【星幽塔】第一階層　ウィッチ・ゴーズ・サジタリオ｜リアクション

【星幽塔】第一階層　ウィッチ・ゴーズ・サジタリオ

　祭りの喧噪の中で、ペルラ・サナーレは戸惑っていた。
（えと……私はどうするべきなのでしょう……？）
　かつて、ぺルラは星幽塔ではない別の異世界にて、治癒士として旅を続けていた。
　あの頃は風に乗ったタンポポの綿毛のように当てのない旅であった。
　ある時は迫害を受け、またある時は信仰の対象となり、彼女は風に乗って様々な出来事を経験してきた。
　だが突然、星幽塔に迷い込み、そのまま長い年月が過ぎた。
　そして今回、サジタリオを守る戦いに参加したぺルラ。
（今後、起こり得るブリュンヒルデによって引き起こされるであろう動乱の事を考えれば、受けるべきなのでしょうが……）
　彼女には迷いがあった。
　それは騎士の称号を得ることによって、自分と街の人達との距離が離れていってしまうのではないか、と。
　かつて、流浪の旅の中で味わった感覚に近い経験を再びこの地で味わいたくはない。
　だが、自分の元で命を懸けてこの地を守り抜いてくれたファランクス隊の面々の顔が脳裏に過ると、受けない事は彼らの頑張りを無碍にするのでは、と悩み始めた。
「ああ、風はどちらに……」
　遠い目で、賑わうサジタリオ城下町を眺めるぺルラ。
　その時、子供の泣き声が彼女の耳に届いた。
　辺りを見回すと、ぽつんとひとりで泣いている幼い女の子がいた。
「おかあさぁ～ん！　何処行っちゃったの～！？」
　どうやら祭りの人混みの中、はぐれてしまったようだ。
　ぺルラは女の子に駆け寄り、しゃがみこんで目線を合わせる。
「大丈夫ですか？　私と一緒にお母さんを探しましょう」
「ひっく、あ、ありがとう、ひっく……」
　泣いている女の子をあやし、その手を優しく取ってぺルラは声を張り上げる。
「この子のお母さんはいますかー？　お母さんはいますかー？」
　ほどなくして母親が血相を変えて我が子を迎えに来た。
　母親が何度も頭を下げてぺルラに礼を言う。
「ありがとうございます」
「いえ、無事に引き合えて安心しました。では、私はこれで失礼します」
　ぺルラが胸を撫で下ろし、その場を立ち去ろうとした。
　だが、それは母親が彼女のローブの裾を引っ張った事で阻止される。
「待ってください。是非、お礼をさせてください。焼きたてのアップルパイなんていかがですか？」
「おかあさんはパン屋さんなんだ！　おかあさんの焼きたてのアップルパイはね、すっごく美味しいんだよ！」
「いえ、私は、そんなつもりじゃ……」
　尻込みするぺルラ。確かに見返りを期待しての行動ではなかった。
　だが、ふと気付く。
　フランチェスカも、目の前の母親のように感謝の気持ちを何かで代弁したかったのだろうか？
　今回はたまたま勲章という代物なだけで、もしもそれがフランチェスカ手製のアップルパイだったら受け取っていただろうか？
　今、ぺルラは自分の気持ちと向き合わねばならない気がした。
「おねえちゃん……？」
　無言で立ち尽くすぺルラに首を傾げる。
　我に返ったぺルラは、女の子の頭を撫でながら微笑む。
「……いえ、なんでもありません。アップルパイですか。実は、ちょっとお腹が減っていました。おかみさん、厚かましいですが、お願いしてもいいですか？」
「はい、喜んで！　それじゃ、私の店に案内しますね！」
「わーい、アップルパイ、アップルパイ！」
　こうして、ぺルラは式典前にアップルパイを御馳走になった。
　彼女の心の中で、今、確実な変化が起き始めていた。

　ちなみに、アップルパイは滅茶苦茶美味しかった。