●狂宴７


　多数の幽霊に対処しながら、未央を追った雪見 大福、篠崎 響也、双葉 仄、アネモネ・アドニス、逆巻 天野、桜井 ラッセルが辿り着いたのは、ろっこん【加速】で相手の目を晦ませ一瞬で懐に飛び込んだ、御剣 刀の木刀の突きが、未央の喉に決まった瞬間だった。
　犬神 花梨は すでに蛇沼 風弥の【鎖蛇】で、縛り上げられている。

「未央！」
　風弥が鋭い声を上げ、同時にルクスが矢のように刀に飛び掛かり、翻弄する。ルクスの献身で作られた時間を、未央は無駄にしない。突然目の前に現れた刀の動きに意表を突かれたため、防御も間に合わず、また相対する刀に手加減する意図も無かったので、気管を損傷し喉からは血が溢れたが、彼にとって我が身は最悪“目さえ無事であれば”目的を達成するまで動けば、もうそれで良いものだ。激痛を意志の力でねじ伏せて起き上がると、廃ビルへ駆け出した。
「ははっ、復讐者！　思ったより気合入ってんじゃん！」
　花梨は楽しそうだ。

「待て、犬飼！」
　幽霊と分かっていても あまりいい気はしないが、ルクスを蹴り飛ばし再び【加速】で追おうとした刀を、間一髪で天野とラッセルが二人掛かりで取り押さえた。
「落ち着け、御剣！」
「たんま！　説得させてくんね？」

　一方、笑えない状況に圧倒されながらも、【瞬間加速】で割り込んだ響也は腕を広げて未央を通せんぼする。大福もそれに習った。ここで行かせれば、取り返しがつかなくなる。何となく、そんな気が……いや、確信した響也は、不服そうな未央を押し留めた。
「そんなんで、どこへ行くつもりだよ？　倒れちまうぞ」

　しかめっ面の仄が早速、交渉に入る。
「いくら血の気が多くても、物には限度というものがあるだろう？　安心しろ。私はお前の邪魔しない。
　私が復讐するまで、ゴローを殺されたら堪らんからな。一緒に行動しよう」
　流血沙汰には肩を竦めたが、仄はマイペースだ。“復讐”との言葉を出した仄を、未央は ひどく咳き込みつつも注視した。血はまだ止まらず、口を押さえた手から腕を伝って滴り落ちている。

　――君も、三下の ろっこんの被害者？

　仄に尋ねようとした声は、刀の喉への攻撃の影響もあり、形にならなかった。発声出来なくなったことで、刀の狙いであった“ろっこん封じ”は確実に功を奏していた。
　未央の心を聴いたのは【リスニング】で心の声を聞ける、大福のみだった。しかし事故の被害者の一人ではないか、と匂わせる仄の言葉が未央の気を強く引いたのは他のメンバーにも予想出来た。

　ギリギリで繋ぎとめた意識。強い警戒心を見せる未央の前で、アネモネは両手を上げて攻撃の意思の無い事を示した。
「私達には、あなた様を害するつもりはありません。
　ただ、皆様の話にも、少し耳を傾けては頂けないでしょうか？」
　怪我をしているようなら、絆創膏で手当てを、と考えていたアネモネだったが、もはやそんなレベルの負傷でない事は、誰の目にも明らかだった。
　未央は答えない。いや、答えられない。言うだけ言った後、着々と幽霊をゴローの影響下から開放し続ける仄を一瞥すると、感じる限界からくる焦りから苛立たしそうではあったが、話の続きを促すように視線を反してくる。その手は口元に、押し当てられたまま。

　天野はアネモネと同じように護身用に身に着けている針を地面に投げ、敵意が無い事を示すと、今度は静かに未央を見据え、歩み寄った。
　緊張する未央に、元々仲間を守る気概で訪れた刀は、改造釘打機に手を伸ばすのではないかと気を張ったが、その気配はない。

