●対クローネ班（１）●


【草食動物エリア：ふれあい広場】

「本当懲りないんだから、クローネ！　今日という今日はもう許さないよ！」
「ここであったが百年目？なのだ天罰覿面なのだ〜！」
　訳も分からず園内を追われる日暮 ねむる、それを追うクローネ、そしてそのクローネを追う者がさらに増えていた。雨寺 凛、後木 真央、そして朝鳥 さゆるの３人だ。
　それぞれにクローネを探していた彼女たちは、日暮を追うカラスの姿を見つけ、ここで合流したのである。日暮が攻撃されている理由は分からないが、どうせろくでもないことに違いない。
　それに、とにかく凛は怒っていた。
「みんなの憩いの場の動物園にこんなひどいことを……！
　こんなことしてタダで済むと思ってないでしょうね！？
　衝撃波で吹っ飛んじゃえー！」
　ろっこんでハウリング音を出し、クローネに向かって衝撃波をぶっ放す凛を、
『ちょっとぉ、またあんたなの〜？　今、取り込み中なんだけどぉ〜』
　と煩そうに振り返りながら、ひらりひらりと衝撃波を躱すクローネ。この凛のろっこんには、ねずの隠れ里でしてやられたことで苦手意識があるのか、
『もう、キーキー煩い！　あんた、嫌いなのよねぇ〜』
　距離を取ってもう、まともに正面から向かってこようとはしない。逃げに徹していた。
「嘴と爪と羽に手と脳みそと文明が負けるとかありえないのだ、
　神魂だろうがクローネだろうが悪いことする奴は力技で反省させるのだ！」
　そして真央はそんなクローネを逆上させようと、さっきから思い付く限りの悪口雑言を浴びせている。同時に力任せに投げているのは、例の空き缶を潰して丸めた金属弾だ。
「バーカバーカ、クローネ脳たりん〜！」
　ただし、こちらもやはりクローネはまともに相手になろうとはせず、真央の悪口も、だんだん語彙が尽きてきてるような……。
　敵がまともに向かってこないと言えば、それだけで不利な状況になってしまっているのは、さゆるだった。彼女のろっこんは、敵意のこもった攻撃を受けた時に発動する、いわばカウンター能力の１種だから、攻撃をしてこない敵に対しては、全く効果が発揮されない。
　さゆるはそもそも、ヒルズへ攻撃すると見せかけて、クローネの不意を突く作戦を考えていたのだけど、実際にはこの２羽が行動を共にする場面は、魔窟会談以降まったく無かったため、やむをえず本来の目的である、クローネの方をこうして追っているという訳だ。
「テオが言うには、あれがこの島における数々のフツウ破壊の元凶……」


