【星幽塔】第一階層　ウィッチ・ゴーズ・サジタリオ｜リアクション

【星幽塔】第一階層　ウィッチ・ゴーズ・サジタリオ

　所変わって、サジタリオ城。
　現在、叙勲式の準備の真っ最中だ。
　普段は一般人が入ることが出来ない城の中庭に会場を設営、そこで式典が執り行われるのだという。
「……ええ、あとは手筈通りにお願いします。私は一度、執務室へ戻りますので、現場監督はお任せします」
　フランチェスカ・Ｄ・Ｓは凛とした空気を纏わせている。
　迷いが晴れ、彼女自身も成長したのだ。
　そんなフランチェスカに声を掛ける者がいた。
「フランチェスカ様、本日は良いお日柄で絶好の式典日和ですね」
　八神修だ。
　彼はフランチェスカの前で深々と一礼をすると、柔らかく嬉々として、だが凛として微笑んだ。
「異世界人が正規騎士になれるなんて……。名実共にこの世界の一員になれたのだと嬉しく思います」
「あら、私はもう既に仲間だと思ってましたけど……？」
　しゅんと肩を落とすフランチェスカの様子に、慌てた八神はすかさず弁解をする。
「フランチェスカ様、それは言葉の綾です。俺達は寝子島という元の世界と行き来しています。でも今回の計らいは俺達にサジタリオ領内での名誉を認めてもらった事に……」
　八神の弁解に、目の前の女領主様は思わず噴き出してしまう。
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっとからかってみただけです。なんだか八神さん、緊張しているようでしたから」
「緊張？　いえ、緊張なんて、俺はしていません……」
　八神の家は、父親が政治家、祖父が大企業の創立者という所謂セレブ階級だ。
　政財界や著名人は、八神が幼い時から実家へ頻繁に出入りをしていたし、そういった類のパーティーへの参加も何度も経験している。
　だから今回も自然体で式典に参加できると思っていた、のだが。
　フランチェスカは八神のある部分を指差した。
「ベストのボタン、掛け違えてますよ？」
「えっ、あっ……！」
　確かに、ひとつずつベストの前を留めるボタンが掛け違えていた。
　普段ならこんな間違いはしないのに、気付く余裕もなかったという事らしい。
「これはお見苦しいところを見せてしましました。教えていただき、ありがとうございます、フランチェスカ様」
「いいのですよ。実は、私も非常に緊張していまして……。何しろ、叙勲式を私ひとりで行うのはこれが初めてでして……」
　フランチェスカは目を泳がせて狼狽していた。
　心なしか顔色も優れない。身体の動きもギクシャクしている。
　彼女もまた、とてつもなく緊張しているようだ。
「以前は、叙勲式は先代がやっていたのですが、私の代になってからは今回が初めてです。私から持ち掛けた話ですし、段取りや手順を間違うわけには当然出来ません。なのでプレッシャーが酷くて……！」
「フランチェスカ様、前回の戦いを勝ち抜いた貴女なら出来ます！　大丈夫です！」
　八神は思った。
　以前は理想との乖離に苦しんでいたが、その原因はメンタルの弱さから来ていたのではないか、と。
　月影塔戦役以降は多少なりとて肝が据わった印象だったが、やっぱりまだまだ誰かが支えてやらねばならないようだ。
　ゆえに八神は自然と彼女に手を差し伸べた。
「フランチェスカ様、俺は貴女と同年代で以前から親近感が湧く想いでした。今後もフランチェスカ様のお力添えをさせてください」
　この言葉に安堵したのか、徐々に顔色が良くなってゆくフランチェスカ。
「そうですね……。私は皆様の支えでここまで来たのでした。では、これからもお言葉に甘えさせてください、八神さん」
「ははっ、喜んで、領主様！　……なんてな？」
　おどける八神の言動に、フランチェスカはようやく顔が明るく綻んだのだった。