧に濡れた黒髪の頭を上げる。漆黒の瞳に今まで以上に力がこもる。
「桜庭？」
　呟きは、猛る鬼の咆哮に掻き消された。
　鬼の腕が霧を切り裂く。風圧に押されるように飛び退り、砂利に手をつく小柄な友人の姿を瞳に捉えた途端、考えるより先、刀は脳裏に撃鉄を落とす。
「お前、俺の友達を傷つけるならここで死ね」
　ろっこんを発現させ、己を【加速】させる。
（この刃が届くまで、世界よ凍てつけ）
　凍り付いたようにゆっくりと動く世界を、刀は思うがまま駆け抜ける。刀を抜き、円を殴りつけようとする鬼の懐に入る。止まって見える鬼の身を真剣の刃で幾度となく斬る。
　凍り付いた世界が溶ける。刀の瞳にも元の速度を取り戻す世界で、一瞬のうちに無数の刃を受けた鬼が黒い血を傷口から噴出し地面に倒れる。
「カタナくんだ！」
　状況を理解した円が歓声をあげる。
「サンキュー！」
「先に行け」
　人ならば死に至る傷を受けて尚手足をもがかせる鬼を見下ろし、刀はお守りを取り出す。
「俺はこの先に用がある」
　もがくばかりの敵に関心無くし、鬼の腹にお守りを投げつける。
「お前にかける時間はない」
　凍り付く鬼を見向きもせず、先を急ぐ刀に円は手を振る。今のうちに、と霧の中にさゆるを捜して、
「あれー？」
　見つけられずに黄昏色の瞳を細める。霧に溶けようとする刀の背中をもう一度見遣って、その背を追うように伸びる、鬼の手を見る。円が刀に警句を発するよりも先、
「駄目よ……」
　吐息を零すように、さゆるが鬼の分厚い頸に刃の切っ先を捩じ込む。苛立ちにも似た高揚に瞳を輝かせ、さゆるは霧の中に拾い上げた己の刃で鬼を地面に縫いとめる。甘ささえ含んだ声音で囁く。
「あげないわ」