黒い指先　――三つ目の願い――｜リアクション

黒い指先　――三つ目の願い――

「アロ～、私のこと覚えているかしら？」
　突然、場違いに能天気とも言える女性の声が割って入った。【ＴＲＡＮＳＭＵＴＥ】で大人の女性に変身した、大田原いいなだった。

　――この人、以前一人で震えてた、変身するろっこんの……。

　未央は目の前に居るいいなが変身後の姿なのか、普段のいいながそうなのか知らない。
　ただ、以前と明らかに違う話し方に、違和感を覚えた。

「お取り込み中なのね、ごめんなさい♪」

　――何か考えての事だろうか？　それとも先回はパニックだったから？

　喀血する未央に少々ぎょっとしたが、相変わらず指一本掛けていない改造釘打機をに目をくれて、いいなは余裕の表情を見せる。
「改造釘打機……ね。元の持ち主ならば、とっくに目的の死体を転がしているはずよ。
　それが出来ないって事は、すこーし戸惑っているみたいね♪」

　――元の持ち主。緑のコート……ああ、彼の仲間だったのか。

　完全に季節外れとなったいいなの緑コートに目を留めて、未央はそう解釈した。
　あの夜、件の彼が暗闇に乗じて、罪無き少女の命を奪おうと狙っていた事を、一時的に確保した彼の携帯から得た情報で、未央は知っている。それでも履歴から吉祥寺黒子を見つけ出し、彼を助けるよう要請したのは、情があったからだ。

「復讐しようにも『鬼』になりきれてない、ド三下かしら？
　ねぇ、貴方は人一人の掌、蜂の巣にした事もあったでしょ……やるなら、さっさとやっちゃいなさいよ」

　――まあ、罪もない子供を巻き込んだ僕は、彼と似たようなものだ。

　挑発しても乗ってこない未央に、いいなは半ば苛立ちを感じながらも言葉を重ねる。本当なら、殴ってやりたかった。しかし怒りに身を委ねれば、“同じ外道”になってしまうと言い聞かせ、自分を抑えた。

「『彼』は、自分の目的を達成する為なら何だって利用するし、徹底的に生き抜くはず。
　……正真正銘の『復讐鬼』って所かしら？
　貴方が接続出来る、あのサーバーを通じて、いずれ貴方も利用されるわ。
　改造釘打機の上手い使い方、載ってたわよね？　……生きたいなら、消しておきなさい」

　――生きたい？　……そんな事を思って許されるはずがない。

（ああ……せっかく説得が、うまくいきかけてたのに！）
　これまでの苦労が水の泡となり、大福は眉間を押さえた。

　これ以上、聞く必要はないとばかりに、進行方向をガードしていた大福と響也の間を突っ切ろうとする未央に、やきもきしながら流れを見守っていた、天野が声を上げる。
「待って！　忘れないで欲しい、君の帰りを待つ人が居る事を。君の命、軽いものじゃないよ」

　――軽くないから……少なくとも、母さんにとっては……だから意味があるんだ。

（……どういう事だ？）
　眉間を押さえる指を外し、大福は顔を上げる。

「そして三下も。君はそれを、誰より知っているのでは？」
　天野が説いたのは、命の大切さだった。だが一旦閉ざされた心に、その意図は正確に伝わらない。

　――……そうだよね、僕はあの快楽殺人犯と同列。

　事故のせいで母さんが入院して、僕はルクスと二人で少しの自由を手に入れて。
　気付いてしまった。

　僕は口では母さんを励ましながらも、この数十日を心のどこかで“楽しい”と思ったんだ。

　本当に、どうしようもないね。

　それでも、母さんは最後に残った僕を……“僕の目”を道連れにしては、死ねないはずだ。
　もう二度と“死にたい”なんて言えないはず。

　大福は未央の母が、盲目だという事実を思い出した。

（なるほど、そういう事か……）