お酒呑もうよ｜リアクション

お酒呑もうよ

女子たちの恋バナ

「もう終わってるのよ。あの時の恋は」

　紫は低い声でそう言って、盃をくいっと煽った。目が座って、敬語もとんでいる。
　ちびちび呑んでいたつもりだったが、美和に乗せられて気づけば酔いが回っていたらしい。
「別れた男に会ったの。クリスマスに、偶然に。彼も独り身だって……」
「なにか言われたの？」
「『クリスマスに同じ雪をみる、なんて、運命的な気がしない？』って……」
「それ、なんとも思っていない相手には言わないセリフよね！」
「向こうも独り身なら問題ないんじゃない？」
　きゃああ、と水樹と美和は頬を押さえてときめく。が、当の紫はそうではないらしい。
「彼とは終わってるの。あの夏休み最後の日に。あの日の焚き火とともに。それなのに今更……」
　こうして彼のことを考えてしまうこと自体、紫にとっては不本意だ。よりを戻すという選択肢は、あるのだろうか。もし彼からそう言われたら自分は……考え始めると出口のない迷宮に入り込んでしまう。
「今聞いてる限りじゃ、ぜんぜん終わってない気がするけど？」
「そうよねー。少なくとも紫ちゃんのハートの火はまだ燻ってるよねー」
　水樹と美和がニヤニヤと合いの手をいれていく。
「もう終わったの！　お願いだから終わらせてよ！　お願い……！」
「まあまあ、呑んで呑んで」
　美和が盃を満たすのを紫は止めなかった。
「呑んで忘れたい。あとのことなんか知らない」
　紫は注がれるままに盃を飲み干す。
　水樹も自分の盃を煽って、深く深くため息をついた。
「終わりたいって気持ち、わかるわ。終わらせたら楽になるんじゃないかって思うこと、私もある」
「どうしたの？」
　何気ない美和の疑問符。けれどそれが引き金となって、水樹の瞳からほろりと涙が零れる。
「後悔、ってしたことある？」
「そりゃあ人間だもの、一度や二度や十度や二十度はあるけど」
「大切な人を裏切ったことは？」
　誰にでも簡単に話せることじゃあなかった。
　けれど、囲炉裏の炎の揺らぎと、あやうい薄暗さと、旨い酒が、水樹のタガを外してくれた。
　偶然居合わせたその場限りの人が相手、というのも心を開けた一因だろう。
　水樹は泣きながら何もかも話した。異国で恋人ではない相手と身体を重ねてしまったこと。そのことが自分の中で棘になっていて、彼との仲がぎくしゃくしてしまったこと。彼はそんな水樹を許し、受け入れようとしてくれているというが……。
「こんなどうしようもない私のことをそれでも愛してくれている……だから私は自分が許せないの……」
　美和はよしよしと水樹を撫でる。
「水樹ちゃんはいい子だねー。いい子だから傷ついてるんだよ」
「ねえ、どうしたらいいの……？　やっぱり、私、彼と別れた方がいいのかな……」
「彼は傷も共有したいって言ってくれてるんだよね。水樹ちゃんは？　もう彼は嫌い？」
　水樹は駄々っ子みたいに首を横に振った。逆だ。大切だから。穢れていない彼に、穢れた自分の傷を背負わせてしまう気がしていやなのだ。
「城山さん！」
　胡乱気に酒気を吐いて、紫がどんっと盃を置いた。
「別れてもどうせ後悔するわ。付き合ったままでも後悔、別れても後悔。だとしたら――本当の自分の気持ちで選ばなかったら、きっとダメなのよ」

　紫の啖呵に、隅の方で呑んでいた道哉は、心の中で拍手を送る。
「女性は強いね」
「んー」
　相棒の疾風丸はすっかりへべれけだ。
　見れば、美和もなにか思うところがあったようで「本当の自分の気持ちで選ばなかったらダメ……」と紫の言葉を反芻している。
「ふむ、少し席を外すよ」
　こっそりと店を出た道哉は、路地裏で尾が一本の三毛猫の姿になって、夜の街へ駆けだしていく。
（なあに、すこしばかりお節介をね）

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