「はじめまして、僕は逆巻。君とは一度 電話で話した事があるよ。覚えてるかい？
　そうあの時は九夜山の事故……さとみの母親から、僕が聞いた話をしたよね」
「……」

　――そう、その話を聞いたから、さとみちゃんに辿り着いた。

　大福が未央の心の声を拾う。心を読める事を知られると気まずいので、皆に伝えはしないが。

　一定の距離より近づこうとすると、それに合わせて未央が後ずさり、ルクスも間に入って威嚇してくるので、それ以上は距離を詰めるのは諦め、天野は歩みを止めた。
　未央の怪我の状態が気がかりだったが、力ずくでねじ伏せる道を選びたくなかった。
「事情は拝島さんから聞いたよ。
　あ、君の事を、ねこったーに流すような事はしていないから、安心して。君を止めに来た」
　復讐を止めに来たんじゃない、そう前置きし天野は続ける。
「これは勘だけど……君は、復讐を果したら、どうするつもりなんだい？」

　天野の言葉に、未央は答える術を持たない。
　響也だけが、相変わらず咳き込み続ける、未央の微妙な表情の変化を敏感に感じ取った。しかし心の揺れを明確に読み取れるのは、大福だけ。

「さとみを連れていると聞いて、疑問に思った。何故此処に必要だったのか。
　三下だけでなく、君の死も見取らせる為ではないかと。
　君が三下みたいに犯罪者となって、生きる事を望まない気がしてね」

　――少し違う。あの子に確認させようと思ったのは、三下の死だけ。それも遠巻きに。

「おい、既にさとみと関わっているお前が死んだら、さとみが泣くだろうが！」
　激昂し、前に出ようとする刀の腕と木刀は、ラッセルが押さえ込んだまま離さない。引き摺られないよう、必死に刀にしがみついたまま、ラッセルも未央に叫ぶ。
「犬飼！　手を下して本当に、さとみや母親が喜ぶと思うか？
　三下も人の子だ。悲しむ奴が復讐に来て、連鎖していく……三下のせいで不幸になるなんて癪じゃねぇ？
　親はな、まっすぐ胸はって生きて欲しいんだよ。誰かの犠牲の上に不幸になって悲しまないやつはいねぇ！
　生きてりゃ、謝罪出来る、罪も償える、傷つく人が増えない最善のやり方だ」

　突然、可笑しそうな笑い声が響く。風弥に拘束されたままの、花梨だ。
「無駄無駄。あの おっさん、遊び半分で人殺した救いようがないクズじゃん！
　俺様の体験談だと、そういうクズは死なないと治らないぜ？」

「違う！　挽回出来ないなんて、正せないなんて諦めたようなもんだ。傷つけるだけが、やり方じゃねぇ」
　ラッセルが頭を振って、花梨の言葉を否定する。ラッセルの明るく気さくな面ばかりを普段見ている友人達には、それは意外な一面だった。
「信じて欲しい。やり直せるし、やり方はあるはずだ！　三下が更正するまで、監視してやる。全員でだ！」

　――――。

「犬飼様……一人で抱え込もうとしておりませんか？」
　説得の行方を見守っていたアネモネが、ここでようやく口を挟んだ。
「拝島様と連絡を絶った理由は、気遣っての事でしょうか。自分だけで全てをしようと」

　響也もアネモネに同調する。
「聞いた話でしかないのに、いきなり何だけど……この際、自分の意見を言わせてもらう。
　俺も、そんな奴の為に、お前が死ぬ必要ないと思う。
　その犬がお前を守っている。それはお前の母親が、その犬が、お前の事を想っている証拠じゃないのか？
　さとみもお前を心配してる。そういうの全部放り出して選ぶ程に、その三下ってのは殺る価値があるのかよ。
　ここには大勢いる。そいつらと相談すれば、お前１人が、三下やそういう業の全てを背負う必要もないだろ」
　言葉に偽りがないか、自問自答しながら、響也は慎重に言葉を紡ぐ。
　それでも真っ直ぐなその想いは、一旦 口に出してしまえば、確かなものに変わったような気がした。

　――ルクス？

「犬飼様、その重荷を少し分けてみませんか？　私達はその為に駆けつけたのですから。
　一緒に三下様を止めませんか？　さとみ様も助けて、三下様とは違う形で……命を奪わない形で。
　終らせてみませんか？　このような事件が、再び起きぬ様に。
　一人では出来ない事も、皆なら出来るかもしれません
　ルクス様が貴方に寄り添うように。それを探してみませんか？」

　皆の見守る中、未央はルクスを見ていた。


　――ルクス……君は、復讐を……望んでいるんだよね？

　それは初めて未央の心に生じた、疑念だった。