伸ばした指先に冷たい霧が触れる。
鼻先を撫でて過ぎる細かな水の粒子がくすぐったくて、霧の先に伸ばした指先を引き戻す。鼻や頬に付いた霧を掌で拭う。
瞼を伝って流れる雫を払い、視線を上げる。視界を奪う重く濃い白霧の向こう、鮮やかに紅く聳える鳥居が幻のように滲んで見えた。
霧に覆いつくされた空から風が降る。霧が渦巻く。ほんの数瞬、触れられるほどに密な霧が吹き払われ、巨大な紅鳥居が確りと姿を現す。
鳥居の柱の傍、能で言う翁の面を掛けた和装の男が座り込んでいる。
霧の中に唯一見つけた人影に近づけば、翁面の男は濡れた玉砂利の地面にゴザを敷き、不器用な手つきで一心に紅い布を小さな袋に縫うていた。
「迷うたんか。最近ほんま多いなあ」
翁面の奥の無気力そうな瞳を上げ、男が首を傾げる。
「奥にはごっつ大っきい神木があるだけやけど、見に行って来るか。あんたらの世界には無いものやろしな、きっと珍しやろ」
それとも、と男の声が固くなる。
「それとも、取り返しに来たか」
何を、と問うて、
「前に大勢こっちに迷い込んだとき、こっちの鬼が奪うてしもた記憶」
更に低い声で返された。
「この向こうにな、幹に小っさいおはじきみたいなんようけ埋めた大っきい樹がある。まあちょっと怖いもんも埋まっとるけど、それには触らんと、自分が一等美しなあ思うおはじき取り出して両手に大事に握り。そしたらこないだ此処で失うた記憶、自分の中にあんじょう戻るさけ」
翁面の男が話す間に、霧の奥から少年の顔持つ子犬が現れる。白い毛皮に纏わりついた水気を全身を振るって払い、不安げに紅鳥居を見仰ぐ子犬に、
「持っていき。お守りや」
翁面の男は縫い上げて胡坐の足元に積み上げていた不器用な縫い目の小さな紅い袋を差し出す。
「記憶取り戻したら樹の中から鬼が出る。追うて来るよって、一所懸命逃げて此処まで帰っておいで。鳥居のこっち側には鬼は追うて来られへん。……せやけど、追いつかれてもうあかん思うたらお守り投げつけたり。鬼の動きが暫く止まるさかいな、もう一回逃げ。今度掴まって再度記憶奪われたらもう二度とその記憶は戻らへんで」
子犬は少年の頭を傾げて翁面の男の言葉を聞き、不満げに鼻先に皺を寄せた。
「何や、鬼に歯向かうんか。そら望むんやったら何ぞ武器貸したってもええけど、お前には自前の牙あるさけ、いらんか。せやけど、鬼言うだけあって結構手強いで。倒した思うても暫くしたら笑うて起き上がりよるし。わしも昔、……いや、まあ、何にせえこれは持って行き」
男から受け取った紅いお守り袋を口に咥え、子犬は決意の瞳をもたげる。鳥居の向こう側に駆け出す。
「気ィつけてなあ」
鳥居の向こうの霧に溶ける子犬の姿を見送って後、翁面の男は足元のお守り袋をもう一つ取り上げた。差し出す。
「あんたはどうする?」
こんにちは。阿瀬 春と申します。
今回は、少し前に出させて頂きましたお話(『黄昏空のその向こう』)の続きの体裁を取らせて頂きました。
とは言いましても、前回のお話を読まなくても大丈夫です。
大雑把に言ってしまいますと、霧の中で鬼ごっこその他どうですか、です。
迷い込んだ白霧のその向こうの世界で、あなたは――
霧の向こうには幾つか場所があります。
焦点をひとつかふたつに絞ってアクションを掛けて頂きました方がいいかもしれません。
1.【紅鳥居】
翁面を被った男がひたすら手縫いのお守りを作っています。鳥居まで訪れた人々(人の姿でないものも多くいるようです)にお守りや、望めば刀や弓等の武器を与えたりもしているようです。
2.【神木】
様々な物の怪の気配を感じながら霧の境内を歩いて行くと、突然目前に巨木が聳え立ちます。幹にはきらきら光る色んな色のおはじきと、『鬼』と呼ばれるものが半ば埋まっています。
手足の長い『鬼』、犬のかたちした『鬼』、幼い少女の姿した『鬼』、薄っぺらな影のかたちした『鬼』。
幹に埋まったおはじきは指で容易く取り出せます。どんな色の、どんな形のおはじきを取るかは直感と好みで構いません。
以前のシナリオで鬼に奪われた記憶を取り戻したい方はこちらにどうぞ。ただし、取り戻した後、霧の中を全力で逃げるか鬼を倒すかしなければ、記憶は再び鬼に奪われてしまいます。前回の『逃げおおせるための条件(前回シナリオのあとがきに記しています)』は、今回は通じません。
前のシナリオであなたの記憶を奪った鬼が再びあなたの追っ手となります。リベンジ、いかがですか。
※鬼との戦闘で怪我を負う可能性があります。もしかすると元の世界に戻れば治っているかもしれませんが、痛いはやっぱり痛いです。
3.【奥の院】
神木から更に奥に進むと、石の灯篭や塔やお墓が無数に乱立する場所に出ます。霧も相まってひどく不気味な場所です。
翁の面をつけた巫女姿の少女がひとりうろうろしています。少女に声を掛ければ、あなたの記憶をひとつ捧げるその代わり、もうこの世にいない、会いたくても会えない誰かに束の間だけ会うことができるよ、と笑います。
ひとつの記憶につき、ひとりの故人と言葉を交わすことができます。
こちらに向かわれる場合は、捧げる記憶と故人との関係や言葉を出来るだけ記していただけますと助かります。
紅鳥居をもう一度潜れば、元の世界に戻ることが出来ます。
長々としたガイドとマスコメに目を通してくださいましてありがとうございました。
ご参加、お待ちしております。