　ここで改めて、追われる日暮 ねむるたちの状況もおさらいしておこう。
　日暮のポケットには、バードハウスで彼が助けたハチドリのハッチがいる。そのハッチには今、春山 小枝の意識が乗り移っている。小枝が眠ったことで、その無自覚ろっこん【ちいさきもののゆめ】が発動したためだ。
　ただし小枝自身はこれを、夢の中の出来事だと思っている。また、日暮の方もまだ小枝の能力を知らないため、ハッチの中に彼女の意識が入っていることは知らない。ずいぶん人懐っこくて賢い鳥だな、ぐらいの認識。ハッチ本人の意識がどうなっているのかは不明。
　また、小枝はろっこん事件やクローネに関わるのは、これが初めてなので、さっきクローネが言っていたことは、何ひとつ理解できていない。ただ、あのカラスがさっきから執拗に狙っているのは、この自分なのだということだけは、分かった。
「チュチュ……（やだよこんなのこわいよ、ねむくん助けて！）」
「ここは……？」
　そのハッチのいるポケットを片手で押さえながら、日暮は追い込まれてしまった場所を、慌ただしく見回す。ここは草食動物エリアのふれあい広場だ。この場所にいたウサギやハムスターたちは、ゾウのワーシャたちが連れていったため、もう残っている動物はいない。
　ただ、柵と囲いで仕切られたこの広場は、草地が広がっているだけで、どこにも身を隠せるような所がない。クローネにまんまと追い詰められた。
「くっ……どうする？」
　ところが、その時だ。広場の反対側から木立を抜けて、１０人もの大集団が姿を現した。彼らもまたクローネの姿を見つけて、驚き立ち止まる。
「「クローネ！？」」
　あれは……風雲児 轟、十文字 若菜、雨崎 荒太郎、白 真白、壬生 由貴奈、サキリ・デイジーカッター、御剣 刀、桜庭 円、八十八旗 信彦、トワ・E・ライトフェロゥら、対ヒルズ班のメンバーではないか！　その輪の真ん中には、真白のリボンで縛られたヒルズまでいる。
『く、クローネ様〜！？　お助け下さ〜い！』
『ちょっとぉヒルズ、あんたまで何やってるのよぅ〜！
　ボロボロじゃないの、まさかそいつらに負けたの〜？』
　日暮を追うのを止め、ばさりとそちらに方向転換するクローネ、だがその時、別の方角からも新たなメンバーが広場にやって来た。こちらは浅沼 柳司、屋敷野 梢、花厳 望春、澪乃 澄佳、猫島 寝太郎、新江 天懸ら、対カラス班の６人だ！
「「クローネ！！」」
　さらに後方からは、対クローネ班の雨寺 凛、後木 真央、朝鳥 さゆるの３人も追い付いてきた。これで日暮を含めて、このふれあい広場に計２０人。追い詰められた筈が、逆にクローネを包囲する形になった。
『んもう〜、あっちこっちからゾロゾロとぉ〜！』
　さらに方向転換して、今度は対カラス班に向かって舵を切るクローネ、その６人に吶喊していくカラスの姿を見て、凛が大声で警戒を呼び掛ける。
「また誰かのろっこんを暴走させるつもりかも！　みんな、気を付けて！」
「お、俺のシキさんはもう、元いた場所に返したから大丈夫だよね？　飴も無いし」
　とちょっぴりびくつき気味の望春に向かって、梢が自信たっぷりに請け合う。
「安心してくださーい！　あの飛ばす羽根が来たら私が蝶に変えて守りますよー！」
「私も！」
　梢ら対カラス班と、ちょうどクローネを挟み撃ちにする位置取りに走り込みながら、凛も叫ぶ。
「誰かに羽根を刺そうとしたら、私のろっこんで吹き飛ばしてやるんだから！
　みんな頑張ってるんだから、その邪魔はさせないよ！
　私たちの結束の力をナメないでよね、クローネ！」
『アッハハハハ！　面白ぉ〜〜い！　私のこの羽根手裏剣……
　迎撃できるもんなら、してみなさいよぉ〜！』
　バッとクローネがその両翼を広げ、その瞬間、

　キィィィィィンンンンンンンンンン！！

　右耳を触った凛の口から、同時に放たれる【サディスティック・フェイク・ショウ】のハウリング音と衝撃波！　けれども……
　クローネの翼からは、何１つ発射などされていなかった。
（うそ、フェイント！？）
「ぐわあ！　な、何やこの気色わるい音……って、へっっ？」
　そして両耳を押さえて棒立ちになり、かつクローネに対して全くの無警戒だった浅沼 柳司の頭に、悠々と降り立つカラス……してやったりと、そのクローネが凛の方を見て嗤う。
『教えてアゲル、あんたのその傍迷惑なろっこんの弱点は、
　周囲の味方も所構わず騒音に巻き込んじゃうところよ〜。それに……』
　その片羽で浅沼の頭をひと撫でして、再びクローネがばさりと舞い上がった。
『ろっこんが暴走するのは、飛ばした羽根が刺さった時だけだなんて、
　そんな話……いったいいつ誰がしたのかしらぁ〜ん？』


　浅沼柳司のろっこん【有翼人 ─高林─ 】──暴走。


『ピーッコッコッコック！　やった！　やったぞぉお！
　僕の美しい羽根が元通りに……いや以前にも増してビューティフルに美しく！』
「えっ……！？」
　ハッとその声に、桜庭 円が振り向けば……ズタボロに焼けた両翼がみるみる新品の羽毛に生え変わり、穴だらけの飾り羽根も逆回しのように塞がっていく、クジャクの姿がそこにあった。
「ヒルズくん！？」
「う、嘘やろ。あれは……」
　クローネにろっこんを暴走させられた浅沼が、自分の能力が何に使われたのかを理解する。
「鳥の翼を生やす俺のろっこんで……孔雀の羽根を、修復したんか！？」
　ぶちぶちと真白のリボンを引き千切り、以前の倍の長さにまで再生した翼を全開に広げて。
『ピーッコッコッコッコッ！　まったく、愚かな人間どもめ！
　さぁここにいる全員、今から灰も残らないように焼き尽くしてあげるよ！！』
　孔雀のヒルズが、高らかに逆襲を宣言した。


　浅沼のろっこんが暴走──孔雀のヒルズ、復活再生。